決別 前
エイファさんは人づてに聞いているため多少話がゆがんでいます。
実のところ、そのことを知っているものはもはやマーニ本人のみであるのだが、マーニが完全に人を信じられなくなった出来事があった。
事故か事件か最早知る術はないが、父親を亡くし、病弱であった母親も後を追うように逝ってしまった彼は母方の祖母のロゼナリア家に引き取られた。
実際には、マーニは孫としてどころか奴隷に近い扱いを受けていた。
下男の待遇で、少しでも失敗をすれば暴力をふるわれ、生傷の絶えない生活を送っていたのだ。
祖母セメリアは自身の言うことを聞かない養子の息子ゼグルダに苛立ちを覚えていた。
そんな男と結婚した娘シグノーにも裏切られたと思っていたセメリアが、二人の息子であるマーニに八つ当たりをするのは残念ながら当然のことだった。
そんな日々が続いたある日、夜会に参加した彼女は不愉快な思いをして途中で引き上げてきた。
自身の娘婿を謀殺したことをはじめとするロゼナリア家の悪い噂に、今までごまをすってきた貴族たちが自身を見放しだしていたことに気づいたのだ。
それは男爵や子爵に留まらず、伯爵以上にまで及んでいた。
おつきの侍女たちはそんな様子をみて、セメリアの仕度を終えるとそそくさと引き払った。
機嫌の悪い奥様に八つ当たりされてはたまらないと・・・。
急遽呼びつけられたマーニはこれまでにない虐待を受けていた。
蹴られ殴られ、全身を痛めつけられたマーニが気を失うのをみてセメリアはかすかにやりすぎたかと思ったが、それほど頓着せずにベッドへと向かった。
その頬を、暖かい風と瑞緑の光がくぐり抜けていく。
ハッと振り向きつつ、ソレから遠ざかるように跳び退いた彼女がみたものは幼子を取り巻く光のヴェールであった。
まるで 森の木々の葉をくぐりすり抜けて大地に、いや湖にでも差したかのような柔らかな光であった。
その光が急に消えた後、その場に存在したのは無傷の体で寝息をたてる幼児のみであった。
セメリアは厭らしく口角を上げて笑った。
幼子を守る淡い光は皮肉にも彼の生活を過酷にした。
セメリアはその力がどのようなものか確かめるため彼を実験台にし始めたからである。
あの力の発言が一度きりではないことを確認してからの彼女の行動はまさに悪鬼の如しであった。
「腕を切り落としてもつながるのかね?」
そういって実際に行ったのである。
このままでは殺される、とマーニが感じたのは間違いではない。
実際にはそこまで深く考えたのではないにしろ、危険を悟り、館から逃げ出した。
木々の枝は全身をひっかき、転べば膝から血を流しそれでも逃げ切れたのは謎の回復の力のおかげだった。
しかし、体は回復しても溜まる疲労と精神的な負担に幼児も限界を迎え倒れたのは森をようやくでた頃だった。




