名前はまだない ~終~
重いまぶたをなんとか開くと、全く現状はわからないが、屋内のようだ。まだ夜のようだが、私は夜目が効く。それなりにあたりを確認すると、バスケットのような籠に集めた古布を敷き詰めただけのようだが、ここ3日ほど地面の上で眠っていたことを思えばとても寝心地がいい…。
どうやら助かったようだ、と安心したら再び意識は薄れていったのだった。
別の一室にて。
「ギリギリだったがどうやら持ち直したようだ。大方親とはぐれて、あたりをさ迷って、空腹で倒れたといったところだろうが、あの幼さはまだ母親の乳を飲んでる時期だ。この近辺であんな色合いの生物を見たという報告はない。それより遠くから来たとして2,3日も水だけを飲んだような生活で生きられるものか!はっきり言うぞ、あれは猫じゃない。」
---魔物じゃないのか!?声にしなくとも聞き手にはそう続けたいのが伝わった。ここには3人の人がいる。先ほど叫んだのは、衰弱した仔供の生き物を押し付けられた村医者だ。そして押し付けた少年に、落ち着いた、威厳のある雰囲気の女性の2人が聞き手だ。
「あの仔供を取り返しに親がおそってくるんじゃないか!?いや、そもそもあの仔供も体調がよくなったら襲ってくるんじゃないのか?今すぐ村の外に放り出したほうがいいんじゃないか?」
村医者は取り乱して声を上げる。
「ヨルガン先生、ちょっと落ち着いて!そんなに声を荒げちゃ、誰か気づいてきちゃうわ。魔物の仔なんていったらみんな殺せって言うに決まっているわ。ヨルガン先生はあの仔を助けたんだし、それは望んでいないんでしょ。」
女性が医者を落ち着かせようとするが、
「私は医者だからな。むざむざ死ぬのを黙ってみていられんさ。だからこそ、魔物を村に住まわせるわけにはいかん。村の者になにかあってみろ、私が間接的に村の連中を被害に遭わせることになるんだぞ。悪いことは言わん。最低限のことはしてやったんだ。離してやれ。そのほうがその仔のためかもしれん」
村民の安全について言われると女性としても下手なことは言えなくなる。静まり返った場でようやく声をあげたのはこれまで黙っていた少年だった。
「俺が連れてくよ。元々俺が拾ったんだし、幸い俺の家は村の外だ。何かあっても村にまで被害は出ないだろ。ヨルガン先生も無理言ったのにありがとな!エイファさん、あの家、猫飼っても大丈夫だよね?」
「何、たいしたことはしとらんからそれは別にいいが、お前に何かあったら・・・」
「ええ、壁を引っかかれても今更って感じだし、「猫」の一匹くらいどうってことないわ。」
ヨルガン、エイファと呼ばれた女性は気まずそうに応える。
「2人とも、ありがとう。このお礼はいつか絶対するから!」
「期待してるわ。ときどき、様子観にいくから。」
「わかった、もう何も言わん。とりあえず今晩はここで寝かせて明日引き取りに来るといい。」
「今晩中に何かあったら?」とちょっと悪ふざけで聞いてみると、
「森に放「ごめんなさい。」つぞ?」
2人にとってもギリギリの妥協点のようである。
そんなやりとりがなされているとも知らず、私は久方ぶりの安眠を楽しんでいたのでした。尻尾の枕、気持ちええ。