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いつか素晴らしき未来で  作者: 輝血鬼灯
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6.もつれ絡む時の糸

「あたし?!」

「なんじゃと?!」

 祖父と孫の二人はそっくりな反応で目を剥いた。アルケイドに取り押さえられた女性が、疲れたように苦笑する。

「懐かしいわ、その反応。おじいちゃん」

「ま、まさか本当にエコーか?!」

 銃をアルケイドに取り上げられた未来のエコーディアは、彼が手を離しても抵抗はしなかった。ゆっくりと立ち上がる。

「ど、どうして? なんで未来のあたしが、あたしを殺しに」

「それは、あなたの――私の存在が、罪だから」

思わず黙り込んだエコーディアに、未来の彼女は今の彼女にはない、影のある微笑みを向ける。

「遊園地の件も全部君だな?」

「そうよ、御先祖様」

「ええッ?!」

 驚くエコーディアを余所に、アルケイドが未来のエコーディアを問い質す。もはやどこからどこまで、何がどこに繋がっているのかわからない。

「どうして、あたしが、あたしを」

「あなたは未来に、とんでもない発明で世界を滅ぼすから」

「あたしが……?」

 エコーディアは信じられない想いだった。アルケイドの存在だって受け入れたのに、目の前の女性が受け入れられない。これはまるで悪い夢のようだ。

「あたしは自分自身で、過去の自分を殺そうとしてたの?」

「そうよ。(あたし)

 応えるように彼女のことを「あたし」と呼んだ女の発音は、エコーディアにそっくりだった。当然だ。同じ人間なのだから。

「……過去の人間が未来に来て、未来を変えようとする理由はなかなか思いつかない。けれど、未来の人間が過去に来て、未来のために過去を変えようとするのはわかる」

 アルケイドが静かに言った。未来のエコーディアは彼を見ても、懐かしそうな顔をした。

「ええ、そうよ。おじいちゃんの失敗タイムマシンでたまたまこの時代に移動してきた私は、未来で自身が犯す過ちを防ぐために、この時代で過去の自分を殺そうとしたの。でもやっぱりこの時代には御先祖様がいて、私はやっぱり失敗して……」

 シャストンのタイムマシンはやはり失敗で、未来のエコーディアはアルケイドとは違う場所と時間にこの時代に落ちてきたらしい。

「アルケイドのことまで知ってるの?」

「知っているわ、もちろん。私もすべて体験したもの。あなたが今経験しているこの時間を私も過去に経験して……それなのにあの時未来の自分が警告した未来を、変えることができなかった」

 ぽろりと零れ落ちた言葉は失意と諦観に溢れていた。

「わかっていたのに。私の時の私も、私を殺すことはできなかった。そして私は生き延びて、未来に地獄をもたらす。未来を知っても運命の歯車は変えられないのね」

「お前さんは本当にエコーか? 海岸でこの子を海に突き落としたのじゃろう。この子は海が苦手で一人で海際に近づくのも無理なのに、どうやって」

「それは克服したのよ。もっとも、克服できたのはそれだけだけれどね」

 祖父の手をやんわりと解き、エコーディアは未来の自分の前に進み出た。

「あたし? ……本当にあたし?」

 目の前の女性が身につけているのは高価そうなスーツ。きっちりと隙なく化粧して、今と身長がほとんど変わらないのに大人の女性としての雰囲気を持っている。

 けれどその顔は、上手な化粧でも隠せないほどに憔悴しているのが見えた。今も細いと言われるがそれより更に折れそうな手足。かさかさの唇。何があったら、こんな風にやつれてしまうのだろうか。

 あたし? これがあたし?

「ねぇ、あなたはこれでいいの?」

 未来のエコーディアは彼女にとっての過去の自分に問いかける。

「え?」

「私は言ったわ。あなたは未来で世界を滅ぼすに匹敵する罪を犯す。あなたのせいで多くの人が死に、それ以上の人たちが不幸になるの。それでもこのまま、自分だけはのうのうと生きていくの?」

「エコー! 聞くな!」

 シャストンが孫娘の耳を塞ごうとするが、エコーディアは祖父の腕を拒んだ。吸い寄せられるように未来の自分の言葉に耳を傾ける。

「私がわざわざこの時代に来てあなたを殺そうとしたのは、未来ではもう私は自分で死ぬこともできなかったからよ。タイムマシンによる事故だとしても、牢の中から出られたのはまたとないチャンスだった。ここで私が――あたしが死ねば、未来には何も起こらない」

「あたし……」

「このまま何も考えずに生きていたら、あなたに待っているのは死んだ方が楽だと思うような未来よ。それでも生きるの?」

 未来のエコーディアの目に爛々とした光が宿る。過去の自分が彼女の言葉に頷くのを、期待と、一抹の怖れを込めて待っていた。

「あたし……あたしは、昔、自分が子どもなのが嫌だった。だって、今のあたしだったら、お母さんやお父さんが死んだ時に何かできたかもしれないって思ったから」

 過去に対してあの時子どもだったからと言うのは、無力の言い訳に過ぎない。けれどそんな言い訳で誤魔化せたのは、未来を信じていたからでもあった。大人になればきっと、未来を今よりもっとよくできると――。

 だがそれは幻想だ。

 エコーディアの未来に救いも希望もないことは、今目の前の女性によって知らされた。

「でも、駄目なのね。あたしは生きてても、不幸しか生み出せないのね」

「エコー! そんなことを言うな!」

 シャストンが叫ぶ。その口を、アルケイドがそっと塞いだ。いきり立つシャストンの前で静かに首を横に振ってみせる。

 エコーディアの胸には迷いが生まれていた。このまま生きていても自身不幸になり、他者をも破滅させるだけ。その絶望的な宣告は、エコーディアに底の知れない恐怖をもたらす。

 けれど、咄嗟に未来の自分から視線を逸らそうとしたその時、視界に何も言わずこちらを見守るアルケイドの姿が目に入った。

 そうだ。忘れるところだった。自分(あたし)は――。

「それでもあたし、諦めたくない。未来も過去も、自分にとってより良い未来になるよう努力したいよ。死んで何もかもがなくなるわけじゃない。でも生きていれば何かできることがあるかも知れない。……何もできないなんて諦めてしまいたくない。何かできるって思いたいし、そのために努力したい」

 エコーディアは顔を上げると、未来の、大人になった自分の姿を真っ直ぐに見詰めた。

「だってあたし、“エンスレイ”だから」

 アルケイド・エンスレイの子孫だから。

 やり取りを見守っていたアルケイドが目を瞠る。

 未来のエコーディアが溜息をついた。まるでこうなるとわかっていた顔だ。過去の彼女もこう答えたのだろうか。そしてそれでも未来は変わらなかったのだろうか。

 並行世界という考えがある。今ここにある世界と少しずつ条件の違う世界がどこかに存在するという。過去から未来へ繋がる一本の糸は途中でねじれた終わりのない閉じた環なのか。どんなにあがいても結局どんな時空でもエコーディアは同じ末路を辿るのか。それとも未来を自らの手で切り開く別世界も、別時空のどこかには存在するのか。

 わからない。今のエコーディアには何もわからない。それでも。

「ねぇ、あたしの罪って具体的に何?」

「それは……」

 未来のエコーディアは迷うような素振りを見せたが、結局唇を引き結んだ。過去の自分を憐れむように切ない眼差しで見つめる。

「言わないわ」

「どうして?」

「言わない。私は全てを知っても未来を変えられなかった。だからあなたは……」

 一度言葉を切り、未来のエコーディアは儚い笑みを浮かべた。そしてまたこれまでと脈絡のないことをいきなり喋り始める。

「この数日間、自分で過去の自分を殺すことばかり考えていたのに、この数年間で一番心が落ち着いていたわ。この時代では私の罪を知る者はいない、全てから解放された気分だった。傍から見れば、こんなにも病的な状況もないのにね」

「“あたし”?」

「待て! やめるんだ!」

 空気の変化に、アルケイドが焦ったように未来のエコーディアに制止の言葉をかける。だが彼がその体に手を伸ばすよりも、彼女が懐から先程取り上げられたのとは違う二丁めの拳銃を取り出し自身のこめかみに当てる方が早かった。

「生まれてきてごめんなさい――」

 遺言はその一言。

 消音機能つきの銃が立てた本当に微かな音の余韻が、彼女の身体が床に倒れ伏す音に紛れこんだ……。

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