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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
10/18

Part9

 よう、俺だ。

 誰だって?

 神河 昇、職業は『魔銃士』だ。

 キャラが変わっている理由?

 早い話、『魔法』を使う上でコッチの方が制御しやすいんだよ。

 『魔法』にキャラが関係すんのかって?

 大アリだよ。アリまくるよ。

 

 『魔法』のトリガーは『呪文詠唱』でもなければ『技名』でもなく、『感情』と『本能』、そして『意思』が根幹だからな。

 『戦闘本能』とは程遠い人生を歩んだ俺は、『感情』だけでも攻撃的になろうとして、こういったキャラになった、ていうのが理由だ。

 こっちの方が『魔法』のコントロールが上手くいくので、実際効率はいいのだ。

 と、それよりも問題は俺の依頼主だ。


 俺のお嬢様はハードボイルドだ。

 失敗の要素は何一つ許さない完璧主義者の側面を持っている。

 ま、そうじゃなきゃ『カルティエ』の工房で、『宝石工匠』になれる訳がない。

 そんな凄い人間と仕事をすると思うと、小気味のいいプレッシャーが俺を包む。

 

 やってやろうじゃん、って奴だ。

 

 例えそれが、俺でなく親父の記憶の方を見込んでいたとしてもだ。

 そんな事を思いつつ、俺は『草津支部』にあるホテルの洗面所にて、二丁の『魔銃』を手入れしていた。

 『魔法』の技術を組み込んだ拳銃であったとしても、使えば当然汚れる。

 そんな訳で、俺は仕事に備え、自分の商売道具は自分で手入れをするのだ。

 煤で汚れたシリンダー部分を丁寧にスポンジで拭きつつ、他のパーツに破損がないか入念にチェックする。

 撃った弾の数すら解らなくなる程撃ち続け、早三日。

 半径100m範囲内にいる、『宝石獣』相手ならば、俺は正確に撃ち抜けるまでに成長した。

 

 残念だが、これは才能じゃない。


 親父の知識の恩恵だ。

 これは『魔銃』の撃ち方とコツを知っているからできる芸当であって、実際の『宝石獣』の動きに俺が反応できるかは、やってみないと解らない。


「弱気になってんじゃねーよ、俺」


 声に出して、自分を奮い立たせる。

 誰だって初めてがあるもんだ。

 たまたまデカい仕事から始めたって、俺がやり遂げればいいだけである。

 そんな時、ベッドルームに取り付けられた電話が鳴り始めた。

 俺は作業を止め、洗面所からベッドルームへと向かう。


「はい?」


『山田でございます』


 電話の向こう側から、山田さんの落ち着いた声が聞こえて来た。

 山田さんはというと、屋敷に戻って家の仕事全般を任せている。

 草津支部は瘴気が漏れているからだ。

 身の回りの世話をして貰う為に、山田さんの健康状態を悪化させる訳にはいかないので、俺は山田さんに実家の屋敷へと帰らせたのだ。

 山田さんは、俺と離れる事を渋ってはいたが、これも忠義と思ったのか、俺の願いを聞き届けてくれた。


「山田さんか。どうした?」


『昇様宛にお荷物が届いております。お部屋へ伺ってもよろしいでしょうか?』


「荷物? 差出人は?」


『『ハリー・ウィンストン』のロゴがございます』


「『ハリー・ウィンストン』?」


 世界五大宝石店の1つだ。

 そう言えば、生前の親父は『ハリー・ウィンストン』の宝石工匠とよく仕事をしていたな。

 あのじーさん、まだ生きているのか?

 けど、送り主がそのじーさんならば、『ゼロ=ウィンストン』と堂々と名乗る筈だ。


「中身は?」


『それが、『貴重品』とだけ記載があるのみです』


 『貴重品』、ねぇ。

 何とも胡散臭い。


「後回しにするのも気味が悪いな。山田さん、こっちに持って来て下さい」


『かしこまりました。一時間後、そちらに伺います』


「よろしく」


 俺はそう応えて、受話器を置いた。


 『ハリー・ウィンストン』の店名で俺を名指しに贈り物とは、実に怪しい。


 何故なら、俺自身と『ハリー・ウィンストン』には何の接点も無いからだ。


 悩んでも答えは出ない。


 俺はそう割り切ると、『魔銃』をケースに仕舞い、山田さんがやって来るのを待った。



 50分後、ホテルの扉がノックされた。


「はい?」


『山田です』


 聞きなれた老人の声が扉の向こう側からする。

 約束よりも早い段階でやって来てくれたようだ。


「ようこそ、山田さん。――どうぞ、入って」


「失礼致します、昇様」


 丁寧に一礼し、山田さんは俺の部屋へ足を踏み入れた。


「それで、荷物は?」


「こちらです」


 山田さんはそう言って部屋に備え付けられた机にマホガニーの木箱を置いた。


 大きさは片手で持ち上げられる程度の小さなものであるが、マホガニーの木箱から発せられるのは、得体の知れない高級感である。


 この木箱が開閉式になっている事は、取り付けられた金具から察せられるが、上蓋には大きな鍵穴がある。


「山田さん、これ開けた?」


「いいえ。鍵が掛かっている為、開きません」


「ふむ。鍵のない鍵の掛かった箱を送り付けられたのか」


 この時点で、『ハリー・ウィンストン』のゼロ爺さんの線は消える。


 あの爺さんは短気で有名だし、回りくどい事を演出的にやる趣味もない。


 俺は何の気なしに、箱に手を触れた。


 その途端、


 ――カチン


 と箱の中から、音がした。


「魔法で鍵が掛けられていたようですな。受取人が触れると鍵が解ける仕掛けのようです」


 山田さんが落ち着いた声で解説してくれた。


 つまり、送り主は『宝石工匠』か、それらに接点がある人間、という事である。


 さて、『ハリー・ウィンストン』が俺なんぞに何の用だ?


 俺はそう思いつつ、箱を開けた。


 中には、物騒な物が入っていた。


「シルバーバレット?」


 俺は訝しく思いつつ、箱の中に整列された『魔銃』専用の弾を取り上げた。

 ご丁寧に、俺の『魔銃』で使えるよう、44マグナムのサイズで作られている。

 他に送り主の情報を探してみた。


 ――あった。蓋の裏側に手紙が二つ折りになって添えられている。


 俺はそれを取り出して、開いた。


 Dear Mr.Noboru.

 This is congratulatory items.

 Please receive it.

 I go to meet you soon.

 Julia Winston.


 と、英語で書かれていたが、何て解りやすい文面だ。


 これなら俺でも訳せる。


 そして、ようやく差出人が判明した。


「ジュリア=ウィンストン、って読むのか……? ゼロ爺さんの親戚かな?」


「な、何ですと!?」


 俺がそう呟いた瞬間、山田さんが素っ頓狂な声を上げた。


「山田さん? 知ってる人?」


「げ、現在の『ハリー・ウィンストン』の社長令嬢でございます」


「ふーん? けど、何だって俺にプレゼントなんてしてくれるんだろう?」


 This is congratulatory items.

 この一文に注目する。『これはお祝いの品です』、という意味だ。


「それは、……もしかすると、先代の『ハリー・ウィンストン』の社長と昇様の曾祖父であらされます、神河 巌様のお約束に関係しているかと……」


 山田さんの回答は、やけに歯切れが悪い。

 こんな歯切れの悪い山田さんが見られるのは、俺の誕生日前くらいである。


「と、言うと?」


「その前に確認でございます。ジュリア=ウィンストン様というお名前に、記憶はございませんか?」


 これは、遠回しに親父の記憶に答えがあると言っている事だ。

 試しに、ジュリア=ウィンストンという名前を考えてみる。

 結果、――出ない。


「親父も知らないみたいだな」


「そうでしたか。……私の口から伝えるのは、少々憚りがありますが、話させて頂きます」


「よろしく」


「ジュリア=ウィンストン様は、昇様の婚約者であらされます」


 山田さんは、はっきりと、そう言った。


 『婚約者』と。


 ジュリア=ウィンストンが。


 『ハリー・ウィンストン』の社長令嬢が。


 俺の婚約者だ、と。


「……どういう事だ?」


「ゼロ=ウィンストン様の現役時代、『魔銃士』としてよく組まれていたのが、渡様でございました。そのご縁かと」


 山田さんは、ハンカチを取り出して額から流れる冷や汗をぬぐいながら、そう伝える。

 ふむ、だとすると巌爺さんに会って話しを聞く以外、確認する手がなさそうだな。

 いや、当人に聞くのがいいかもしれない。


 俺は手紙の一文に注目する。


 I go to meet you soon.


 直訳するなら、近いうちに会いに行きますとの事だ。

 俺は箱から再び、シルバーバレットを取り出す。


 指先からは、射撃場で支給されるシルバーバレットとは、比べ物にならない力を感じる。


「山田さん、これって結構なモノ?」


 何となく気になったので、俺は山田さんに尋ねた。


「はい。『ハリー・ウィンストン』製のシルバーバレットとなれば、一発、200万円はするでしょう」


「に、200万円!?」


「『ハリー・ウィンストン』製ならば、シルバーバレットの内部中心点に0.005カラットサイズのダイヤモンドを使用している筈です。しかも、魔法の威力を増大させるべく、『ラウンド・ブリリアント・カット』された逸品です。更に、内部の弾薬も厳選された『ミスリル・パウダー』を使用し、市販のシルバーバレットとは一線を画する領域となっております」


「……あぁ、何だか思い出してきた。……うん、そんな代物だったよね」


 俺はそう呟きながら、軽い眩暈に襲われていた。

 記憶を思い出した事による障害じゃない。

 分不相応の大金を手に入れた時、人は舞い上がるか、警戒するかの二種類に分けられる。


 俺の場合は間違いなく後者だ。


 箱の中には、50発ものシルバーバレットが収められている。

 単純計算で、1億円分のプレゼントだ。

 オイオイ、待て待て!

 たかだか就職のお祝いの品に、そんなバカみたいな金額を寄越すなんて、ビル=ゲイツもしねーよ!


 会ったこともない許嫁に対して、ここまでの品物を送るなんて、俺に対してどういう感情を抱いているんだ、ジュリアって人は!?


「や、山田さん、どうしたら良い?」


 俺は何処か空恐ろしくなって、ジュリアさんからの手紙を差し出しつつ、山田さんに尋ねた。


 山田さんは「拝見します」とだけ言い、手紙の文面に暫く視線を走らせた。


「これを対価に何かを要求している様子もなければ、受け取ればよろしいかと思われます。後日、何か不当な要求がございますれば、昇様自身で突っ撥ねるべきでしょう。それにより、返品要求があった場合、素直に返品。無理ならば、現金にてお返ししましょう。当家の資金は潤沢にございます故、昇様の心配には及びません」


 堂々とした口調の助言に、俺は静かに頷いた。


 立派な参謀を得た武将も、きっとこんな気分だったに違いない。


「解った。かさばるでもなさそうだし、受け取る事にするよ」


 俺はそう言って、この『シルバーバレット』を受け取る事にした。

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