カノの事情 終
それから御使い様に呼ばれることが増えた。
思っていたよりもクダケたお方で対応に困るものの、御使い様との会話は面白く、いつのまにかこの時間を楽しみにする自分がいた。
しかし、そんな楽しい時間は長くは続かなかった。
いつものように御使い様に呼ばれた私だが、今日大精霊様が4人、そして私の他に3人の精霊がいた。知った顔ばかりだ。
水の精霊はラグズ、風のスヴィプル、土のイングズ。
ラグズは私に会うたびお小言を言ってきてうるさい小姑のような存在だ。でも私の知らないところで陰口を言うような他の精霊達をたしなめてくれているのを知っている。
スヴィプルは・・・自由気ままの天然さん。風の妖精には多い性格だが、スヴィプルはその中でもっとも自由人である。でも私がどんなに嫌な子だったときも変わらず側にいてくれた。羽がピチピチ顔に当たるのはくすぐったい。
イングズは、無表情で何を考えているのか分からなくて、二人だけでいたら、何を話したらいいのか分からなくなりそう。
でも本当に大事なことを見逃さないしいざというときは頼りになるのを知っている。
私たちの見守る地域でともに暮らす精霊たちである。
「大精霊、四精霊参上しました」
「うむ、ご苦労である。」
土の大精霊様が申し上げ、御使い様がお答えになる。
いったい何が起こっているの?
「早速だが、本題に入ろうと思う。まもなく"御使い"の代替わりとなる。新しく御使いが生まれることになるだろう。四精達には次の御使いに繋ぎをとってもらいたい。大精霊達はまだ健在であるが、次期の大精霊の育成も兼ねて四精達が行くのが良かろうと思う。」
四精とは大精霊の候補内定者のことだ。
「この幾月か、四精達の守護地の様子とと実際に話してみて、その精格がふさわしいものであると思っている。」
そうだ、御使い様がただの雑談のために私をお呼びになるはずがないのだ。今までお呼びになられたのは私の精格をお試しでいらっしゃったに違いない。
ってそんなことはどうでもいい!あの時間が私のテストだったことに多少の寂しさが感じられるけれどそんなことよりも!
「御使い様は、九十九尾さまはどうなられるのですか!?」
「カノ!頭を下げよ、御使い様に勝手に奏上してはならぬ!」
とっさに見上げて叫んだ私を火の大精霊様が慌てて駆け込んできてあ頭を押さえられる。
「いつもの御召還とはわけがことなることくらい、お主にもわかっておろう!」
押さえられつつも一向に視線を御使い様から下げようとしない私に他の大精霊様もいささか剣呑な雰囲気である。
「よい、その手を離しなさい、フェイ。」
「で、ですが。」
「・・・。」
御使い様の沈黙という意思表示に大精霊様が私の手を離し、ゆっくりと元の場所へと帰る。
私の目は御使い様の目から離さない、離れない。
「"御使い"の寿命は長い。精霊達の寿命も長いが、その3倍は生きる。現に私も3代の大精霊達と時を共にしてきた。その間、世界のアルルカナンがどう巡っているか、カノ、お主はしっているか?」
私の答えを待たず、御使い様は続ける。
「精霊達は世界中に散らばり、アルルカナンを用いて自が地を癒す。
大地に活力を。水に生命力を。風に息吹を。そして火に猛りを。そして精霊達は自然からアルルカナン受けとり満たされる。だが、一方でだ、自然のアルルカナンは長い長い目で見ればわずかずつではあるがアルルカナンを減らしている。それを時々補充してやらねばならぬ。そして、その際に不思議と一カ所に余剰分のアルルカナンが集まって新たな御使いとなる。この世界は巡り巡って生きている。私もまた世界の一部として生き続ける。四精達が次代の御使いを支えてもらいたい」
「お断りします!」
私ははっきりとそういって立ち上がると、きびすを返してお社を走り去る。一瞬見ただけだが残りの四精、大精霊様方、御使い様に至るまで呆気にとられた顔をしていたように思う。
そんなの、ぢらないっ!
私はある程度離れたところで屈み込んだ。
なんで!どうしてよ!御使い様が代替わりなんてしなくたってアルルカナンを世界にばらまけばいいじゃない!
なんでわざわざその身を世界に差し出さなきゃなんないのよ!
わけわかんないっ!
私は泣いていた。盛大に愚図っていた。
そうしてしばらくしていたら背中から、全身をふうわりと風が撫でていったように思えた。
「カノは意外と泣き虫なのだな」
一番聞きたくもあり、今一番聞きたくない声が聞こえた。
ふわふわもこのこの毛が気持ちいい。
私はしばらくなされるがままに撫でられていた。
「なんでよ、別にわざわざ代替わりしなくたっていいじゃない!」
そうしてしばらくしてやっとでた言葉はそれだった。
「御使いも精霊達と同じように世界のアルルカナンを受け取っている。ただし、御使いはそれを増幅することができる。ただし、精霊達のようにうまく世界に返してやることができぬ。貯められるアルルカナンの量にも限界があるし、ある時を機会に増幅率も落ちていく。御使いに寿命はない。が、何故だろうな、自分も世界の1部だという認識が強いせいか、今このときに世界にお返ししなければならぬ、という意識が強く生まれるのだ。私たちは人間達や動物達のように親子や家族というものはないが、皆家族のように思っている。次に生まれる御使いもだ。後のことをカノになら任せられる、いや、カノに任せたいと思っているのだが、聞いてはくれぬのか」
簡単に頷けなかった。
御使い様のしっぽがちょっとくすぐったいけど柔らかくてあったかい。
「ズルい。そんな風に言われちゃ断れないじゃない!」
「すまぬ」
「ねぇ。もうちょっとだけこうしていてくれる?」
「なんじゃ、カノは泣き虫で甘えん坊か?」
「今日だけ、今だけよ。」
「カカッ。そりゃ珍しいものがみれたのぅ」
それだけ言って後はただ、静かな夜だけが二人を包み込んでいった。
翌日、目を覚ますと御使い様の尻尾が変わらず私を包み込んでいた。
「おう、やっと起きたか。カカッこのへん寝癖がついたぞ。フェイのやつに怒られるかもしれんが、まぁよかろう。」
四精で集まって旅の準備や手はずを整えた。
みんな目元が赤かった。御使い様と交流があったのは皆同じらしい。
それから数日後、だいたいあっちの方、かな?という御使い様のお指図で私たち四精は旅にでる。中には悪しき存在に利用されることも有りうる"御使い"の存在を何者よりも先に見つけ、接触しなければならない
ため先に旅を進めるのだが、次代の御使い様が生まれるところはよくわからないらしい。アルルカナンの濃度でだいたいの方向がわかる程度なのだとか。
結果から言えば、御使い様にあうことはできた。
九十九尾様からのお願い、ということで意気込み過ぎた私は色々と下手を打ったが、他の四精達の助けもあり、途中で"御使い様"独特の芳醇なアルルカナンを検知する。私はかすかな寂しさを感じながらも目的地へとたどり着いた。
え。マヂでここ?
四精全員が感知した先にあるのは廃屋といって差し支えないがれきの山だ。恐る恐る近づいて、4人で顔を見合わせて頷くと、挨拶をする。が、反応はない。
これは御使い様から頼まれた任務なのだ。失敗するわけにはいかない。
辿りついた安堵で、気が緩んだせいか、不信感やら責任感やらが相混じりイライラする。
「もう、いつまで待たせるのよ。だいたいこんな朽ちかけたようなところに本当に居るの?」
そんな言葉が口に出る。
ラグズがいつものように突っかかってきて内輪もめしていると、瓦礫?の先からヒョロっと尻尾が見えた。
頭かくして尻尾まるだしってやつね。
「そこにいるのは誰よ!さっさと来なさいよ」
数秒たって仔ねこが恐る恐るやってくる。
白金色の体毛に黒・・・うーうん、紺色に近いかな?のトラ模様。
毛は柔らかい、ふわふわを通り越してなんていうの?めらめらってしてる。スヴィにいたっては相手が御使い様かどうかなんてもはや考えてもいないようにすりすりしてる。別に羨ましくなんかないんだから!
御使い様・・・先代様のことがあって素直になれない私はツンケンとした態度をとってしまい、絶賛自己嫌悪中だ。
この後、先代様とはまた違う御使い様に振り回される私達なのであるが
それはまた今度の話である。
余談
旅に出て2日目の夜、ついにその日が訪れてしまった。
木の根元で休む私達。強力なアルルカナンの波動を感じて目が覚める。
寝ぼすけスヴィですらパッと目を覚ますのだから余程である。
世界が銀色に輝いていた。
御使い様の色だ!なんて言わなくても4人は十分分かっていた。
闇の精霊様には少しお気の毒だけれど、空から光の粉が雪のように降り注ぎ、触れた木々、水、大地は艶やかに輝く。
およそ1000年に1度世界を染める"豊生の儀"。
一部の宗教が、我らの神の祝福だ、などと触れ回ることもある。
だが、それを信じる者も、そうでない者も自然と厳かな空気を感じ取り
ただ、感謝の祈りを捧げる。
私達に降り注ぐアルルカナンには少しだけ思念が篭っていた。
2割の"お願い"と8割の"私達のこれからを見守る祈り"。
私は手のひらを上に向けてその手に零れ落ちる光をそっと眺めるのだった。
多分、皆も目が真っ赤だろう。私もそうなんだから。
きっと皆眠ってない。
だけど私は空元気を振り絞って努めて明るく皆を起こす。
「早く起きなさいよ!私達は託されたんだから他の誰かに越される前に御使い様を見つけるのよ!」
私は先頭を歩く。
お昼の休憩までにはいつもどおりの顔になっていますように。
長かったカノ編終了。
御使い様の存在が明かされますが、アリスは知りません。
土の大精霊様が、御使い様を縛ってはならぬとイングズに伝えているからです。"御使い様がこういうもの"と伝えちゃだめってことですね。




