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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
16/18

エピローグ

 僕のお嬢様はハードボイルドだ。

 

 彼女は休むという事をしない。

 

 ダイヤモンド・エルダー・ドラゴン討伐から一週間後、僕はとんでもない大金持ちになっていた。

 

 まずは順番に話そう。

 

 例のダイヤモンドの運搬費は500万円で変わりはなかった。

 

 うーん、この……。

 

 が、手に入れたオニキスの原石5つでちょうど500万円となり、見事に相殺された。

 

 よっしゃ!

 

 で、次は例のダイヤモンドとミスリルだ。

 

 提示された値段は、50億ユーロ。

 

 日本円に換算すると、何と6,500億円である。

 

 うわ、思い出しただけで頭がクラクラして来た。


 エリーゼさんは、『草津支部』に戻ると、『カルティエ』の鑑定部と財務部の幹部スタッフをそれぞれオンライン回線でプレゼンを開始。


 彼女は3日かけてダイヤモンドを鑑定し、スタッフを説得し、協議を重ね、この額を僕に提示してきた。


「あなたが私の仕事の為に命懸けで戦い、地上世界最高品質のダイヤモンドを持って来てくれました。あなたの『魔銃士』としての仕事に敬意をこめて、ここは駆け引き抜きでいきます。これが、――50億ユーロが、我々が提示できる最高の額です。ご納得頂けますか?」


 ここで僕が首を横に振れば、彼女は再び『カルティエ』の幹部達と会議する事になるのは、目に見えている。


 6,500億円なんていう、桁が多すぎて把握しきれない金額を提示されても、僕の頭は処理が追いつかない。


 エリーゼさんがこれ以上、苦労するのはごめんなので、


「それでいいよ」


 と言って、エリーゼさんと握手を交わし、即日中に、僕の口座には6,500億円という金額が振り込まれた。


 会計士兼弁護士の細野さんは苦笑いしつつ、「来年の確定申告は地獄を見そうですね」と僕に向けてそう言った。


 うん、税金はきちんと払わないとね。


 資産管理は今まで通り、安心と信頼の細野さんへ丸投げ――……コホンっ、一任し、僕は帰途についた。


 何だかんだで、その日は予想外の大金を手に入れ、僕の精神はとことん疲れてしまった。

 

 何故だろう?

 

 『トワイライト』ではリミッターが越えて元気になったみたいだったのに、地上に帰って来てから、徐々に疲れが溜まって来たような気がする。

 

 そして、その日から4日後である今日。


 エリーゼさんはキラキラと薔薇と星の光をまき散らすような最高の笑顔を浮かべて大樟学園に登校した。


 登校したと言っても、昼休みの事である。


 遅刻なのだが、ちっとも悪びれた顔をしないのは、エリーゼさんらしいと言えば、らしい。


「ごきげんよう、神河君♪」


 昼休み、食堂の隅っこで太陽光から隠れるようにカルボナーラを食べていた僕を見つけ、エリーゼさんはそう挨拶した。


 とんでもない美人に不健康な高校生が会話している図は、周囲の人間からは興味をそそられるのか、視線が圧力を伴って僕らに突き刺さって来る。


 エリーゼさんは、好奇心に満ちた周囲の視線を、むしろ平然とした面持ちで受け流し、そのまま僕の隣の席に座った。


 更に周囲が「ざわ」つく。


 エリーゼさんって、良い意味でも悪い意味でも男女分け隔てなく接するよなぁ……。


 彼女の場合、対人関係の線引きは、仕事ができるか、できないかという、ハードボイルド極まりない理由なんだけど。


 実を言うと、僕も彼女のそういうドライな線引きは気に入っている。


 これでエリーゼさんの中身が、実は恋する乙女だったら幻滅だ。


「ごきげんよう、エリーゼさん。学校に来た、って事は例の指輪、完成したの?」


「ええ。コチラをご覧下さい♪」


 エリーゼさんはそう言うと、手元のスマホを取り出し、僕に差し出した。


 スマホの画面には、エリーゼさんが作り上げた、エンゲージリングが映し出されている。


 ミスリルのリングが、計算つくされたリボンのように美しく絡まり合い、そしてその中央には、満開の白い薔薇の形にカッティングされたダイヤモンドが象嵌されていた。


 まるで自然に咲いた薔薇のようにカッティングされたそのダイヤモンドは、素人目でも、驚異のカッティング技術である事が解った。


「凄い綺麗……。リングのベースはトリニティルバン?」


「正解ですわ! ――もしかして、それは貴方のお父様の知識かしら?」


「残念、これは父さんの知識じゃないよ。僕だって宝石の事くらい勉強するさ。自分の仕事に関する事なんだからさ」


「素晴らしいですわ、神河君!」


「ありがとう。……けど、どうして薔薇の形にカッティングを?」


 何気ない僕の質問は、『宝石工匠』である彼女の職人魂のプライドをいい感じでくすぐったようだ。


 更に輝きを増した笑顔を僕に向け、講釈を始めてくれた。


「薔薇は古来より、『愛』を象徴する花です。そして、この指輪に象嵌された薔薇は、ダイヤモンドを素材にしていますので、まるで白い薔薇のように見えますでしょう?」


「うん」


「『白薔薇』の花言葉は『両想い』。夫婦二人、想い合ってこそ、幸せな結婚生活が送れるものです。二人の幸せを願って、昨夜、見事に完成させましたわ♪」


 「オーッホッホッホッホ」とお嬢様風な高笑い。


 おぉ、テンション高いなぁ、エリーゼさん。


 ま、徹夜明けで夜通し作業をしていたんだろう。ハードボイルドだよ、エリーゼさん。


 ふと、僕のスマホから呼び出し音が鳴った。


 おや?


「あ、ごめん、エリーゼさん。ちょっといい?」


「ええ、どうぞ?」


 エリーゼさんに断りを入れ、僕はスマホの画面を見た。


 登録されていない携帯電話の番号が表示されている。


 うーん?


 取り敢えず、出てみた。


「はい、もしもし」


『こんにちは、神河君』


 通話口から聞こえて来たのは、僕の担当官である矢澤さんの声だった。


「あぁ、矢澤さん。こんにちは」


 僕がそう返事すると、エリーゼさんの表情が急に不機嫌になった。


 うーん? どうかした、エリーゼさん?


『この前約束した、お寿司の件、お店を今日予約しておきました』


「え、お寿司!? しかも今日!?」


 矢澤さんの言葉に、僕は素っ頓狂な声を上げる。


 いやいや、どうしてダイヤモンドを売らなかったのに、僕にお寿司を奢ろうとするんだ、矢澤さん!


 って、何だか段々、エリーゼさんの眼差しが剣呑になっていく。


 何で!?


『あ、何か予定がありました?』


「いえ、予定はありませんけど……」


 僕はそう言いつつも、視線を隣のエリーゼさんに向けた。


 ひぃっ!


 エリーゼさんはもはや殺し屋のような眼で僕を見ている!


 何で!? さっきまで幸せそうだったじゃん!


『では、今日の放課後、迎えに行きますからね』


「あ、はい」


『後、この番号は私のプライベートのスマホの番号なんで、登録しておいて下さい』


 矢澤さんはそう言って、会話を切った。


「神河君?」


 底冷えするような冷たい声で、エリーゼさんが僕に話しかけて来た。


「は、はい?」


「矢澤さんとは、あの小人族の矢澤さんですね?」


「ええ、そうです」


「どうして彼女は神河君の電話番号を存じているのかしら?」


「『魔銃士』登録の時に書いた書類の、連絡先の欄を見たのではないかと……」


「だとして、どうして何時の間にデートする仲になったんです?」


「いや、冗談だと思ってたら、向こうが本気だった、みたいな? ほら、この前の仕事が終わった時にしていた、『お寿司を奢ってもらう』約束だよ」


「だとしたら……、これは接待営業ですわね」


「接待営業?」


「ええ、賄賂とも言えます」


「いやいや、ドラマじゃないんだからさ……」


「いえ、有り得ます。考えても見て下さい。相手は『ジークフリード商会』のスタッフですよ? これから、神河君は新生気鋭の『魔銃士』として、数々の宝石を『トワイライト』で手に入れるのです。お寿司で釣って、本来なら依頼主に売却すべき宝石を自分たちに売却するよう相談を持ち掛けて来るかもしれませんよ?」


「ええ……」


「汚らわしいわ!」


 ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、エリーゼさんはとことん僕を軽蔑した眼差しを向けた。


 うぅ、僕が何をしたっていうんだー。


「せいぜい、甘い罠にかからぬよう、注意する事ですね、神河君! このロリコン!」


「ええええええ!?」


 颯爽とした足取りで食堂を去るエリーゼさん。


 そして、取り残される僕。


 周囲からは興味の視線。


 父さん、僕はどうしたらいい?


 怒った女性を宥めて誤解を解く方法をお願い!


 ………。


 ええええええ!? 知らないのぉっ!?


 絶望に打ちひしがれる僕の鼓膜に、大樟学園の昼休みを終えるチャイムの音が響くのだった。

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