初―能あるなしに関わらず、ねこは爪を隠す―夢
初夢編終了です。
ちょっと駆け足でしたが。
あと正月早々余りあかるい話じゃなかったですね、と反省。
現代社会で生きるねこを書きたかったのです。
餅が上あごにくっついてあたふた。
「ねぇ、ねこって餅、食べるのかしら?」
夕緋は恵一に尋ねた。これは純粋な質問ではなく、私、おかしなことをいってるのよね?否定してよね、ということであり、恵一の答えは、
「うーん、ノドに詰まらせたら大変だしな。それに毛にくっついてひどいことになるんじゃないか?」
だった。
「でもこれを見てよ」
夕緋はそういって自分の分の焼いた餅(もう飽き気味だがまだ大量に残っている)を乗せた皿を右へ左へと移動させてみると、それに合わせてアリスの頭がふらーりふらーり。出すのを我慢しているのか、宙に浮いた手がいじらしい。
「うん、何事もチャレンジよね」
そういって追加の餅を焼きにいく夕緋を止めることはできず、平皿に載せられた餅を床に置くと、固い部分を器用に両手で押さえてかぶりつくと、手と頭が最大限離れるようにして噛み切ろうとするが、餅のほうもまだ十分余力を残しているらしい。
ついに後ろ足も駆使して奮闘するも、仰向けに倒れて予想通り身体にくっついてしまい、きれいにするのが大変だったが、アリスは満足そうであった。
こうして数日前に比べれば格段に明るくなった有栖宅のお正月であった。
言い争う声が聞こえて目を覚まし、コタツから出ると、発生源は2階であった。
忍び足は今では簡単にできるので、そっと上がっていく。
「あの子が帰ってきているのよ!」
普段の母からは想像がつかない荒々しい声が耳を刺す。
「夕緋、少し落ち着きなさい」
「落ち着けですって!死んだと思っていたあのこが帰ってきたのよ!これがどうして落ち着いていられるの?あなたはそんなに薄情な人だったのね!」
「僕もあの子が帰ってきてくれたらどんなに喜しいか、君に負けないくらいそう思っているよ。お腹を痛めて産んだ君の苦労をわかっているとは言えないが、十数年あの子の父親だったんだ、あの子のことを少しは分かっているつもりだ」
一旦会話を終えて息を整えると、やさしく続けた。
「残念ながらあの時点で突出した才能といったものはまだ見受けられなかったが、苦手なものも、割と得意なものも一所懸命にできる子だった。そして何よりやさしい自慢の娘だった。あの子が帰ってきたのなら私達がこうして嘆いているのを黙ってみていると思うのかい?」
「だったら、最近の不思議な出来事はなんだっていうのよ!」
「分からない・・・ただ、帰ってこられないにしろ君の事を放っておけなかったんじゃないかな。まだ1年も経っていないんだ。忘れろとはいわない。だけどあの子がいけるように安心させてやりたいんだ。」
それから先は母の慟哭が沸き出て止むことを忘れたようだった。
「夕緋は泣きつかれて寝ちゃったよ。」
そういって私を抱き上げた父は私がここにいたことを知っていたようだった。一階の茶の間へと向かいお茶を準備して一人ごちるように話し始めた。
「夕緋はね、娘が事故で死んでから乾いた笑顔を貼り付けた人形のような状態だった。残念ながら僕が何をいってもダメでね。歯がゆかったよ。アリスのおかげでちょっとずつ感情が戻ってきてたんじゃないかな。ほら、ええと、そう。アニマルセラピーだったか。」
「ありがとな」
それは仕事で普段あまり会えない父がたまに会ったときに私によくする、頭を撫でながらの言葉。
ただ、私にしていたように"アリス"にもしたのかもしれない。
でも、なんとなく父はうっすらと気づいていたんじゃないかと思った。
普段天然のゆるそうな父だが、その実何か起こった時真っ先に真実にたどり着くのはいつも父なのだ。
"能があってもなくてもねこは爪を隠す"
ゆる~く生きているように見えても爪はあるのである。
父はしばらく私のブラッシングなんかをしてコタツに入れると、自身も寝るのだろう。2階へと戻っていった。
遅れて私も2階へと向かう。
幸い両親の部屋は引き戸で、隙間に手を入れてうんしょ、とすれば中に入るのは難しくなかった。
母の顔を見れば、涙が静かに枕を濡らしていた。
父も一度ぬぐったようであるが、小さな川は途切れていなかった。
私は手の甲?でぬぐってやり、チロチロっと舐めてやるとくすぐったかったのか少し身をよじる。
父と母の間で身体を丸めると声にならない"声"で、
「父さん、母さん、ごめんね、ありがとう。二人の娘でよかったよ」
と言って目を閉じた。
ハッと同時に目を覚ました有栖夫妻は、目を交わし合うとそれで、お互いが同じ声を聞いたのだとわかった。
頭の中に直接響くような不思議な声だった。
「今度、ねこを飼ってみようか?あんなに賢いねこには二度と会えないだろうけどね」
二人はお互いの間の微かな温かさをしばし感じ、静かに微笑みあったのだった。




