その2.
パン、パ、パパパラ、パパン
パン、パパパ、パン、パパパ、パン
パン、パ、パパパラ、パパン
パン、パパパ、パン、パパパ、パン
パンパラ、パンパラ、パンパラパン
どれだけ歩いてきてしまったのだろうか。
ふと気がついてみると、ユミはサツキの花だけが何重にも咲いている、花だらけの丘に立っていた。
右も左も前もうしろも、ぜんぶサツキの花だらけ。ほかのものは何も見えない。
色はユミが知っているとおり、白、ピンク、こいピンク。あちこちで、パンパラとどんどん咲いている。
「ええ? ここはどこ?」
と、ユミは目まいがしそうになった。
「ハハハ。だいぶおじょうずですな」
と、サツキの花の切れ目から、トラの顔をした紳士があらわれた。
黒いスーツをきっちり着こんで、赤いちょうネクタイをしている。ユミは目をしろくろさせた。
トラの手、トラの足、トラのしっぽがある。でも2本足で立っていて、まるで人間みたいだ。
「いやはや。わたくし、コンダクターをさがしていましたので、ちょうどよかった」
とトラの紳士が言った。
ユミは、ただ、もうこわかった。
「おや、花が鳴りやみましたな」
と、紳士がじろりとユミを見た。その目はするどく、目のくまどりがはっきりしていて、こわい。怒っているみたいで、今にもとびかかってきそうだ。
今、サツキのラッパの音はピタッと鳴りやみ、あたりはし~~んとしていた。何の音も聞こえない。
「さて、どうやって鳴らせていたのか、もういちど、見せていただこうか」
と、紳士がじりじりこちらに向かって来たので、ユミもじりじりとうしろにさがった。
「え? どうです?」
と紳士が、コンダクターをユミに突き出した。
ユミはそれが何をするものかわからなかったので、ゴクリとつばを飲んで、はたかれないようにと、しゃがんで頭をかかえた。
「おやおや? どうなさいました?」
そう言われても、ユミはこわくて答えることができなかった。
「おい! 答えてみなさい!」
と、紳士は声を荒げた。それはトラがさけぶ声にそっくりだったし、顔を見ることはできなかったけれど、顔だって、こわいにきまっていた。とうとうユミは泣き出した。
「ふん、とんだ食わせものだったな」
と、トラの紳士はくるりとユミに背中を向けると、どんどんサツキの道を向こうに行こうとしていた。
ユミはそっと顔を上げて見ると、こんどは、ここに一人のこされてしまうことがすごくこわくなり、思わず泣き声を上げた。
「ちょっと! 待って! 待って下さい!」
紳士はこちらを向き、ギロリとユミを見て、またじりじりとこちらに歩いて来ていた。
「あ、待って! そこで止って!」
とユミはひっしに声を上げた。この紳士がいなくなってしまうのも困るし、あまり近づいて来ても困るのだ。もう泣いてはいられない。ユミはブラウスのそでで涙をぬぐった。
紳士は少し先で立ち止まってじっとこっちを見ている。
「あの! その棒はなんですか?」
ユミはとにかく、さっきユミに紳士が突きだしたコンダクターを指さした。
「おや? 君は指揮をしたことがないのか?」
ユミの頭の中はマッシロになった。
「はい。 シキってなんだかわかりません」
「じゃあ、どうやってラッパを鳴らせていたんだ?」
「リズムに合わせてスキップしていたら、どんどん咲いていったんです」
「ほお」
と、紳士はもっと真剣な顔になった。
「じゃあ何か? 君は、コンダクターを使わないでラッパを鳴らせていたということか?」
「何のことかわかりません」
きっぱり言葉を言うにしたがって、だんだんユミの中に力がわいてきていた。
「じゃあ、スキップというものを見せてもらおうか」
ユミはドキドキした。ただスキップして、花が咲くものだろうか?
わからない。ユミはまずつぼみをよく見て、そして、かくごを決めて、そこで、くるくるとスキップをして回ってみた。
パパパ、パパパ、パパパラパン
パパパ、パパパ、パパパラパン
なんだかよくわからないけど、とにかく、花はユミに合わせて咲いてくれたみたいだった。
「ほお」
とトラの紳士がまねをしてスキップしてその場でまわってみると、やはり
パパパ、パパパ、パパパラパン
パパパ、パパパ、パパパラパン
と、ユミに合わせたような音がはじけた。
「なあるほど」
紳士はまだ怒っているように見えた。
「これはいい」
紳士はスキップが気に入ってしまったようで、今度はこちらに向かってスキップしながら近づいて来た。
ユミはちょっとこわくなり、スキップして少し遠のいてみた。
パパパ、パパパ、パパパラパン
パパパ、パパパ、パパパラパン
パパパ、パパパ、パパパラパン
パパパ、パパパ、パパパラパン
紳士が鳴らす音と、ユミの鳴らす音が、重なってだんだん楽しくなってきたのだけれど、ユミは気が気ではなかった。あまり紳士に近づきたくはなかったし、とにかく、もう家に帰りたくてしょうがなかった。