その1.
サラちゃんとケンカした。
給食の時間のことだ。ブドウパンの中のほしブドウがきらいなユミは、こっそりぶどうをほじくって、ティッシュにくるんですててしまおうと思っていたのに、それをサラちゃんが見つけて、
「あ~! い~けないんだ! ユミちゃん、きったな~い」
とはやしたてたら、クラスのみんながユミのほうを見て、何人かが
「いや~、きたね~」
とか、
「ずる~い」
とか、
「もったいない」
とかさわいで、たんにんのオオモト先生がそばにいらして
「タカタさん、それはどうかな? きらいなものをむりに食べなくてもいいけれど、やりかたがおかしいぞ」
とかなって、
「でも、気もちわるくなるから、食べられません」
と、ユミは泣きそうになって、
「はいはい、それならしょうがないわね。じゃあ、食べられるところを食べましょう」
ということになった。
ユミは心の中で(さいしょから、あたしは食べられるところだけを食べようと思っていたのに!)とすごく腹がたってきて、(サラちゃんが、あんなこと大きな声で言わなければ、こんなさわぎにならなかったのに)って思えて、ギリギリとくやしい気もちが大きくなってきてしまった。
帰りがけ、サラちゃんは、もうとっくにそんなことはわすれてしまっているみたいで、
「ユミちゃん、帰ろう」
と言ってきたのに、ユミはぷうっとふくれて、でも、ふくれていることを知られるのもなんだかいやな気もちになって、だまって下を向いてしまった。
「どうしたの? ハルミちゃんが待ってるから、もう帰っちゃうよ」
とサラちゃんはニコニコ笑っている。
「ほら、ほら」
ともっとおもしろがっているみたいだったから、ユミはもっと泣きたい気もちになってきてしまった。もう、ちっとも笑える感じじゃなかった。だからそのままだまっていたら、
「じゃ、帰るね」
とサラちゃんはハルミちゃんとうれしそうに、ランドセルをゆらして、帰ってしまった。
ユミはそのうしろすがたをじっと見つめた。そして、「ちぇっ」と小さく口の中で言った。
家でだったら、そんなふうに言うと、お母さんにしかられるにきまっている。でも、言わずにいられなかった。
外に出ると、まだ明るかった。だんだん昼の長さが長くなっている。
(いいもん、今日は、一人で帰るもん)
とユミは楽しいものをさがして、帰ることにした。
学校を出ると、ずっとサツキの生け垣の道になっている。もう、つぼみがだいぶそろっていて、ふくらんできていてもうすぐ咲きそうだ。
その道に花が咲き始めると、花が生け垣からあふれるように咲いて、緑の葉っぱよりも花の色がずっと強くなって、そして、ピンク色のところ、白いところ、こいピンク色のところとそろって咲いて行く。
ユミはじっくりとつぼみを見てみた。
と、ふくらんできていたつぼみが、「パン」と音を立ててユミの見ている前で開いた。
「あれ?」
ユミはなんだか、すごく遠い遠いむかしのことを思い出した。
昔っていってもまだユミはまだ9さいだから、そんなにすごく昔ってのもへんだけど…。小さい時、そんなふうに花の咲く音が聞こえていたような気がしてきたのだ。
それは今では夢のひとこまのように思えている。
だって、それからずっと花が咲く音なんか聞いたことがなかったし、そんな変なことはないんじゃないかって、だんだん大きくなるにしたがって、そんな風にも思えてきていたのだ。
そうやって少し立ち止まっていたら、また少し先で「パン」と音がして、花が開いた。
ゆみはだんだんドキドキしてきた。
まわりの人を見てみた。あまり歩いている人はいないけれど…、ほかの人にも聞こえているのかしら?
ユミが、今音のした方に少し歩いて行ってみると、また「パン」とはじけて咲いて、歩く先にだんだん「パン」「パパ」「パン」「パラ」と、少しずつ間をあけて花が咲いていく。
ユミはふしぎになってきたし、どんどんおもしろくなってきて、どんどん音に引っぱられるように、音をたどってサツキの道を歩き出した。
パン、パ、パパパラ、パパン
パン、パパパ、パン、パパパ、パン
それはちょうど小さいラッパを吹き鳴らしたような音で、まるでユミの歩くリズムに合わせたように花が咲いて行く。花が咲きそうになる時、つぼみが少しふっくらしてくるのもわかる。
だんだんユミは夢中になってきて、歩く人のことのなんか、もうぜんぜん気にならなくなって、とにかくその音に合わせて、スキップしながら、ランドセルをはずませながら、どんどん先へ、先へとはずんで行った。
パン、パ、パパパラ、パパン
パン、パパパ、パン、パパパ、パン
パン、パ、パパパラ、パパン
パン、パパパ、パン、パパパ、パン
パンパラ、パンパラ、パンパラパン
そのリズムと音の組み合わせがだんだんわかってくると、もっと楽しくなってきた。
ユミはいつか、自分でもリズムを口ずさみながら、スキップしていた。
サツキの道は、ずうっとずうっと続いていて、切れ目がないようにいつまでもどんどん咲いていくのだ。
そして、だんだん咲く花の数もふえていって、そうすると音が重なって、ラッパだけのオーケストラみたいになって、音がハーモニーを作り、どんどんごうかになってきて、ユミはその音を自分が鳴らしているような気がしてきて、楽しくてしょうがなくなってしまった。