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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
13/18

part12

 事、ここに至れば、『魔銃士』は暇である。


 そんな訳で、俺はお嬢がいつ帰って来ても休憩できるよう、場所を整える事にした。


 宝石が存在しないむき出しの地面の場所を探し、そこに適当な小石を並べ、即席のたき火を作った。


「ほいっ」


 俺はホワイト・ペガサスを無造作に取り出し、銃口から放たれた魔法で、火を灯した。


 下手に宝石を弄らないのは、それが原因で『宝石獣』が飛んでくるからだ。


 どうやって察知しているのか不明だが、『宝石獣』達は『トワイライト』の宝石に一定以上触るだけで、その場所にやって来るのだ。


 唯一の例外は『宝石獣』を倒した後に出現する宝石ぐらいのもので、それを触っても他の『宝石獣』がやって来る事はない。


 そんな訳で、俺の周りにもいくつかバスケットボールクラスのダイヤモンドがゴロゴロと点在しているが、俺はそれに触らないよう気を配りつつ、休息をとる事にした。


 マントの内ポケットに収納した水筒を取り出し、熱めの麦茶をコップに注ぎ、一気に飲み干す。


 うーん、美味しい。


 一息ついて、鉱山の中腹から眼下の『トワイライト』を見渡す。


 木が一本も生えていない剥き出しの山々と、荒野。


 あちこちから照らされる、ダイヤモンドやルビーの光彩。


 そして、中天に位置して不動の巨大な満月。


 決して太陽が昇らない闇の世界。


「綺麗だな……」


 自然と、俺はそう呟いていた。


「――そう。この光景を綺麗と思ってくれるのね、貴方は」


 ふと、背後から声がした。


 背筋を氷水に付け込んだような悪寒が走る。


 もはや脊髄反射とでも言うべき行動で、俺はその場を跳躍した。


「誰だ!?」


 着地しながら背後を振り返り、俺は誰何する。


 そこには、見れば見る程、不自然な少女がいた。


 白いドレスに豪奢なダイヤモンドのネックレスをした服装。


 銀髪に陶磁のように白い肌に反し、日本人のような顔立ちの少女。


 脳内で、何故か危険信号が延々と鳴り続ける。


 ヤバイ! 絶対にヤバイ!


 理屈抜き。


 冗談抜き。


 俺の直感、親父の記憶の両方が、俺は目の前の綺麗な少女に殺されると告げている。


 会いたいと思っていた。


 が、実際会うと、その思いを後悔した。


 こんな殺気を纏ってやって来る時点で、眼前の少女は普通じゃない。


 『トワイライト』を統べる貴族。


 夜公。


「……『吸血鬼』」


 絞り出すように、俺はそう呟いていた。


「あら?」


 その少女は、俺の言葉に何故か首を傾げた。


「……あの、『吸血鬼』ですよね?」


 何故か不安になって、俺は目の前の少女にそう尋ねた。


「ええ、そう呼ばれています」


 少女は頷いてくれた。


 あ、そっか。


 『吸血鬼』という言葉は小人族か僕ら地球の人間が使う名詞であって、彼らは自分の事を『夜公』と称していた筈だ。


 道理でさっき『吸血鬼』と呼ばれて首を傾げた筈だ。


 だいたい瘴気まみれの『トワイライト』で、口元剥き出しで歩き回るなんて自殺行為だし、それができるなんて『吸血鬼』のような特異体質じゃなきゃまず無理である。


「ね、私の名前、知ってる?」


 今度は目の前の『吸血鬼』が聞いてきた。


「知らない」


 嘘はよくないので、本当の事を言った。


 実際、俺も親父も初対面だ。


 むしろ、親父の場合、『吸血鬼』の知り合いは母さん、ただ一人である。


 名前だけ憶えているとしたら、日本の吸血鬼の長であるクロウと、母さんであるアカネの二人だけだ。


「……そう」


 目の前の『吸血鬼』は、そう言って何故か涙を流した。


 何で泣くの!?


「お姉様は、一族の約束を守ってくれたのね。――私は、それが嬉しいの」


「お姉様?」


「そう。愛しい、愛しいお姉様。綺麗で、優しくて、強い、私のお姉様」


 何処か歌うように、目の前の『吸血鬼』が俺に告げる。


 治まりかけた警戒本能が再びアラートを鳴らし始めた。


 まずい。


 理屈抜きで、この人の話を聞いているようで聞いていないタイプの人間は、関わるとヤバイ類の人間だ。


「ねぇ、あなたはお姉様の事を覚えている?」


 いつの間にか、目の前の吸血鬼は先端が尖った杖を持っていた。


 何だ、あれ?


 と思っていたら思い出した。


 17世紀頃の中世ヨーロッパで使われていた、オーケストラの指揮棒だ、と。


 床を叩いてリズムをとり、指揮をとるスタイルだそうだ。


 親父、博識すぎない?


 ――と、それは兎も角、質問には答えよう。


「ごめん、覚えてない」


 うん、嘘は良くない。


 正直ものに幸あれ!


「許せない!」


 正直者はバカを見るみたいだった。


「私よりもお姉様に深く愛された貴方が、お姉様を覚えていないなんて!」


 目の前の『吸血鬼』が、今度は怒りの涙を流し始めた。


 何故、涙を流す!?


 吸血鬼ってみんなこうなの!? 教えて、親父!?


 ――答えはNO。NOです。


 うん、そうだね。目の前の『吸血鬼』が異常なだけなのは十分に解ったよ。


「知らないものは知らないし、覚えていないのは覚えていない! だいたい、赤の他人の貴方のお姉さんを知る訳がないだろ!」


「お姉様は昇、貴方のお母様よ!」


「じゃ、最初にそれを言えっ、つーの!!」


「何て察しの悪い子なの!?」


 また涙を流し始めた。


 今度は悲しみの涙なのだろう。


 って、あれ?


 もしかして目の前の吸血鬼って、俺の叔母さんなのか!?


 さっきから微妙に会話が成り立たないのは、叔母さんは俺が細かい事を知っている前提で話しかけて来るからだ。


 彼女だけがそうなのではなく、吸血鬼全般がそういった会話をする種族なのだろう。


 知らない人間である俺からすれば、混乱の原因でしかない。


「里帰りしに来た甥を歓迎しに来た訳じゃなさそうですね」


 既に両手は『魔銃』のグリップを握りしめている。


「ええ、そう。――貴方を殺しに来たの」


 ニッコリ笑い、何故か涙を流す。


 やりにくい。


 そう思いながらも、俺は『魔銃』を構えた。


「悪いが仕事中でね。邪魔するなら、母さんの妹といえ容赦しないぜ」


「気遣い無用!」


 タン!


 と音を立てて、目の前の叔母さんは指揮杖で地面を叩いた。


 瞬間、俺達のいる場所に巨大な影が落ちた。


 ―――へ?


 一拍おいて、


 ドシン!!


 と轟音が響き渡る。


 恐る恐る、音のした『白氷鉱山』の頂上に目を向ける。


「お、おぉーっと、こりゃマズいな……」


 頬がヒクヒクと恐怖で引き付く。


 眼前の『白氷鉱山』の頂上に直立するのは、西洋のドラゴン。


 ダイヤモンドの爪牙と甲殻。


 月と星を透けて見える程薄い翼膜。


 ここに来るまで、散々警戒するべき存在として聞かされていた『宝石獣』。


 ダイヤモンド・エルダー・ドラゴン。


 歴戦の『魔銃士』ですら、生還が精一杯と言われた『宝石獣』が、俺の目の前に降臨した。


「何故、私が直々に貴方を殺さなければいけないのかしら? 戦いは下々の輩の仕事」


 吸血鬼の叔母が涙を流しながら、俺をせせら笑う。


 メソメソするなっ、鬱陶しい!


 ――と、そんな所じゃない。


「あのさぁ、もしかして『トワイライト』の『宝石獣』って、全部『吸血鬼』が管理しているの?」


「当然でしょう? ここにある宝石は全て、この土地を管理する『夜公』が正当なる所有者なのです。掠め盗ろうとする不逞の輩には、無残な最期が相応しいでしょう?」


「えーと、じゃぁ俺の母さんも?」


「我が一族の誇りですわ」


 泣きながら、ドヤ顔かます、俺の叔母。


 昇、心の一句。


 それは兎も角、何となく謎が解けて来た。


 草津で、エルダークラスの『宝石獣』がいない事や、宝石が採りやすい『ゲート』とされてきた謎だ。


 何てことはない。


 ここを管理していた母さんが、親父に惚れてしまい、管理する仕事を放棄したのだ。

 

 そりゃ、一族から追放されるよ。

 

 仕事サボって遊ぶ公務員みたいなものだ。


 草津からエルダークラスの『宝石獣』がいなくなったのも、親父がすごい『魔銃士』だからという訳ではなく、単純に管理者である母さんを無自覚に惚れさせてしまい、業務放棄させてしまったから出てこなくなっただけの事だ。

 

 それでも親父は母さんが草津の『宝石獣』を統括している事を気付かない辺り、天性の鈍感男だったのだろう。

 

 記憶を辿っても勘付いた様子は一度もない。

 

 ――ん、待てよ?

 

 この叔母、俺の母親が親父に対して隠し続けた秘密を、何で俺に暴露したんだ!?

 

 もしかしてバカなの!?


「ふっふっふっふっ、絶望したでしょう?」


「何に?」


「アナタ達が知らなかった、『宝石獣』の管理者が『夜公』だった事よ!」


「俺の母さん、それを親父に隠していたみたいだけど、それって、アンタ達『吸血鬼』の『極秘情報』なんじゃないの?」


「………」


「………」


 ヒュー、と冷たい風が、俺達の間を駆け抜けた。


 空気が固まった。


 ドラゴンも固まっている。


 暫くして、叔母さんは回れ右をして、その場にしゃがみこんだ。


 俺は『魔銃』の銃口が歪んでないか、点検を始めた。


 たっぷり1分くらいが経過した。


「死になさい、昇」


「えっ、ゴリ押し?」


「黙りなさい。吸血鬼の秘密を知った以上、生かしてはおけないわ!」


「あ、やっぱそうなるよね。――悪いけど、ここで一生のお願い。30秒くらい待って」


「一生のお願い? 仕方がありませんね、30秒待ってやりますわ」


 俺の叔母は、バカで、善人で、泣き虫なだけの吸血鬼なのかもしれない。


「……あー、もしもし、お嬢? 今、良い?」


 俺は懐に入れていたトランシーバーに声を掛けた。


『どうかしましたか?』


「エルダークラスが来た。対処に入るから、隙を見て逃げておいてくれ」


『解りました。……あの、神河君?』


「何だ?」


 無線の向こう側で、お嬢が深呼吸をする音が聞こえた。


 そして、――


『失敗の要因を放置する気はありません。即時、始末して下さい』


 と言った。


 ハードボイルドだぜ、お嬢。


 思わず俺はニヤリと微笑んだ。


「任せろ」


 俺はそう言って、トランシーバーを懐にしまった。


「何だったのです、それは?」


「報連相だ」


 報連相は大事だ。


 プロのお嬢が言ったのだから、絶対に大事なのである。


「ほーれんそー?」


「『報告』、『連絡』、『相談』、纏めて報連相だ。この世間知らずめ!」


「小人族の言葉なんてどうでもいいですわ!」


「いや、小人族だけの言葉じゃないと思うけど……」


「何て口答えの多い子なの!? 許せない!」


 涙を流しながら、叔母さんが俺に指揮杖を向ける。


「グオオオオオォォォォォ!!!」


 ドラゴンの咆哮が山間を駆け抜け、木霊する。


 刹那、空中高く跳躍したドラゴンが、自身の両脚の爪を俺に向けて突撃した。

 両翼を広げ、突撃する様は大鷲が得物を捕らえるべく空中から強襲する様にも見える。


「おっと、観察している場合じゃねーや」


 俺はそう言うと、血液中で漂っている瘴気にコマンドを叩きこむ。


 すぐさま血中の興奮物質と結合して魔力へと変化させ、肉体強化魔法を発動させる。


 アクセル全開だっ!


 さぁ、行くぜ!


 ダイヤモンド・エルダー・ドラゴン!!

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