影
ギルドは見かけ上は普通の建物であったが、いや、元々普通の建物であったのだが、エイファが赴任するにあたって全面改装を行っていた。
何も今回のことを見越していた訳ではない。
国々にまたがって存在するギルドという組織を目障りだと思っているものや逆に乗っ取ろうとするものも少なからずいたことを知っていただけだ。
それでもこんな田舎の村のギルドをそこまで重視する必要性があるかは疑問だったが、その判断が今回の事件においては良い方に働いた。
小物の魔物では引っかき傷を刻むのが精一杯で、なんとか籠城は成功していた。
狼煙を見て帰還してきた冒険者が抗戦を開始し、敵の数が多く時間はかかるだろうが、解決の見通しが立ち始めた。
援軍がいなければ、籠城とは死手なのだ。
冒険者たちの無事を祈りつつも、ギルド内の村人たちの緊張が弛緩したのは仕方なかっただろう。
魔物は100体近くいるが、冒険者の数も徐々に増えつつあり、時間の経過とともにこちらが優勢になるだろう。
素早いすかーウルフらがいるため、ギルドの門扉を開放するわけにいかず、冒険者らと分断されているという1点が少々問題で、冒険者らも休息や治療を行えないのが些か歯がゆい。
結局はエイファの緊張の糸も緩みつつあったのだろう。
一人で村人数十人を引き連れ、目を光らせていたのだからその疲労ぶりは当然であった。
ズシン、ズシン、とリズムよく振動が響き始めた。
エイファは慌てて上の階へと駆け上がり、見張り窓から様子を確認して息をのむ。
ーーーノミタウロス。
筋骨隆々、人の三倍はあろうかという体躯に牛の頭部。
牛と人間を1:3の割合で混ぜて3倍する、とでも言えばその威容を表すことが出来るだろうか。
発揮される力は筋肉の太さに影響されるというから、人間が真っ向から相対すればその絶望は推して知るべし。
唯一の救いは武器がノミであることか。迷宮や古代遺跡の柱や像を加工するというそれは鋭いが、彼らの巨体に似合わずリーチが短い。
ちなみに、見かけとは裏腹に彼らは器用で、彼らの作る像は持ち出して売れば好事家に高値で売れるが、今はそれどころではない。
冒険者らはすかーウルフらに対処するので精一杯だ。
さっきより魔物の連携がとられていて苦労しているようにも見える。
ノミタウロス相手ではいかにギルドの頑強さとは言え耐えられまい、と判断したエイファは自らが出て、ギルドから遠ざける方向に誘導するしかない!と飛び出そうとしたところに小さな影が飛びかかって行った。手に持っている、恐らくは短剣のたぐいはダメージを与えることはできなかったものの、ノミタウロスは邪魔をされたことに腹を立てたようだ。
マーニ君だった。
彼は偵察業務については同行を許されたものの、戦闘となっては流石に控えるように言われたのだろうが、危機を見かねて飛び出してしまったのだった。
さすがに無茶でしょ!さっきよりよほど慌てて屋上の見張り窓から飛び出した。
その私を遮るようにさらに小さな影。
「あ、アリスちゃん!?」
と驚きいぶかしんだ拍子に腹部に衝撃が走り、私はギルドの壁にたたきつけられた。




