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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
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Part3

 訳の解らぬまま学校の敷地内にある、送迎用スペースの前まで来た。

 資産家の子息子女が通う学校のせいか、こういった送迎スペースを完備するのが我が学園のスタイルだ。


 ま、実際あると助かる施設だ。

 体調不良の申し子である僕にとっては。


 で、山田さんが運転する黒ベンツがやってきた。

 うわぁ、山田さんに何て言って相談したらいいんだろう。

 気が滅入る。


 ――と、思っていたら、


「お待たせしました、おぼっちゃま。そして、エリーゼお嬢様」


 山田さん、笑顔でお出迎えである。


「話は既に通っていますよ、神河君」


 と、お嬢様。


 何ですと?


 セレブにとって、根回しは基本スキルなんですかい? 教えて、ヒルトンシスター!


 僕はベンツに乗ったけど、内容は完全に置いてけぼりであった。


 悪いな昇、この話題は二人用なんだ、みたいな展開である。


 そりゃないよ、お嬢様。


          ◆


 あれよあれよと、僕とエリーゼさんは、草津郊外に建つ温泉宿に到着した。


 彼女はここで下宿しているようだ。

 老舗の高級旅館がホームステイ先とは、セレブすぎる!


 で、今は旅館の応接間をレンタルし、ソファーに座らせてもらっている。


 商談という事が、いよいよ意味が解らなくなってきた。


 対面に座るエリーゼさんも、緑茶を音も立てずに飲んでいる。


 何度も飲んでいるのは、緑茶が余程珍しいからだろう。

 興味深そうな表情で、じっと緑茶を見ては、音も立てずに飲む、を繰り返している。


 そうこうしている内に、応接間の扉が開いた。


 向こう側から現れたのは、長身の銀縁眼鏡を掛けた細身の男性と、背の低い女の子だ。


「やあ、久しぶりですね、昇君」


 そう言ったのは、銀縁眼鏡を掛けた細身の男性。

 『久しぶり』と言ったのは、訳がある。


 僕とこの人、――細野 智則さんとは知り合いだからだ。


 この人こそ、僕の父の資産管理や遺言の管理を行ってくれている人である。


 問題は、何故この場所に、細野さんがやってくるのだろう、という事である。


「細野さん、どうしてここに?」


「それは、後程でお願いします。まずは、あなたに紹介したい女性がいます」


「紹介したい女性?」


 僕は思わず、細野さんの隣にいる女の子へ視線を向けた。

 男物の小さな背広を着た小さな女性である。


 小さい。


 第一印象が、それであった。

 身長は見た感じ、130㎝位だ。

 小学3年くらいの体格と顔立ちに、栗色の髪の毛をツインテールに結い上げた髪型。

 愛らしい光を宿す相貌に、あどけない笑顔を浮かべる口元。

 そして、右手には大きなアタッシュケースを持っていた。


 一見、ままごとか何かで男物の背広を着ている小学生を連想するような風貌であるが、僕はこの少女を見てこう感じた。


 ――大人である、と。


「はじめまして。矢澤 明美と言います」


 どこかハキハキとした隙のない口調である。

 アナウンサーのようだ。


「はじめまして。神河 昇、高校生です」


 僕はそう言って、彼女と握手した。


「背が高いですね」


 彼女は、どこかマジマジとした視線で、僕にそう言った。

 まぁ、180㎝あるから低くはないか。

 見た感じ140㎝もなさそうな彼女の目からしたら、僕なんて巨人に見えるだろう。


「はぁ、どうも」


 と、そう返す。


「では、自己紹介も終わった所で、本来の目的に入らせていただきます」


 と、細野さん。


「今回集まって頂いたのは他でもありません。神河 昇様のお父上、神河 渡様からの遺言状の内容についてです」


「遺言?」


「はい。昇君自身と神河家についてです」


「僕自身と神河家?」


「そうです。神河 昇と神河一族の正体、と表現した方が正解でしょう。本来ならば、この宣告は、成人を迎えた段階で行う、と遺言に書かれています」


 細野さんは落ち着いた声で、僕にそう言った。

 応接間にいる人達に視線を向ける。

 皆が皆、落ち着いて聞いていた。まるで、細野さんが言っていた、「神河 昇と神河一族の正体」という内容を把握しているみたいだ。


「あのー、僕は未成年ですけど?」


 一応、僕は確認の為にそう言ってみた。


「勿論、把握しております。ですが、遺言書にはこう書かれています。『世界五大宝石店』、もしくは『グランサンク』に属する9つの宝石店に所属する『宝石工匠』より、神河 昇様へ『魔銃士』としての依頼があった場合、例外として全てを打ち明けるべし、との事です」


 細野さんは、淡々とした口調で、そう告げた。


 世界五大宝石店。文字通り、世界でもトップに君臨する5つの宝石店の事だ。


 今朝、千里と話していた『カルティエ』もその一つである。


 次に『グランサンク』とは、ファッション世界最先端であるパリの中でもトップに君臨する5つの宝石店の総称だ。


 どちらも5つの宝石店のグループなのに、合計が9つになってしまうのは、『ヴァンクーフ&アーペル』という宝石店がどちらのグループに同時に名を連なれているからだ。


 どの宝石店も最高級のブランドであり、芸能人やセレブ達の御用達のお店ばかりである。


 だが、僕が一番戸惑ったのは、その名前が出て来た事ではない。


 普通の日本の高校生である僕が、この宝石店の情報を知っている事を、一番驚いていた。


 何で、僕はこの情報を知っているんだ?


 今朝も『カルティエ』という名前で、様々な情報が頭の中から溢れて来たのだ。


 それだけじゃない。

 僕の頭の中にある単語から、更に情報が溢れて来たのだ。

 『宝石工匠』と『魔銃士』。


「何、……で?」


 どんどん溢れて来る。

 学習しているのではなく、思い出しているように。


 『宝石工匠』。

 読んで字の如く、宝石を加工する職人の事だ。


 だが、『魔銃士』と名を持つ人間とセットで動く『宝石工匠』が、普通の職人の訳がない。

 

 この人間達が、己が命を賭けて活躍する場所は、地球ではない。

 

 此処ではない、何処か。

 

 沈まぬ月と、無限の宝石に彩られた、夜の世界。


 その名は、


「トワイ……ライト」


 僕は呟いていた。

 知らない筈の、その世界の名前を。

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