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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
7/18

Part6

 では、ここで問題。


 『ジークフリード商会』の『草津支部』っていう建物はどこにあるのか?


「旅館・月見草の隣の建物、『吾妻森林管理署』に入口があります」


 と、矢澤さん。


 入口という表現をした以上、出口がある。


 では、『草津支部』は一体全体どこにあるのか?


 実を言うと、『草津支部』は地球と『トワイライト』の境界線上に位置する地下洞窟にある。


 場所は、ちょうど草津町の真下。


 そう、異世界『トワイライト』は、何故か日本の温泉街の地下深くに、その入口が存在している。


 入口と表現しているが、ワープゲートのような壮大なものではなく、地下の洞窟をくぐった先が異世界へ繋がっているのである。


 もしかして地球の中身は空っぽなのかと疑いたくなるような事実だが、どうもそうではないみたいだ。詳しい事は『トワイライト』出身の小人族ですら解らないらしい。


 で、小人族で運営する『ジークフリード商会』だが、彼らの本拠地が地球にない理由は簡単に説明ができる。


 とどのつまり、彼らも太陽光が苦手なのだ。


 割と親近感を覚える理由を父さんの記憶から思い出し、僕は更に矢澤さんに質問した。


 入口が変わった理由である。


 父さんが『魔銃士』として現役だった時は、町はずれにある洞窟が入口だったのだ。


「『トワイライト』での仕事に対して、日本政府も積極的に協力して頂ける事になったんです。もう、10年くらい前の話ですけど」


 矢澤さんは、そう言って僕の質問に答えてくれた。


 穿った見方をするならば、莫大な利益を生む宝石業界に、政府として一枚噛んで税金を搾取する旨味を見出したのだろう。


 下手に規制するより、協力し合った方が儲かるからね。


「けど、何で森林管理署に草津支部への入り口なんて作ったんです?」


「それは、瘴気が漏れた場合を考えての事です。もし漏れた場合、地上の木々へ真っ先に影響が出ますからね。こういった森林を管理する部署だと、『トワイライト』の瘴気が漏れた事を察知しやすいんです」


「モニタリングしている施設に、あえて入り口を作った、という訳ですか」


 もしもの事態に備える為に、あえて公共施設の地下に入口を作ったらしい。


 成程、合理的だ。


「ええ。ですので、昇君が知っている現在の洞窟は閉鎖されています」


 矢澤さんがそう教えてくれたのと同時に、僕たちは受付カウンターの前に立った。


 受付には、背広を着た綺麗な女性が座っていた。


 が、その背は矢澤さんと同じく低かった。彼女も小人族なのだろう。


「『草津支部』まで追加3名です。身許保証は、私でお願いします」


「はい、確認しました。高速エレベーターは10分後に出発しますので、2番ホールへ向かって下さい」


 受付の小人族が答えると、カウンターから電車の定期券のようなカードを3枚取り出し、矢澤さんへ手渡した。


「ありがとう」


 と、やり取りを終え、矢澤さんは僕たちにカードを渡した。


 カードには『通行証』と書かれている。


「何です、これ?」


「文字通り、『トワイライト』へ行く通行証です。この施設の地下に改札があります。それをタッチしないと通れません」


「え、厳重すぎない!?」


「いえ、これぐらい厳重な方がいいですよ、昇君。何せ、向こう側は高価な宝石の山ですからね」


 と、細野さん。


「はい、窃盗の問題があってからでは遅いのです」


 山田さんがそう補足してくれた。


 確かに、問題が起きてからでは遅すぎる。


 実は、『ジークフリード商会』も定期的に『トワイライト』で採掘された宝石を地上に交易品として流通させているので、支部クラスの場所となれば莫大な量の宝石が保管されている筈だ。


 宝石だけに、手を出そうとするような不逞の輩はごまんといるだろう。警戒を怠っていないのは、それこそ通常運営というものだ。


 そんな事を思いつつ、エレベーターで地下に降り、駅の改札口のような場所に出た。


 天井からぶら下がった看板には「関係者以外立ち入り禁止」とあり、そのすぐ横には監視カメラやセンサーらしき装置まである。


「さ、行きましょう。ついてきて下さい」


 厳重な警戒態勢の改札口に若干引いていた僕は、矢澤さんの言葉で視線を下にズラした。


 矢澤さんは自然体で改札にカードをかざし、通過して行った。


 カリオストロの城みたいにレーザーが飛んでくる訳ではなさそうだし、とっとと行こうか。


 僕は矢澤さんに倣い、駅の改札を通るような気分で通過した。


 もちろん、警報も鳴らず、レーザーも飛んでこなかった。


「さ、エレベーターホールに行きましょう」


 再び矢澤さんを戦闘に、僕たちは改札の先にあるエスカレーターに乗った。


 視線の先には、エレベーターホールがある。


 どうやら、あそこから地下の『草津支部』の建物へ向かうようだ。


 チン♪


 と、小気味のいい鐘の音がした。


 すると、扉の一つが開放され、その向こう側に大きめの休憩室のような部屋が現れた。


 部屋の壁沿いにはソファーが設置され、中央には大きな観葉植物が見える。


 何だ、アレ?


 一応、ここってエレベーターホールだよね?


「グッド・タイミング♪」


 と、矢澤さんが手を叩いて喝采した。


「矢澤さん、アレは?」


「アレ? アレがエレベーターですよ?」


「中でレストランが開けそうなくらい広い、あの部屋がですか?」


「ええ。あの部屋が丸ごと上下して『地上』と『草津支部』を結んでくれます。20分くらいかかりますけど、居住性は保証しますよ」


「へー、そりゃ凄い」


 10年もあれば、ここまで快適になってしまうのか。


 父さんの記憶があるせいか、軽く未来へタイムスリップしたみたいだ。


 周囲を興味深く観察しながら、僕は壁際のソファーに腰かけた。


 エレベーターには、どうやら僕達しか乗らないようだ。


 天井にはシャンデリアに、壁には油絵の風景画。


 アイボリーの色合いの壁紙に、観葉植物。


 エレベーターの中というより、デパートの休憩所と言われた方がしっくりくる風景である。


 落ち着いた音色のアラームが鳴る。


 どうやら、エレベーターが動き出すようだ。


 僕達を乗せた大部屋は、そのままゆっくりと下降を始めた。


 入口から対面に面する壁に設置された大窓の外のコンクリート壁の模様が、下から上へ移る。


 そして、コンクリート壁を突き抜け、空洞部へ。


 窓の外の光景は、その瞬間に一変した。


 眼下に広がるのはドーム状にくり抜かれた大空洞である。


 壁面が所々白く輝いているのは、あれはダイヤモンドだ。


 夜空に輝く星のように、ドームの壁面のあちこちに巨大なダイヤモンドがせり出している。


 それらが淡い光となって、地下のドームを照らし出していた。


 草津の街並み全てを飲み込んでしまう程に巨大な空洞の中心には、数々のビルが立ち並び、道路には多くの車も行き来している。


 さらにそのビル群の横には、巨大な地底湖がある。かすかに湯気が出ているという事は、あれは温泉だ。


 幻想的で、圧巻の光景だった。


「驚きました。父さんの頃より立派になっていませんか?」


 思わず僕は、隣にいる矢澤さんにそう言った。


「何を言っているんです? ここまで大きくしたのは、あなたのお父様の働きですよ?」


 矢澤さんは、小首をかしげてそう言った。


「へ? 父さんの?」


「ええ、その通りです」


 その言葉に、僕は父さんの記憶をたどってみた。


 別に普通に『魔銃士』として仕事をしていただけのように思える。


 特筆してとんでもない事を成し遂げた事は無いように見える記憶だった。


 そう言えば、父さんの事を『伝説の魔銃士』とエリーゼさんも言っていたな。


「あの、父さんって何かとんでもない事をしたんですか? 貰った記憶には無いみたいなんですけど」


「もしかして、あなたのお父さんはアレを5体も倒した事を何とも思っていないんですか?」


「アレ? もしかしてダイヤモンド・エルダー・ドラゴンの事ですか?」


「そうです! それも最強クラスの『ダイヤモンド・エルダー・ドラゴン』を5体も倒したんですよ!? これは世界中の『ジークフリード商会』でも例を見ない快挙なんです!」


 矢澤さんは少し興奮した面持ちで、僕にそう力説した。


 そう言ってくれれば、父さんも喜ぶだろう。


 何せ、ダイヤモンド・エルダー・ドラゴンに対しては、「二度と戦いたくない」と思われるくらい面倒な相手だそうだからだ。


 最悪、僕も相手にしなければいけないと思うと気が滅入る。


 むしろ、かつて『草津ゲート』の『トワイライト』ではあんなのが5体もいたのか。


「簡単な話です。ここ『草津』での宝石の採掘がスムーズになります。最強クラスの『宝石獣』が5体も討伐されたからです。安全性が確保され、目当ての宝石も採れるとなれば、世界中の宝石工匠の需要が、ここ『草津』に集中します。だから、我々小人族の間では、神河 渡という男は伝説として語りつくされているのですよ」


「ふーん」


「リアクション軽いですね、昇君」


「いや、実感が湧かないだけですよ。僕が倒した訳でもないですし」


「そうですか。けど、すぐに実感できると思いますよ? 神河 渡という『魔銃士』の実力、そしてそれを引き継いだ昇君自身の凄さが。――登録手続きが終わったら、一発どうです?」


 矢澤さんはどうにも消化不良という表情を浮かべつつ、自身が持っていたアタッシュケースを指さして、そう言った。


 父さんの『魔銃』が入ったアタッシュケースだ。


 『ホワイト・ペガサス』、そして『ブラック・グリフィン』。


 S&W社のM29とM629を素体にした、二つの『魔銃』。


 44マグナムという威力特化の銃弾を撃つ為に作られたS&W社の傑作の1つ。


「あのー、これって銃刀法違反ですよね?」


 僕はチラリと細野さんを横目に見て、矢澤さんにそう尋ねた。


「いいえ。日本政府と協力関係にある、と言った通りです。10年前に銃刀法をこっそり変更してもらいました。『魔銃士』、『魔剣士』に限り、『魔銃』、『魔剣』の所持を認めるというものです」


「え? 『魔剣士』って今もいるんですか?」


 『魔剣士』というのは『魔銃士』と違い、『魔銃』ではなく『魔剣』で戦う事を生業にする人達の事である。


 『魔剣』とは、『魔銃』と同じく、『魔法』で強化された剣の事だ。


 父さんの記憶では、『魔剣士』は廃れた職業である。


 それは、総合的に銃の方が、剣よりも優れた武器だからだ。


 相手の間合いで戦わずに一方的に殺す『魔銃』と、相手の間合いに飛び込んで殺し合いをする『魔剣』とでは、武器の価値は天と地の開きができてしまう。


 故に、『魔剣士』を選択する人間は余程、自身の身体能力に自身が無ければいけない。


「『草津支部』には、見習いで一人だけですね。可愛い男の子ですよ?」


「いるんだ。珍しい」


 僕は心底驚きながら、そう答えた


 会話をし続ける内に、エレベーターは徐々に地上に近づいていた。

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