その4.
「ごめんね、ごめんね」
サラちゃんが、泣きながらあやまった。
「ごめんね、ごめんね」
ユミも泣きながらあやまった。
「ほんとうに、すみませんでした」
とお母さんがサラちゃんのお母さんにあやまって、
「ありがとうございました」とお礼を言うと、そこで分かれて、ユミはお母さんとお家に向かった。
ユミはまだ泣きたくて、鼻をすすっていた。
「どこに行っていたの?」
とお母さんがまた聞いた。
「あのね…。トラのおじさんが、コンダクターをさがしていたの…」
お母さんの手が、ユミのうでを取って強く振った。
「あぶない! そんな知らないおじさんに着いて行ったらだめでしょ!」
「はい…」
「いろいろ、子どもがおもしろがるようなことを言うのよ。そういう人は」
「そうじゃなくて…」
とユミがせつめいしようとしたら、お母さんがこわい顔でにらんだ。
「そんなコンダクターとか、何とか? わからないことを言ってさそうの。悪い人は」
ユミはせつめいをやめて、「ごめんなさい」とあやまった。
「もう、学校からの帰り道にぜったいに寄り道しないで! 約束よ!」
お母さんがこわい調子で言った。
「はい」
ユミはしゅんとして、お母さんと手をつないで家まで帰った。
さて、次のにちようび、どうしようか。
ユミはすごく迷った。一人で出かけてだいじょうぶだろうか。
でも、トラの紳士と約束したんだから行かなければならない。コンダクターを引きうけることは無理かもしれないけれど、それだったら、できませんとちゃんと言って、あやまって来なければならない。
そうだ。サラちゃんにいっしょに行ってもらおう。
ユミはサラちゃんと学校の前で待ち合わせした。
「ね? どこに行くの?」
「うん、あのね、サツキの花がたくさん咲いている所」
「ふうん」
と言いながら、ユミとサラちゃんはいっしょに歩き出した。
もうサツキの花はたくさん咲きそろっていて、今咲こうとしている花は一つも見つけられなかった。
ユミがこのあいだみんなと会った、パン屋さんの交差点に来た。
「おかしいなあ」
とユミがポツンと言った。
「あの先、もう、サツキは咲いていないね」
その先は駅に続く大通りに入っていく道で、背の高い木の並木になっている。
右も左もたしかめたけれど、もうサツキがずっと続いている道は見つけられなかった。
「どうしよう…」
ユミが言うと、
「なにが?」
とサラちゃんがおもしろそうに、ユミの顔をのぞいた。
「この間は行けたのに」
「ふうん」
とサラちゃんが口ととんがらかせて言った。
「だったら今日は、公園に行こうよ」
まだユミがこまって迷っているのを見たら
「じゃあ、図書館は?」
とサラちゃんがユミの手を引っ張った。
「うん」
と、またユミは泣きそうになっていた。
「だって、どこだか知らないのに、道がわからなくちゃ、行けるわけないよ」
とサラちゃんが言って、
「また迷子になったらこまるから、もう今日はやめておこうよ」
と言ってくれた。
「そうだね」
なんだかはっきりしないような、つまらない気もちになってしまったけれど、ユミは行くのをあきらめることにした。
(あ~あ、トラのおじさんは、あたしのこと、待っているのかしら…)
そう思うと、胸に悲しいような、おじさんにあやまりたいような気持ちが押しよせてきた。けれど、もうどうしようもできない。
(まあ、しょうがない。来年、またサツキが咲く時になったら、わかるかもしれないし)
つまらなそうにしているユミを見て、サラちゃんが、
「ね、パン屋さんのウインドウを見て行こう」
とユミをはげました。
「そうだね」
ユミはサラちゃんと手をつないで、パン屋さんのウインドウをのぞいた。
「あ! 見て見て! 新しいパンだよ!」
サラちゃんが、ウインドウから見えるパンを指さした。
「おいしそう! トラのパンだって!」
そのパンのトレイには、お店の人が手書きで、
『イチゴクリームのトラパンです。おいしいよ』
というプレートをかざっていて、トラの顔を形どったパンが並んでいた。顔のシマはチョコレートになっている。
その言葉はプレートに描かれていたトラの紳士がしゃべっているみたいに、ふきだしになっていて、そのトラの紳士は、黒い背広を着ていて、赤いちょうネクタイをしていた。
「あ!」
ユミは思わず声を上げた。
「どうしたの?」
サラちゃんがふしぎそうに聞いたけど、ユミはなんだか、おかしくなってきてしまった。
いったい、どうして、このトラの紳士と会ったのかは、まったくわからなかったけれど、ユミは「フフフ」と笑った。
サラちゃんがまた「どうしたの?」と聞いてきた。
「おいしそう! こんど食べてみたいね!」
ユミはそう言うと、「じゃ、今日は図書館に行こう!」
サラちゃんの手を取って、二人でスキップして図書館に向かった。
きっとあのトラパンを食べたら、何かわかるかもしれない。だけど、わからなくてもパンがおいしかったら、それでいいや。
ユミはなんだかすごくゆかいな気もちになっていた。