part13
時速120㎞位の速度まで加速して跳躍した瞬間、俺が立っていた場所へドラゴンが爪を突き立てた。
この状況を、俺の脳ミソは愉しいと感じているらしい。
際限なく興奮物質を体内にまき散らし、吸い込んだ瘴気を際限なく魔力へ変換する。
それに伴い、俺の動く速度が更に上昇し、皮膚も痛みを感じなくなってきた。
「ヒュー♪」
思わず軽快な口笛を吹く。
「出し惜しみ無し! 行くぜっ!!」
攻撃重視の魔銃、『ホワイト・ペガサス』の銃口を、ドラゴンへ向ける。
ドラゴンは空中からの強襲に全力をかけていたのか、俺の攻撃に対処する素振りはない。
チャンス♪
「『マキシマム』――!」
銃口に俺の身長と同じくらいの火球が生まれる。
己が変換できる全ての魔力を『魔銃』へ注ぎ込む。
更に火球が巨大化する。
――これが、……俺の全力!
「――『ブレイズ』!!」
銃口の火球の直径が5mにまで巨大化した瞬間、俺は『ホワイト・ペガサス』の引き金を引いた。
バン!!
爆弾が爆裂したかのような轟音が、銃口から放たれる。
あまりの反動に、右肘がバキャリと耳障りな悲鳴を上げるが、俺の喜悦に変化はない。
反動で100m程、空中で後方にふっ飛ばされる。
荒地に着地するも、更に俺の体は着地姿勢を保ったまま、土煙を上げて滑走しつづけた。
これが、『マキシマム・ブレイズ』。
反動軽減に魔力を使わず、威力増大だけに魔力を使用した『魔銃士』の切り札である。
今の俺が放った『マキシマム・ブレイズ』ならば、戦車砲どころか駆逐艦から発射される巡航ミサイル並の威力があった筈だ。
火球はドラゴンに命中している。
その巨体が、着弾と同時に爆炎に包まれ、オレンジ色の火柱が『トワイライト』の空へと伸びて行く。
死んでくれると、更にテンションが上がるんだけど――
「グオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!」
ドラゴンは怒りの咆哮を上げながら、火柱の中から抜け出してきた。
おぉ、けっこう元気だ。
むしろ、しっぺ返しされて怒っているみたいだ。
「やっべーな、コレは」
切り札は有効打にならず、か。
流石、叔母さんが持ってきた『宝石獣』の事はある。
実際、あの『宝石獣』に勝つ方法を俺は、――親父は知っている。
親父はその方法で、母さんの『宝石獣』を撃破してきたようだ。
しかし、その手段はまさにロープの上で曲芸しながら全力疾走をこなす程に難解な技である。
思わず、それを選択する事を躊躇う。
そんな俺の脳裏に、お嬢の言葉が蘇った。
『失敗の要因を放置する気はありません。即時、始末して下さい』
……、そうだよな……!
『魔銃士』が、相方の『宝石工匠』のリクエストに応えられないようじゃ、この仕事はやっていけない。
お嬢は、俺が倒せると信じたからこそ俺を雇い、そう指示を出したのだ。
ダイヤモンド・エルダー・ドラゴンを、――倒す。
俺はそう決めると、ヒビが入っているであろう、右肘に視線を向ける。
瞬間、右肘から痛みが消え、問題なく曲げられるようになった。
難解な事じゃない。これも魔法だ。
『0』を『1』にする事はできないが、『1』を『10』にする事はできる。
それが『トワイライト』の『魔法』の基本だ。
俺がやったのは、治療の加速である。
生命体なら、誰もが持つ回復能力を加速させたのだ。
ぶっちゃけると、やっている事は急速な老化なので、やりすぎは禁物である。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ドラゴンが咆哮を上げると共に両翼を広げ、月下の夜空へと舞い上がる。
その巨大な咢の中に、紅蓮の光が煌めく。
――成程、空中からの火球攻撃で一方的に殲滅する気か。
俺はそう判断した瞬間、夜空を舞うドラゴンは俺がいるエリアに向けて、火球を吐き出した。
その直径は、目測で10mはある巨大な火球だ。
それを10連射である。
ほぼ絨毯爆撃だ。
上等!
俺は身を屈め、脳ミソの中にある筈の魔力放出のギアを、最大にまで跳ね上げた。
絶対に勝つ!
火球が地面へ着弾寸前、俺の肉体は残像も残さない程の速度で、荒野を駆け始めた。
跳躍や全力疾走を織り交ぜ、巨大な火球の直撃だけは回避する。
それでも、着弾によって周囲に飛び散る岩や宝石の破片がやって来た。
「『障壁』!!」
俺は素早く左手の『ブラック・グリフィン』を飛んでくる破片に向ける。
瞬間、漆黒の壁が、『ブラック・グリフィン』の銃口を中心に円形に形成され
た。
障壁。
読んで字の如く、遮る壁である。
『ブラック・グリフィン』の中に搭載された『結界機能』により、物理攻撃を防
ぐ壁を一定時間形成する魔法だ。
展開された障壁に爆炎の衝撃波で飛び散る岩石や宝石の破片をギリギリの所で防ぎきる。
避けきれない破片は『障壁』で防ぎ、避けられるものは全力で避ける。
目指す場所はただ一つ。
あのドラゴンを葬る場所へ。
山を下り、そして荒野へと入る。
周囲を見回す。
――よし、宝石だらけの荒地だ。
俺は土煙を上げながらスライディングし、全力疾走にブレーキをかける。
ここなら、あの技が出来るだろう。
俺は素早く『魔銃』から『シルバーバレット』を抜き、胸ポケットに納められている別の『シルバーバレット』を装填した。
世界でも最高級品ともされる、『ハリー・ウィンストン』製の『シルバーバレット』を。
「ま、何だ。……俺への愛が本物か、試させてもらうぜ、ジュリアさんよぉっ!」
余計な肩の力を抜く為、軽口を挟みながら二丁の『魔銃』に合計13発の特製『シルバーバレット』を装填した。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ドラゴンが、俺の頭上にまでやってきた。
余程、自分の攻撃が避けられ続けたのが頭に来たのか、停止した俺の真上に陣取り、口内に紅蓮の炎を溜め始めた。
やらせるか!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺はありったけの抗戦の意志を雄叫びに込め、体内に取り込んだ瘴気を魔力に変換する。
両手に装備した二つ銃口を地面に向け、――そして叫ぶ!
「『トラクター・ブレイズ』!!」
二丁の『魔銃』から、純白の閃光が、奔流となって大地を貫いた。
大地に収まりきらなかった純白の奔流が、大地を駆け抜ける。
駆ける!
まだ駆ける!
更に駆ける!!!
その奔流は巨大な岩石や輝きを放つ宝石の全てを容赦なく亀裂を刻みながら、俺の周囲を駆け抜けた。
そして、俺を中心に直径1㎞の範囲を、縦横無尽に駆けきった、その瞬間――!
ドン!
と、轟音を立てて純白の奔流が駆け抜けた荒地が空に向けて急上昇を始める。
亀裂が入った荒地の岩石や宝石が、純白の残光を伴って夜空へ向けて突き進む!
これが、『トラクター・ブレイズ』。
『魔銃』から放たれた魔力の波動に触れた物質を、上空へ突き進むベクトルに強制変更させてしまう魔法である。
無論、地面に撃てば、地面ごと空へ向かって飛び上がっていく事になる。
幾百の岩塊、幾百もの宝石。
それら全てが月の光に照らされながら、真っ直ぐに上昇する。
無論、俺が立っていた場所も!
「さぁて、行きますか!」
俺は、俺が撃ち抜いた大地に乗って、満月に向けて上昇する。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ドラゴンは苛立たしい感情を込めた雄叫びを上げて、俺に向けて爆炎を放った。
「ちっ!」
俺は足場から跳躍し、中空に浮かぶ別の岩石へ垂直に着地し、その攻撃を躱した。
相当、頭に来ているのだろう。
気持は解る。
中々叩き潰せない蚊を相手にするようなものだ。
叩き潰したくても、その全てを躱されたら、さぞや頭に来るだろう。
ドラゴンは忌々しげに一度吠え、中空に停止し再び爆炎の火球を吐き出した。
「当たるかっ!」
俺は決意と共にそう叫び、上昇し続ける巨岩の壁面を全力疾走する。
跳躍。
今度はダイヤモンドが大量にちりばめられた岩場に着地する。
再びマントを翻して全力疾走っ。
回避、全力疾走、回避、跳躍、回避、着地、回避。
もはやルーチンワークのように、俺はその手順を繰り返し、更なる上に位置する岩場に着地する。
反撃は一切しない。
切り札である『マキシマム・ブレイズ』ですら牽制にも使えないのなら、余計な魔力も弾も使うべきではない。
全ては、ドラゴンを倒す為に!
「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
俺は更に加速する。
そして、――!!
俺は跳躍した。
空気の壁を幾つも突き破り、遂にドラゴンよりも『真上の位置』に跳躍する。
左手の『ブラック・グリフィン』をドラゴンに向けた。
まずは動きを止める。
「『バインド・バレット』!!」
銃口から放たれたのは、漆黒の弾丸。
『マキシマム・ブレイズ』と比べれば、マジで屁のようなものだ。
実際、これは攻撃する為のものではなく、『バインド』の名が示す通りの拘束専用の技だ。
チュン!
と音を立てて、ドラゴンの右腕に命中する。
その瞬間、弾丸が命中したドラゴンの右腕から、幾つもの黒い糸が縦横無尽に走った。
粘着性のある黒い糸は、周囲の岩石や宝石に付着すると、まるでリールで巻かれた糸のように、急速に縮み始めた。
空中に浮遊する周囲の岩石を、黒い糸は容赦なく絡めとり、ドラゴンの右腕めがけて巻き取ってゆく。
やがて、岩石と岩石がぶつかり合う轟音を響かせながら、俺が打ち上げた大地がドラゴンの右腕に殺到する。
ここまで来て漸く、ドラゴンは事態を把握したようだ。
爬虫類にも感情があるのか、一瞬、呆然とした眼差しで、己に殺到する岩石の数々を眺めていた。
気付いたところでもう遅い。ドラゴンの右腕は瞬く間に岩石や宝石に埋め尽くされ、徐々に肉体全てが覆われ始めている。
当然、背中の両翼も例外なく岩石によって覆われていく。
体中を岩石に覆われ、翼も自由に動かせなくなったドラゴンは、哀れそのまま地面に向かって墜落を始めた。
このまま地面に墜落しても、あのドラゴンは死なない。
それは親父の記憶が証明している。
そう。
クライマックスはここからだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
『マキシマム・ブレイズ』を撃った時よりも、『トラクター・ブレイズ』を撃った時よりも魔力を生成し、強烈なイメージを念ずる。
もっと速く!
もっと強く!!
もっと熱く!!!
「『ヴァーティカル』――!!」
銃口のはるか先に火球が生じる。
『マキシマム・ブレイズ』をも遥かに超える、巨大な火球。
その火球の中心に、紅蓮の炎が環を描く。
もっと、もっと、もっと燃え上がれ!
火球を生成しながらも、俺は強く念じる。
紅蓮の環が、更に増える。
猛る意思と迸る感情が、有害な瘴気を可能性のある魔力へと変換されてゆく。
粉砕し、溶解し、焼滅させてやる!
絶対に!
『ハリー=ウィンストン』製のシルバーバレットが、俺の意志が、ドラゴンの『真上の位置』にいる事が、新たな『1』となって魔法に加算される。
紅蓮の環が、更に増えた時、俺は叫んだ。
「――『ブレイズ』!!」
その瞬間、
ドッカーン!
今まで聞いた事がないような轟音を響かせ、紅蓮の火球は、迸る炎の環を伴って、ドラゴンへと突き進んだ。
あれ?
周りの音が聞こえない。
……あぁ、そうか、鼓膜が破れたのか……。
反動に右腕の骨がひしゃげ、肩から骨が突き出ているのが見えたが、右手は『ホワイト・ペガサス』はしっかりと握っていた。
空中を落下しながら、俺は俺自身が放った『ヴァーティカル・ブレイズ』の火球がドラゴンに命中するのを見た。
岩石や宝石に半ば埋葬されながら落下するドラゴンが、『ヴァーティカル・ブレイズ』による火球を受けて、俺が作った窪地に叩き付けられた。
爆炎は窪地ごと飲み込み、ドーム状に業火を炎上させる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
爆炎のドームの中、ドラゴンは生きたまま燃やされ、苦悶の声を上げる。
そして、――
「グオオ……」
最後に唸り声を上げた後、ドラゴンは爆炎の中で己が肉体を横たえ、そして焼滅した。