表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
5/18

Part4

僕の口から、その言葉がでた瞬間、応接間にいた人間全てが満足気に頷いた。


「昇君、少し混乱しているようだね。少し座って落ち着きましょう」


 細野さんが、僕に言い聞かせるような口調で、そう言った。


「は、はい」


 僕はそう返事するのがやっとだった。

 フラフラとした足取りで、応接室のソファーに座り込む。


「お坊ちゃま、お茶を飲んで落ち着いてください」


 山田さんが僕にお茶を出してくれた。

 湯飲みに注がれたお茶を飲み込み、僕は深呼吸をし、落ち着いた。


「……細野さん、どうして僕は、知らない筈の言葉を知っているんです?」


 何故か直感していた。

 細野さんが、僕がこの知識を持っている原因を知っている事を。

 いや、細野さんだけではない。この応接間にいる人間全てが、知っている。


「ご説明します。それは、昇君が『吸血鬼』だからです」


 細野さんは、落ち着いた声で僕にそう告げた。


 ……………えーと。


 取り敢えず、山田さんを見る。

 何故か誇らしげに頷いていた。

 矢澤さんを見る。

 何故か眩しいものを見るかのように、目を細めながら僕を見ている。

 エリーゼさんを見る。

 肯定するかのように頷いている。


「……えーっと、ドッキリ?」


「違います」


「細野さん? あのー、僕が『吸血鬼』だって言うの?」


「ええ、その通りです」


「どの辺がです? 日光浴は苦手ですけど、普通に太陽の下を歩いていますよ、僕?」


 十字架を見ても何とも思わないし、山田さんが作ってくれるニンニク入りのペペロンチーノも大好物だ。毎朝鏡を見ながら身だしなみも整えるし、水泳だって難なくこなせる。


「……妙ですね、『吸血鬼』なのに『吸血鬼』がトリガーになりませんか?」


 細野さんがさも意外そうな顔で僕にそう言った。


「キーワードではないのかもしれませんよ、細野弁護士。――良ければ私に任せてくれません?」


「そうですね。『トワイライト』の件については、カルティエ様の方が専門家ですし」


 細野さんはそう言って、一歩下がった。

 はて、どういう事だ?


「では、『吸血鬼』に対して認識を変更して頂きましょう」


 今度はエリーゼさんが口を開けた。


「その前に確認です。――山田さん?」


「はい、エリーゼお嬢様」


「神河 (のぼる)君は、――かの伝説の魔銃士、神河 (わたる)殿の血を、間違いなく吸いましたね?」


 神河 渡という人は、僕の父にあたる人である。

 遺影を見た事があるが、精悍な印象を受ける顔立ちだった。


 ――で、血を吸う?


「はい、私も立ち会いました。――ほんの100㏄前後でしたが」


「十分な量です。――では、神河君。『血を吸う』、という事を思い出してみて下さい」


 再びズビシっ、と僕を指さす。

 丁寧で無礼な人だ。


 僕はそう思いつつも、頭の中で『血を吸う』という事をイメージしてみた。


 まず最初にコウモリが出てきた。


 そして、世間一般で囚われているのとは別の情報がフラッシュバックした。


 そう、――思い出した。


 ――え?


「その表情を見るに、思い出したようですね。――では、あなたの口で説明してくれますか? 私たちの知っている方の『吸血鬼』の事を」


 エリーゼさんが静かにそう言った。

 僕は、頷いた。


「『吸血鬼』。異世界『トワイライト』に住まうヒューマンタイプの種族。基本的に不老だが、寿命は地球の人間とほぼ同じ。他の知的生命体の血液を採取する事、――即ち『吸血行為』によって、その知的生命体の知識と経験を得る、特殊能力を持つ」


 スラスラと喋っていた。


 今朝がた、千里に向けてカルティエの話をしていたのを思い出した。


 つまり、これは僕のではなく、幼い頃に吸った、父さんの血によって得た知識だというのだろうか。


 血を吸う行為によって、知識や経験を受け継ぐ。

 考えてみれば、これ以上、効率的な人材育成はないだろう。


 そして、僕はもう一つの事実を思い出した。


 僕らが『吸血鬼』と呼ぶ存在についてだ。彼らは自分達の事を『夜公』と称している。故に『吸血鬼』という言葉で、僕はその情報を思い出せなかったのだ。


 つまり、父さんが認識している内容でしか記憶は引き出せない、という事か……。


 彼らがどういう種族で、どういう組織運営を行っているかは、父さんは知らないらしい。


 ただ、『トワイライト』に平然と存在し、たまに『ジークフリード商会』に釘を刺しに来る厄介な連中だそうだ。


 詳しい事は解らないが、商会も彼らには頭が上がらないらしい。


「結構です。では、その調子で異世界『トワイライト』について説明して下さい」


 エリーゼさんが、淡々とした口調で僕にそう言った。


 記憶を思い出すと頭がクラクラするのだが、彼女にとっては僕の健康状態なんて、どうでも良い事らしい。


 ハードボイルドな人だ。


 よしっ、リクエストに応えましょう。


「『トワイライト』。日本の温泉街の地下深くに繋がっている、異世界の事。この世界の特徴は、太陽が存在せず、常に夜の闇に包まれた世界だという事があげられる」


 『トワイライト』。


 何故だろう、とても懐かしい気持ちになる。

 そして、僕は理解した。

 僕は『夜公』、――いや『吸血鬼』であり、異世界の人間にも関わらず、この世界へやってきてしまった、という事を。


 いや、父に連れられて来たのだ。


 父の知識が、僕の中で蘇る。

 

 母は『トワイライト』に住む貴族のお姫様、――即ち僕らの言葉で言うと『吸血鬼』だった。


 『吸血鬼』達のルールの中にも、実は禁忌があった。


 その最たるものが、人間と愛し合い、男女の仲になる事である。


 それでも両親は自分の想いを貫いた。


 きっと二人には、禁断の愛という事実ですら、己の恋情を燃え上がるスパイスのように感じられる程、惚れ込んでいたのだろう。


 父は仕事の合間を見つけては母さんに会いに行き、ついに結婚した。


 対価として、母さんは『吸血鬼』の一族から追放される事になった。

 

 二人はそれぞれ、別の世界の住人。

 

 父さんは『トワイライト』では暮らせない。母さんも地球では暮らせない。

 折衷案として、二人は別々の世界で暮らす事にし、やがて生まれた僕も母さんが預かる事になった。

 

 だが、ここで悲劇が起こる。


 疫病が、母さんの暮らしていた『トワイライト』の地帯で蔓延した。

 

 母さんは僕を残して死に、父さんは僕をつれてこの世界へやってきた。


 母さんは一族から追放されていた。勿論、その子供である僕でさえ。


 それ故、父さんは僕をこの世界へと連れ出した。自分の子供を育てる為に。


 だが、ここで問題が起きてしまった。


 父さんも『疫病』に感染し、まもなく死んでしまったのだ。

 

 気が付いたら、僕は応接スペースの椅子にぐったりと腰かけてしまっていた。

 自分が体験した事もない経験を、さも自分の知識として認識するのは、それだけで大きな違和感と負担を僕の脳に強いていたのだ。

 軽いめまいのおかげで、どうやら無意識に座り込んでしまっていたらしい。


「落ち着きましたか、神河君?」


 気遣うように、エリーゼさんは僕の背中を優しくさすってくれた。


「エリーゼさん、あなたは一体、何が目的なんです?」


「あなたを雇いに来ました」


「雇う?」


「そうです。――私と一緒に『トワイライト』へ赴き、最悪の場合、ある『宝石獣』を倒して頂きたいのです」


「『トワイライト』へ?」


 僕はオウム返しにそう聞き返した。


 あそこは『瘴気』という毒ガスに近い成分が空気中に蔓延している世界だ。


 人間が連続活動させようと思ったら、ガスマスクをしていても一週間がリミットである。


 僕の中にある父さんの知識が、そう答えを出した。


 それが、父さんが『トワイライト』で暮らせなかった理由である。


 そして、実は『トワイライト』の人間も地球では長時間暮らせない。


 太陽の光を浴びると極端に衰弱するからだ。

 

 ん? じゃぁ、僕がいつも不健康なのは、太陽のせい?


 ま、それは後で調べる事にしよう。


「まさか、エリーゼさんは、カルティエの『宝石工匠』なのですか?」


「そうです」


 エリーゼお嬢様は、静かに頷いた。


 細野さんの、最初の言葉を思い出す。

 僕にこの記憶を呼び覚ます条件の所だ。

 五大宝石店、もしくはグランサンクに属する9つの宝石店の『宝石工匠』より、神河 昇様へ『魔銃士』としての依頼があった場合、例外として全てを打ち明けるべし。


 そう、目の前にいるお嬢様の名前は、エリーゼ=フランソワーズ=カルティエ。


 世界五大宝石店、『カルティエ』の名を持つ意味。


「嘘……でしょ……!?」


 辿り着いた答えに対して、思わず僕は疑いのまなざしを向けた。


 『宝石工匠』。

 『トワイライト』にて、命をかける誇り高き職人達。

 彼らの仕事を、本来の意味で思い出す。

 『トワイライト』は宝石や貴金属の産地として、地球の宝石業界では特に有名である。

 

 産出される宝石の中には、価格がつけられない程に大きい物から、不思議な効果を持った解明不能の能力を持つ石まである。


 それを加工できる人間は、専門の知識と加工技術を持たなければならない。


 つまり彼女は、


「嘘ではありません。現に私は、『トワイライト』で算出された宝石を加工する、『宝石工匠』です」


 ――という事なのだ。


 彼女はその証とばかりに、懐から『カルティエ』グループに属する『宝石工匠』である事を証明するIDカードを僕に見せてくれた。


 僕の中にある父さんの知識を元にすれば、これは異例の中の異例だろう。

 名門『カルティエ』は、絶対に半端な物は作らない。

 これは、身内贔屓しない、という事である。


 つまりエリーゼさんは、『カルティエ』で『宝石工匠』としてやっていける、とその店で評価されているという事だ。成人もしていない少女が、職人業界で評価されている、という事である。


 すごい。


 だって、僕と同じ年なのに、既に社会で実力が認められているのだ。

 それも、命をかけて宝石をつくる、『トワイライト』の『宝石工匠』として。

 『カルティエ』の『宝石工匠』として。


「では、ここから一番大事な内容です。『魔銃士』という言葉、思い出せますか?」


「ええ」


 『魔銃士』。

 『トワイライト』にて、『宝石工匠』と共に命を賭けて戦う、『魔銃』を使いこなす戦士。


 そう、――『魔銃』だ。


 こいつを理解しないと、『魔銃士』は理解できない。

 何せ、『魔銃』とは、『魔銃士』の根幹をなす武器なのだから。

 『トワイライト』の人間は『魔法』という技術を応用し、色々な物を作っている。


 魔法は万能、ってファンタジーで言われているけど、トワイライトの魔法は万能じゃない。


 何もない場所から炎の弾や氷の槍、土の盾や風の刃なんて作り出せないのだ。

 

 『0』を『1』にはできないが、『1』を『10』にする事はできる。

 

 それが、トワイライトの魔法を学ぶ上で、最も必要な基礎理論だ。


 つまり、強い威力のある攻撃魔法を発動させようと思ったら、スターター(点火装置)として威力のある武器が必要になる。

 

 何でも切れる刃を作り出したければ、せめて包丁程度の切れ味のある刀が必要だ。

 

 何でも撃ち砕く弾を発射したければ、せめて銃弾を射出する武器が必要だ。

 

 そう、『魔銃』はそんな概念の元に生まれた、『トワイライト』でのみ爆発的な威力を発揮する銃なのである。

 

 その『魔銃』を使う者を、人は『魔銃士』と呼ぶ。

 

 『魔銃』とは、ファンタジーの魔法使い達が使う魔法の杖のようなものなのだ。

 

 では、なぜそんな物騒な武器を携えて探索する必要があるのだろう?


 『トワイライト』は、前述の通り宝の山である。

 だが、その探索はまさに命懸けである。

 瘴気の問題もある。

 

 だが、もっとも恐ろしいのは『宝石獣』と呼ばれる魔獣の存在だ。


 いよいよファンタジーみたいになってきたが、この『宝石獣』という存在が実に厄介なのである。

 

 体長は3mから50mとまちまち。


 形は基本的に、トカゲ等の爬虫類の特徴を持った生物である。


 だが、その鱗が実に固い。まず、普通のライフルでは傷一つ付かないのだ。


 しかもこの『宝石獣』、実に厄介な習性を持っている。

 

 それは、欲深い人間、――特に「宝石に対する執着」を持つ人間を好んで食す美食家なのだ。


 通常の火器が通用しない上に、宝石が欲しいと思っている人間を片っ端から平らげる厄介さを体現した災害。


 それが、『宝石獣』なのである。

 

 しかし、対抗手段がないわけではない。

 そう、――『魔銃』だ。

 『宝石獣』に対する唯一の対抗手段であり、災禍を駆逐する唯一の担い手。

 それが、『魔銃士』なのである。


「あなたのお父様である、神河 渡の知識と経験を引き継いでいるのなら、相応の働きをする筈です。特に、今回の探索地は神河 渡が生前にホームとして働いていた草津ゲートになります。――故に、私はあなたを『魔銃士』として雇います」


 お嬢様はさも自然な口調でそう言った。

 エリーゼさん、それって僕自身は不要と言っているようなものですよ?

 言っているのか。


「山田さん、父の『魔銃』はありますか?」


 少し凹んだ自分を持ち直す為、僕は話題を変えた。


「はい。矢澤様、お願い致します」


「はい」


 今まで静かに様子を見守っていた矢澤さんが、きびきびとした動作で応接室の机の上に、アタッシュケースを置いた。


「では、開けさせて頂きます」


 矢澤さんは、そう言ってアタッシュケースの留め金を外した。


 中に入っていたのは、2丁のリボルバー拳銃だった。

 一つは黒い銃。もう一つは白い銃だった。

 何故か、とても懐かしく思うのは、きっと父さんの知識を得た影響なのだろう。


「神河君、この拳銃のベースとなったモデル、教えていただけない?」


 エリーゼさんは何処か含みのあるような口調で僕に言った。

 まるで試しているみたいだ。実際、そうだろう。

 勿論、僕自身は知らなくても、父さんの知識が知っている――


「黒い方が、S&W社のM29。で、銀色の方がそのステンレス製のモデル、M629ですね」


「では、この『魔銃』の名前は?」


 エリーゼさんは畳みかけるように訪ねてくる。


「黒い方の名前は『ブラック・グリフィン』。フレームの素材は『宝石獣』の近接攻撃も防げるよう、『結界魔法』を付与した、特製モリブデン鋼を使用。白い方の名前は『ホワイト・ペガサス』。フレームの素材は『宝石獣』への打撃力を意識し、『貫通魔法』を付与した特製ミスリルを使用。攻撃力を上げる為、装弾数を6発から7発へ変更。それに伴い、シリンダーも強化している。なお、攻撃力を重視しすぎた為、二つの『魔銃』は市販の44マグナム弾を発射できない。これを使うには、『44シルバーバレット』が必要」


 僕は戸惑いながらも、知らない筈の知識をペラペラとしゃべり続けた。


 まるで拳銃オタクじゃないか。


 それに、明らかに拳銃オタクも知らないような単語も出てきた。

 『結界魔法』? 『貫通魔法』? 『ミスリル』? 『44シルバーバレット』?

 何だろ? この単語の意味は?


 と思っていたら、勝手に頭の中に知識が浮かび始めた。


 『結界魔法』。使用者の生存本能を引き金に発動する斥力場の事。使用者の生存本能が強ければ強い程、強力な斥力場が発生する。――なるほど、『ブラック・グリフィン』は防御に特化した拳銃なのか。


 『貫通魔法』。使用者の闘争本能を引き金に発動する強化装置の事。使用者の闘争本能が強ければ強い程、攻撃力は増加する。――なるほど、『ホワイト・ペガサス』は攻撃に特化した拳銃なのか。


 『ミスリル』。異世界で採掘される魔力が付与した銀の事。『トワイライト』の鉱山か、『宝石獣』の体内から採取可能。――つまり、めちゃくちゃ高い素材、って事だな。


 『44シルバーバレット』。44マグナムの形をした、シルバーバレットの事。素材は『ミスリル』のみ。


 ……これが父さんの知識、経験なのか。


「完璧ですわね」


 エリーゼさんがにこやかにほほ笑んだ。


「つまり、僕自身に知識や経験はないけれど、ベテランの『魔銃士』である父さんの知識と経験を持っているから、選抜したという事?」


「ええ。実は、少々厄介な事になっていますの」


「厄介?」


「ダイヤモンド・エルダー・ドラゴン。知っている筈よ? 貴方のお父上が何体も撃破した『宝石獣』なのですから」


 僕は絶句した。


 ダイヤモンド・エルダー・ドラゴン。


 さっき、僕は『宝石獣』の大きさを、3mから50mと言った。


 では、ダイヤモンド・エルダー・ドラゴンの大きさはというと、ずばり50mなのである。


 最大クラスの体長を誇る、『宝石獣』の頂点に位置するトカゲ。


 それが、ダイヤモンド・エルダー・ドラゴンなのだ。


 奴らを表現するならば、対象を滅ぼすまで暴れ続ける台風、土地を壊滅させるまで揺れ続ける地震のような存在。


 人間が相手をするのもおこがましい、災禍の王。


 『ジークフリード商会』の中でも歴戦の『魔銃士』すら生還すれば武勇伝として語り継がれる程の存在。


「もしかして、ダイヤモンド・エルダー・ドラゴンが現れたんですか?」


「はい。既に『草津支部』に所属している『魔銃士』が、生きたまま食べられてしまいました」


 何処か鎮痛な声で、矢澤さんがそう告げた。


 結構、洒落になってない状況だよね、それ。


「それを、最悪、僕に倒せって事?」


「ええ。何せ、倒した人間の知識を受け継いでるのでしょう? 倒せないとはいわせませんわよ?」


 無茶を言う。


 実際、僕の父さんはほぼ博打に近い手段で倒している。


 勝てる保証なんて、これっぽっちもない。


 が、これは僕に振られるという事は、他の『魔銃士』では無理だったという事だ。


 つまり、『トワイライト』への探索にいくお嬢様の護衛としてつきそう、――それが今回の商談の肝なのだろう。


 確かに、僕はこの商談の主役だ。


 お嬢様が購入しようというのは、僕が父さんから引き継いだ戦闘力と知識、経験。


 冗談じゃない。


 全長50mの空飛ぶ化け物が出て来たら、それを仕留めろなんて、無茶振りもいいところだ。


「何故、そこまで危険な目に会ってまで、宝石を求めるんです? 『ジークフリード商会』でも宝石原石の販売は行っているんですから、そこで素材を買い求めればいいではありませんか?」


 内心、とんでもない無茶振りするエリーゼさんに憤っていたのだが、僕は落ち着いた口調で彼女に問いかけていた。


「妥協の仕事に価値があるのかしら? やるからには最高品質をもって応えるのが、私の流儀ですわ」


 優雅な、その中に確かな決意の籠った声で、彼女は僕にそう言った。


「死ぬような目にあっても、妥協しないと言えますか?」


「私が自分で選び、信じて歩んできた仕事です。命をオッズにする価値はありますわ」


 その言葉が、僕の心を撃った。


 エリーゼさんは、僕に無茶振りをして平然としている世間知らずの人間ではなかったのだ。


 彼女もまた、自分も命を賭ける為に『トワイライト』へ行くと言っているのである。


 全ては、自分が最高の仕事をする、そのハードボイルドな信念の為に。


 ……嗚呼、解った。


 僕はずっと自分の意思が無かったように生きて来た。


 けど、今は自分の意思が解る。


 彼女の仕事を、成功させたい。


 彼女の信念に、応えたい。


 彼女の願いを、叶えたい。


 今、僕の胸に熱い意思が生まれた。


「―—解った、その仕事、引き受けた」


 気付いたら、僕はそう言っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ