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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
11/18

Part10


『本日の『草津ゲート』の開放は、午後1時です。繰り返します、――』


 小人族による、何処か幼さを感じる声のアナウンスが、ホールに響き渡る。


 ここは、『ジークフリード商会・草津支部』の地下に存在する、エレベーターホールである。


 異世界『トワイライト』への玄関口であり、『魔銃士』と『宝石工匠』が集合場所でもある。


 俺はその声を聴きながら、ホールの端に設置されたベンチに腰かけていた。


 『宝石獣』の対策として開発された、全身真っ黒のレザーのツナギに西部劇に出て来るようなウエスタンコートを身に羽織る。


 腰のベルトには親父の形見、『魔銃』が二丁。

 大腿部に取り付けられたポケットには、『シルバーバレット』がバレットケースに収めてある。


 胸元のバレットベルトには、『ハリー・ウィンストン』から有り難く頂戴した『シルバーバレット』を13発分が収めてある。


 更に、防寒対策として黒いマントを羽織、準備完了である。


 重装備だが、動きやすさを優先されたチョイスである。


 むしろ、『魔銃士』としては普通なくらいだ。


『緊張しています?』


 胸元の無線機から、矢澤さんの声が聞こえた。


 視線を巡らせると、ガラスで区切られたホールの入口のところで、矢澤さんが俺に向かって手を振っているのが見える。


「ええ。俺にとっては始めてですからね」


 俺は、無線に向かってそう言い、遠くで手を振る彼女に、そう返事をした。


『月並みなセリフですけど、頑張って下さい、昇君。――私は貴方の担当官ですから、向こうで必要な事があったら何でも言ってください。何でもしますから』


 矢澤さんも、手元の無線機に向かってそう言い、俺に向かって実に魅力的な内容の返事をした。


「へー、何でも?」


 何故か意地悪な気持ちが沸き上がり、俺は挑戦的な笑みを浮かべた。


『ええ、何でも』


 何故か俺の笑みを正面から受け入れ、矢澤さんは自信に満ちた笑みを浮かべる。


 ……年上の女性に意地悪するのはやめとこう。いけず、ヨクナイ。


「……レッドブルはOK?」


 ……結局、ヘタれた。


『有料ですよ? 後で、危険手当込みで請求書を回しますからね』


「そりゃそうか」


 矢澤さんの言葉に、俺の肩から力が抜けた。


 いい感じにリラックスできた。


「ありがとう、頑張って来る」


『はーい♪』


 矢澤さんはそう言って、手を振ってホールから離れて行った。


 無邪気に笑って離れていく小柄な彼女の姿から、20代の年上の女性という印象が見当たらない。


「準備はよろしいかしら?」


 と、くぐもった声がかかる。


 来たか。


 俺は声のした方向へ、顔を向ける。


 声の主、エリーゼお嬢様がいた。


 ゴーグルが装着されたヘルメットに、口元には瘴気対策用のゴテゴテのマスクがある。くぐもった声に聞こえたのはコレが原因のようだ。


 防弾加工が施された特殊なジャケットを着用し、腰からはピッケルなどの道具を無造作にぶら下げている上、背中には大きなリュックサックが背負われている。


 学校に転校してきた時とは、似ても似つかない重装備である。


 あの派手な縦ロールの髪型も、ヘルメットに収める為か、ポニーテルに結い上げられていた。


「完璧だ。手は煩わせない」


「結構。では、行きましょう」


 報告書のような必要最低限の会話を交わし、俺とエリーゼお嬢様はエレベーターへと乗り込んだ。


 『草津支部』よりも更なる地下。


 そこに、『トワイライト』へ至る門、『草津ゲート』がある。


 ゆっくりと、扉の上に設置されたメーターの表示が『ゲート前』となる。


 チンっ、と小気味のよい音がし、扉が開く。


「そうそう、目的地を言っていませんでしたね」


 扉を二人で同時に抜けながら、エリーゼお嬢様が口を開いた。


「ん? あぁ、そう言えばそうだな」


「もう知っているかもしれませんが、草津で採掘される宝石は主にダイヤモンドとルビーの二種類です。今回は『エンゲージリング』と『マリッジリング』、合計3つの指輪を作ります」


「なら、用が有るのはダイヤモンドとミスリルだな」


 『エンゲージリング』でルビーを選択するのは、誕生石でもないかぎり、まずないだろう。


 それにダイヤモンドの石言葉は『永遠の絆』だ。永久の愛を誓うには、うってつけの宝石である。


「勿論、『エンゲージリング』にはカラーとクラリティーにおいて最高のダイヤモンドを使います。それと金具に使うミスリルの純度も最高のものを。それを採掘できる鉱山はありますか?」


 妥協はしない、との事だ。


 いいね、その姿勢。


 そんな訳で、俺は親父の記憶を頼りに、最高のダイヤモンドが取れる鉱山を思い出す。


「――という事は、白氷鉱山だな。ゲートを出て北西、徒歩で1日だ」


 『トワイライト』の移動手段は、もちろん徒歩である。


 草津から入れるのトワイライトのエリアは、山間と狭い平野部で構成されており、車やバイクは走行できないのだ。


 道路の工事ができないのは、当然ながら『宝石獣』が出るからだ。


「……その、倒せますか、ダイヤモンド・エルダー・ドラゴンを?」


 珍しく不安な視線を向けながら、お嬢は俺に問いかけて来た。


「安心しろ。倒し方は知っている。出て来たら俺が仕留める。お嬢は採掘に集中しろ」


 倒し方は知っている。


 やれるかどうかは大博打なのだが、俺はあえてそう言った。


 依頼主を安心させるのも、仕事の内だ。


「ええ、解りました」


「決まりだな。案内しよう」


 俺達の方針は、短い会話の間に終了した。


 そうこうしている内に、俺達二人は重工な金属の扉の前に立った。


 この向こう側が、異世界『トワイライト』。


「ゲート開放申請」


 お嬢様が、胸ポケットからカードを取り出し、端末に触れる。


『申請承認。ゲート開放します。無事の帰還をお待ちしております』


 女性の声がした後、ゲートが左右に開けられた。


 視界に飛び込んできたのは、星が瞬く夜空をそのまま地上に落としたかのような、宝石の煌めきだった。


 むき出しの荒野に溢れるのは、バスケットボールクラスの大きさのダイヤモンドやルビーの数々。


 それらが、荒野だけではなく、全ての地形から顔を出している。


 夜にも関わらず、月と星の光が宝石を輝かせ、世界を淡く照らし出す。


 これが、『トワイライト』。


 俺の、本当の生まれ故郷。


「綺麗だ」


 自然と、俺の口からそんな言葉が出た。


 それにこの空気。


 何と清々しいのだろう。


 呼吸すればする程、体の中から活力がみなぎって来る。


「瘴気を生身でそんなに吸い込んで大丈夫なの?」


 お嬢が呆れたような声で口を挟んだ。


 まったく、人が感動的に浸っているのに無粋な依頼者である。


 それに、これは必要な事なのだ。


「問題ない。魔法を使うのに瘴気を吸い込まないと話にならないからな」


 そう。


 魔法の発動のプロセス上、瘴気を吸い込むのは必要な事なのだ。


 プロセスは、以下の通り。


 瘴気を吸い込み、肺臓を経由して血液に吸収。


 血液をたどり、やがて脳内へ取り込む。


 そして、脳内の興奮物質と結合した物質は、瘴気ではなく魔力という万能物質へと変換。


 魔力は肺臓を経由して、二酸化炭素と同時に排出される。


 この瞬間、排出された魔力が手に持っている『魔銃』に反応し、爆発的な威力のある銃弾を発射するのだ。


 瘴気を魔力に変換できる量が大きければ大きい程、魔法の素養がある事になる。


 勿論、大前提として瘴気は人体にとって有害な物質である。


 吸い込めば吸い込む程、本来は寿命を縮める行為なのだ。


 あれ? だったら俺はどうして平気なんだろう?


 俺の母親が吸血鬼なのが、何か関係しているのかもしれない。


「さ、行きましょうか」


 お嬢がゴーグルを下し、完全に顔を隠す状態になった。


「ああ。案内する」


 俺達は歩き出した。


          ◆


 薄暗い豪奢な部屋に、1人の少女がいた。

 部屋には暖炉と、シャンデリア、そして大きな鏡があった。

 少女は、部屋の中央に設置された椅子に腰かけ、悠然とした面持ちで鏡を眺めている。


 美しい少女であった。


 どこか日本人めいたアジア風の顔立ちに反し、髪の毛の色は煌めくような白銀である。

魅惑的な光を放つ相貌に白い肌。


 服装は白いドレスに、首には幾つものダイヤモンドをあしらったネックレスが巻き付けられていた。


「……そう、来たのね」


 少女はそう呟くと、優雅な動作で椅子から立ち上がる。

 ゆっくりとした歩みで大きな鏡の前に立つ。


「……罪を背負って生まれた、我らの忌み子」


 何処か、歌うように少女は言う。


 その瞬間、鏡に映る少女の瞳から、一滴の涙が流れた。


「そして、愛おしい、お姉様の子供……」


 その瞬間、鏡は広大な『トワイライト』の荒野を映していた。

 

 宝石に彩られた荒野の中を、少年と少女の二人が駆け抜けている。


「殺してあげるわ、昇。せめて、私の手で……」


 悲壮な光を相貌に浮かべながら、少女は鏡に向かってそう言った。


          ◆


「やれやれ、迷惑な歓迎だな!」


 俺はそう愚痴ると、すぐさま右手の『ホワイト・ペガサス』を抜き放つ。


 ダン!


 右の鼓膜が破けそうな轟音と共に、銃弾は純白の軌跡を描いて正面に回り込もうとした『オニキス・リザード』の顔面が粉砕される。


 ヒュー♪ すんげぇ威力!


 当の『オニキス・リザード』は地面に叩き付けられた後、血肉も残さず消滅した。


 撃ったのは、まるで夢か幻だったかのようなあっけなさである。


 さてと。残りは、……ひぃ、ふぅ、みぃ、――7体か。


 やれやれ、1時間も歩かない内に『宝石獣』に遭遇してしまうとは、運がいいのか悪いのか。

 

 しかも、相手は素早い動きで崖や斜面を駆けながら得物を捕食しようとする『オニキス・リザード』だ。

 

 全長は5mもありそうな巨大なトカゲであるが、問題はその速度が時速50㎞くらいはあるという事だ。

 

 俺もお嬢も魔法で強化した脚力を利用して全力疾走しているが、それでも時速40㎞くらいなので、下手をすればすぐに追いつかれる。

 

 という訳で、俺は頭を使う事にした。


「あのっ、目的地から遠ざかっているように見えますが!?」


 不安がるなよ、お嬢!


 ルートから外れるのは、計算の内だ!!


 ま、お嬢の不安も理解可能な話ではある。


 目的地である北西の『白氷鉱山』とは別の方面に向かって、俺達は駆け抜けているからだ。


「安心しろ。このまま走れば障害物のない、平地に向かう!」


 俺達は今、やや傾斜の目立つちょっとした山岳地帯を駆けている。


 大き目の岩が散在しており、障害物が目立つ地形だ。


 対する『オニキス・リザード』は、生前の親父も厄介と認識する、動きの素早い『宝石獣』である。


 そして、俺は親父のその記憶に、ある一文を付け加えた。


 地形を利用する知能がある、という事である。


 なんと散在する巨岩に身を隠し、山岳地帯の死角を利用して獲物に肉薄するという姑息極まりない狩猟方法も行うようだ。


 この姑息な動きのお陰で、既に4、5発もの『シルバーバレット』を外している。


 つまり、確実に仕留めるには遮蔽物も斜面もない戦場に、この忌々しい『オニキス・リザード』達を誘い込まなければいけないのだ。


「チャンス!!」


 俺はそう呟くと、左側から飛びかかろうとした『オニキス・リザード』に向けて『魔銃』ブラック・グリフィンの銃口を向け、引き金を引く!


 ダン!


 遮蔽物のない射程に入ってくれたらコッチのもんなんだよ、トカゲ野郎っ!


 漆黒の軌跡を描き、『オニキス・リザード』の胴体部が弾け飛ぶ。


 斜面に叩き付けられた『オニキス・リザード』は血肉も残さずに消滅した。


 よしっ、後6体!


「見えましたわ! 平地です!!」


 お嬢の声で、目の前の光景を見る。


 よしっ、地形は20年前から変わっていない!


 俺は勝利を確信し、お嬢と共にラストスパートで猛ダッシュする。



 傾斜部をスライディングしながら駆け下りながら、俺は両手の『魔銃』にそれぞれ『シルバーバレット』を再装填する。


 やってやるぜ!


 平地へ着地し、平地の中央部まで再び疾走。


 岩一つない運動場くらいの広さの平地へ土煙を上げながら到着した俺達を、『オニキス・リザード』は素早く俺達を取り囲む。

 

 ったく、自分のテリトリーを外れてまで追跡するなんて、お嬢の宝石に対する欲は半端無いな。


「お嬢、伏せていろ!」


「はい!」


 お嬢が俺の言葉に素直に頭を抱えて地面に伏せる。


 オーケイ、行くぜぇっ!


 目標は2時、3時、5時、8時、9時、11時の方向に一体ずつ!


 地形は平地、遮蔽物なし!


「くたばれ、トカゲ野郎おぉっ!!」


 右手のホワイト・ペガサスで3回、左手のブラック・グリフィンで3回引き金を引く!


 ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!


 白と黒の軌跡が、狙い違わず『オニキス・リザード』の顔面や胴体部を容赦なく吹き飛ばす!!


 約1㎞も全力疾走した銃撃戦も、これでようやく終わりである。


「ったく、手間かけさせる」


 俺はそう愚痴ると、両手の『魔銃』をガンマンよろしくクルクルと回しながら、それらを腰のホルスターに収めた。


 その瞬間、『オニキス・リザード』達は断末魔の叫びを上げて消滅していった。


「しかし、お嬢は『宝石獣』に恨まれるような事でもしたのか? 親父の記憶でもここまで追いかけられた覚えが無いぞ?」


「日本ではこれが3回目の仕事ですけど、ここまでしつこく追い回されたのは始めてです」


 流石に呼吸が乱れたのか、息を整えながらお嬢はそう答えた。


 嘘はついている様子はなさそうなので、本当の事なのだろう。


「じゃ、偶然か」


 俺はそう結論つけた。


 死んだら消滅する『宝石獣』に対し、その生態を研究する程、俺も暇を持て余していないからだ。


 俺も呼吸を少し整えると、倒した『オニキス・リザード』の元へと歩み寄った。


 血肉も残さず消滅した『オニキス・リザード』は、ある物質を残していた。


 『ミスリル』である。


 『魔銃』のフレームの素材や、『シルバーバレット』の素材としても活用できる金属だ。


 『宝石獣』を倒すと、最後に残るのはコレである。


 たまに名を冠する透明度の高い宝石を落とす事もあるが、それこそ10匹に1匹の割合だ。


 だが、例外もある。


「おっ、ラッキー♪ オニキス5個、ゲットだぜ♪」


 幸運にも、今回の『オニキス・リザード』が残したのは、その名を冠する宝石の方が多かった。


 野球ボールぐらいの大きさのオニキス5個とミスリル3個を、俺はマントの内側のポケットにしまった。


 倒した『宝石獣』の金属の所有権は、倒した『魔銃士』が持つ。


 という訳で、こいつは俺の臨時収入である。


 後で『ジークフリード商会』で換金しておこう。


「さて、お嬢。今日中に『白氷鉱山』に到着するぞ。ファイト!」


「まったく、『トワイライト』に来た途端、元気になりましたわね、神河君」


 お嬢はそう言うと、どこか呆れたような表情を浮かべ、俺の後を着いてきた。


 俺は確かに、浮かれていた。


 この後、更なる激闘が待ち構えているとも知らず。

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