ねこも走れば月いずる
身の丈ほどもある草を掻き分け、勢いよく、機嫌よく、バランスよく走り抜ける。
グッと身を縮めるように力を溜めると、次の瞬間にはその身体を虚空へと躍らせる。
見た目とは裏腹に力強く大地を蹴ると、体高の5~6倍の高さまで飛んだのではないか。
しかしさりとて、重力の縛りを免れるわけではなく、その跳躍は重力に抗い、勢いは均衡し、落ちていくはずだった。
しかし、重力に負け始めようかという刹那、寸前までは存在しなかった大地を踏み再び空へと跳ね上がるのだった。
魔法を順当に使いこなし始めたアリスは森の探索を始めた。
銀露の実はおいしいのだが、流石にそればかりでは飽きたのだ。
時折驚いて飛び立つ鳥の群れにウズきながら、木々の上を飛び回る。
温泉が完成した折、慌てて作った浴槽の即席の粘土が思った以上にうまくいったので、草やら砂利やらを配合したレンガ造りの実験を行っていたのだが、火力の問題が掴みきれず、少々鬱屈とし始めたので気分転換に森の中を走ってみたところ、なんだか無性に気持ちよくなってしまい、ひたすらに走っているのだった。
といっても単純に走っているわけではない。
風にお願いして風の抵抗は殆ど皆無にしているし、追い風もこの身を押してくれている。
途中の川などの障害も大地にお願いすれば即席の道がアリスの前に現われ、彼女が次なる一歩を踏み出すとともに元へと戻るのだ。
前世でも知ることのなかったこの高揚感が"ランニャング・ハイ"というやつだろうか。
体力のあらん限りを尽くし、一際高い一本の木に留まったところで一息つき、絶句した。
八方見渡す限りの森である。
基本的に1直線に来たので180度向きを変えて走れば家に戻れるだろう。
だがしかし、一息ついたところで冷静になったアリスは火照った身体に冷や汗が流れ、ゾクゾクッと這い上がるものを感じずにはいられなかった。
あたりは暗くなり始め、今から戻れば道中で完全に真っ暗になるだろう。
流石に夜の森は怖い。
少しビビり始めたら、今いる足場も頼りなく思えてきた。
チラリと足元を見てしまえば・・・全身の毛が逆立ち、体がこんもりとなっている。
「こんばんは、お嬢さん」
フニャー!と珍しく声を上げて身体を滑らせると鉄棒でもするかのように前足で慌てて枝を掴みぶら下がる。
「申し訳ない、驚かせるつもりではなかったのですが。」
まだ夜と言うには時間が合ったはずの森には夜空を切り抜いたような闇と冴え渡る双子の月があった。




