Part5
商談という話がある以上、ここには当然、お金の問題が絡む。
お金というのは、僕の戦闘力に対する対価だ。
が、僕自身の相場が解らない為、父さんの知識を頼りにしてみた。
出てきた答えが、『宝石工匠』の報酬の3割が相場。――というものだった。
『魔銃士』の報酬が、『宝石工匠』の報酬の3割が相場、という妙な表現には理由がある。
たった一つの例外を除き、『宝石工匠』は依頼がないのに『トワイライト』などという物騒な世界は行かないからだ。
資産家や王侯貴族のオーダーがあり、初めて『宝石工匠』は宝石を加工するのだ。既製品を作るのではなく、世界に一つだけの完全オーダーメイドの宝飾品を。
そして、中には依頼主の願いが叶うものを作ってほしいという物もある。
願い、というのはそれこそ千差万別だ。
持つ者を不幸になるように、という依頼もあれば、持つ者が幸福な人生を送れるように、という依頼もある。
世界五大宝石店である『カルティエ』に作成依頼するのだから、当然、誰かを呪い殺すような宝石を求める人間は門前払いを受ける。
人を不幸にするような無責任な宝飾品を作った時点で、『カルティエ』の名に傷がつくからだ。
本当に有能な人間は、誇りが何でできているかを知っているのだ。
当然、彼女への依頼は、持つ者が幸せになれる宝飾品のみとなる。
もちろん、幸せというのは千差万別。
健やかな子供が産めるように、愛する人への気持ちを忘れないように、病気になりませんように、といろいろだ。
しかし、地球で採取できるのは、ただの宝石。そんな願いは込められても、叶える事などできはしない。
つまり、そういった願いが叶う宝石は『トワイライト』へ行かねば手に入らない。
もしかしたら『宝石獣』を倒す必要があるかもしれない。
故に、『宝石工匠』は『魔銃士』をパートナーにし、『トワイライト』へと旅立つ。
『魔銃士』が護衛につくのは、『宝石』への欲が強い『宝石工匠』がいる為だ。
『宝石獣』はこれ幸いとばかりに『宝石工匠』を捕食しようとやってくるのは必然である。
『魔銃士』は『宝石工匠』を守り抜く為に同行する。
そして、目当ての鉱山へ行き、最高の素材を現地で吟味し、眼鏡に叶う原石を手に入れ、それを加工し、依頼者へ渡す。
『宝石工匠』の手取りが依頼料金の7割をとれるのは、その作業工程が多いという、単純な理由からだ。この割合は、基本的に変動しない。
複数の『宝石獣』を倒して欲しいなどという、無茶な依頼でない限りは。
無論、僕は反対しない。この理由は正当で真っ当なものだからだ。
頑張った人に多くの報酬が渡されるのは、正しい事である。
そんな訳で、僕の手取りは3割になる。
普通は仕事が完了してからの支払いなのだそうだが、エリーゼさんは報酬を先に支払う主義のようだ。
学生カバンからiPadを取り出し、自分の依頼内容を記した見積書を照らし合わせた上で、僕に値段を提示する。
「今回の依頼金は、10万ユーロです」
日本円にすると、訳1300万円だ。
父さんの知識からすると、カルティエの『宝石工匠』にオーダーメイドで尚且つ願いの叶う宝飾品を作らせる依頼にしては、安すぎる金額である。
それも身に着けるものを幸せにする、本物の宝飾品ならば猶更だ。
カルティエの『宝石工匠』ならば、この10倍は提示しても、まだ割安であると思われてしまう価格だろう。
で、―—聞いてみた所、
「実は、私もまだ仕事を10件くらいしかこなしたことがないのです。まだ10代だし実績が無いから、私は相場よりも安い価格で依頼できるの。その分、あなたの取り分も減るわ」
との事だった。
成程。大企業で働いても、最初は皆、新入社員から始めるのと一緒か。
「さて、報酬の件ですが、3万ユーロを提示します」
エリーゼさんはそう言って、iPadの電卓アプリを叩き、僕に値段を提示した。
3万ユーロ。
日本円に換算して、約360万円。
高校生のアルバイトにしては、桁がおかしいレベルだが、『魔銃士』が受け取る報酬の中では、やや低ランクに位置する額である。
ベテランの『宝石工匠』からの依頼だとすると、多い時には億単位の報酬が入るからだ。
成程、神河家が裕福な理由は、こういった仕事を生業にしているからなのか。
「その値段で大丈夫です」
「決まりですわね」
エリーゼさんはそう言うと、カバンから小切手を取り出し、流れるような仕草で値段を記入する。
小切手にはきっちりと『€30,000』と記入されていた。
「山田さん、預かっておいてくれます?」
「畏まりました、お坊ちゃま」
持っておくのも不安なので、僕は山田さんに小切手を手渡した。
「――それで、出立は何時になります?」
「お互い準備があるでしょう? 3日後、『トワイライト』で落ち合いましょう」
エリーゼさんはそう言って微笑み、ウキウキとした表情で応接室を後にした。
成程、確かに探索には準備が必要だ。
そう、肝心な手続きを、僕は未だに完了していないのである。
仕事をするには、『魔銃士』にならなければいけないからだ。
つまり、世界中の宝石店から『魔銃士』として認可される証を持たなければいいけない、という事だ。
「それでは神河 昇君、私の話を聞いてくれますか?」
矢澤さんが、そう言って僕の目の前に座った。
何処か使命感に満ちた瞳で、僕を見詰めている。
ようやく自分の仕事の番が来た、といった感じだ。
「ええ、勿論」
「では、省略できるところは省略しましょう。――私が何処に所属しているか、理解できます?」
「『ジークフリード商会』」
と、僕は即答した。
『ジークフリード商会』。
『トワイライト』に住む小人族だけで結成された企業である。
小人族とは、『トワイライト』と地球の中間地点である地下世界で生活する種族であり、一応は『トワイライト』出身の異世界の人種だ。
特徴としては、第二次性徴の途中で成長が止まってしまう肉体的短所を持っているが、魔法技術に秀でており、『魔銃』の設計、点検や『宝石工匠』の育成なども行ってくれる親切な人達だ。
で、『ジークフリード商会』である。
事業内容は、さっき僕が言った通り、『トワイライト』で採掘された宝石原石の販売、宿の提供、『トワイライト』で負傷した際の治療全般、『魔銃士』へのシルバーバレットの販売や探索における消耗品の販売等、手広くやっている。
とどのつまり、『トワイライト』での仕事をサポートしてくれる、ありがたい組織なのだ。
で、この『ジークフリード商会』では、もう一つ別の業務を行っている。
『魔銃士』のライセンスの発行である。
「話が早くて助かります。それでは、『草津支部』までご案内します。IDカードに載せる写真も撮影しなくてはいけませんからね」
矢澤さんはそう言って、ソファーから立ち上がった。
「はい、よろしくお願いします」
僕はそう答えて、慌てて矢澤さんの後を追った。
その後を、細野さんと山田さんが続く。
さあ、次は『魔銃士』の登録だ。