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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
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プロローグ

 群馬県、草津にある最高級ホテル『風月館ホテル』。


 その最上階に位置する、和食レストラン『花鳥』。


 和風の装いと、やや暗めのダウンライトに照らされた店内に、少々奇抜な二人組の利用客がいた。


 貧血を起こしているのかと心配する程に白い肌に、背の高い黒髪の少年。


 そして、栗色の髪をツインテールにし、小学生のように小柄な体格の少女である。


 和食レストラン『花鳥』は、子供には敷居が高いお店なのだが、二人の男女は互いにフォーマルなスーツ姿であり、咎める方が不自然と思えるまでに様になっていた。


 少年の名は、神河 昇。


 『魔銃士』という職業を生業とする、現役高校生だ。


 ちなみに『魔銃士』とは、『魔法』機能を組み込んだ銃、――通称『魔銃』を武器に戦う人間の事である。


 少女の名は、矢澤 明美。


 彼女は、日本の温泉街の地下深くに繋がっている異世界『トワイライト』出身の小人族である。


 小人族とは、異世界『トワイライト』で生活する亜人の一種だ。


 その種族最大の特徴として、外見が第二次性徴の途中で成長が止まってしまうという短所を持っている。


 明美の外見は小学3年生のように見える程に未発達な体格なのだが、実は今年で23歳になる、れっきとした成人女性だ。


 彼女の職業は、『魔銃士』に護衛の仕事等を斡旋する、『ジークフリード商会』と呼ばれるギルドのスタッフである。


 今日の二人は、任務を終えた打ち上げをしているのであった。


「乾杯♪」


 と、明美が明るい声でグラスを掲げる。


「……乾杯」


 対する昇は何処か戸惑いを隠せないような口調でグラスを掲げた。


 お互いに同じセリフを、それぞれ違うトーンで言い合い、二人は持っていたグラスを軽くぶつけ合う。


 ちなみに、中身は両方ともウーロン茶だ。


「初めての任務お疲れさまでした、昇君。好きなもの頼んで下さいね? ここはお寿司からすき焼きまで、和食はなんでも揃っています。今日は、私の奢りですから、遠慮しないで下さい」


 明美はそう言って、笑顔で昇にメニュー表を差し出した。


「いいんですか? 例のダイヤモンド、僕はエリーゼさんに売ってしまったのに、奢ってもらって……」


 昇は遠慮がちな口調で、明美から渡されたメニュー表を受け取った。


 元来、真面目な性格だからか、理由もなく人から歓待されるのが苦手なタイプなのである。


 そんな昇を見て、明美は深々とため息を吐き出した。


「昇君、3つ、貴方に言いたい事があります。――いいですか?」


「は、はい、どうぞ?」


「1つ目。ダイヤモンドの件は私達にとっては残念な結果でした。ですが、昇君がエリーゼさんにダイヤモンドを売却した事を、私や『ジークフリード商会』の中では、終わった事として認識しています。そもそも昇君自身は、ダイヤモンドをエリーゼさんに売却した事を、依頼主への筋を通した事として、胸を張るべきなんです」


「……はい」


 明美の言葉に、少しだけ肩の荷が下りたのか、昇の表情が和らいだ。


「2つ目、私はダイヤモンドが手に入るかもしれないという打算で、昇君にお食事をご馳走しようと提案したつもりはありません。昇君が最強クラスの『宝石獣』である『ダイヤモンド・エルダー・ドラゴン』を撃破し、生き残ってくれた。初めての仕事で立派に勤めを果たしてくれた」


 少しだけ言葉に感情を込め、明美は目を逸らさずに昇に向けてそう言った。


 打算で食事を持ちかける女じゃない、――それだけは解って欲しい。


 その意思が、彼女の言葉の中に含まれていた。


 明美の、まっすぐなその言葉を受け取り、昇の顔に明るさが戻って来た。


「頑張ってくれた年下の男の子に、……その、……年上の女として、ご褒美を上げたかった、それだけです」


 少しだけ恥じらいつつも、「年上の女」、の部分を強調しつつ、明美はそう言った。


「はい」


「最後に、年上の女性が奢ると言っている以上、素直に甘えて下さい。――それとも、年頃の男の子的には、私とベッドルームで一晩過ごす方が良かったんですか?」


「じゃ、そっちで」


 調子を取り戻した昇は、小悪魔みたいに口を緩め、そう言った。


「だ、駄目です! 何を言っているんですか! 昇君のロリコン!」


「さっき自分の事、『年上の女』って言っていたじゃないですか」


「それ(歳)はそれ(歳)、これ(体型)はこれ(体型)です! 私の『初めて』は上げませんからね!!」


 明美は頬を赤く染めながらそう言うと、両腕で大きく『×』を作った。


 その瞬間、明美は自分が恥ずかしいセリフを言ってしまった事に気付き、更にその頬を赤くさせた。


「~~~っ!! こ、この話はこれでおしまいです! ほら、昇君っ、今日はアワビがお勧めだそうですよ!」


「……え、……おススメが、アワビ……?」


 予想外の会話の流れに、昇の表情が固まった。


「あれ、どうかしました、昇君? 今日のアワビは採れたてピチピチの産地直送だそうですよ?」


「採れたて……」


「もしかして、アワビが嫌いなんですか?」


「…………い、いえ、なんでもありません。……えーと、やっぱりお寿司を食べたいんで、この『握り寿司の盛り合わせ』にします」


 頬に赤みが差すのをごまかすように、昇はそう言った。


「それもそうですね。私もそれにします。――すいませーん!」


 明美はよく通る声で女性従業員を呼び、「この『握り寿司盛り合わせ』を二つ下さい」と注文した。


(……矢澤さんって、天然の時が一番怖いよな……。あの様子だと狙っていないみたいだし……)


 昇はウーロン茶を飲みながら、心中でそう呟いた。


 何気なく、窓の外から眼下の草津の街並みを見やる。


 旅館やホテルが立ち並ぶこの温泉街の地下に、実は宝石に満ちた異世界が存在している事を、知っている人間はごく僅かだ。


 昇は微かに火照った頬を紛らわす為、明美が語っていた仕事を思い出す事にした。


 昇としての『魔銃士』最初の仕事。


 それは、とあるお嬢様の転校から始まったのだ。

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