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いつか素晴らしき未来で  作者: 輝血鬼灯
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1.成功した失敗

 街はずれの屋敷の煙突からもくもくもくと怪しいピンク色の煙が立つ。過去の大戦で灰色に染まった空にたなびくそれを少女は眺めて、一つ溜息をついた。

 怪しい煙を吐き出す怪しいデザインのその家は、少女の自宅である。彼女の名はエコーディア・エンスレイ。緑の瞳に全体的にほっそりとした体型。癖のついた長い茶の髪を二つに結んだ、童顔の十六歳だ。

「ちょっと、おじいちゃん! またなんだかよくわからない怪しいモン作ってんの?」

「おお! 我が愛しの孫よ! いいところに帰って来たな!」

 エコーディアは祖父のシャストンと二人暮らしだ。機械都市、発明家の街と呼ばれるマグル・アルケッセの住民らしくシャストンは発明家であり、孫であるエコーディアもこの歳で優れた技術者だ。大人から子どもまで、だいたいこの街の住人は発明家か技術者か科学者のどれかであると言ってもいい。

 機械都市と呼ばれるマグル・アルケッセのそもそもの始まりは、二百年ほど前の大戦で様々な事情により故国を追われた技術者たちが集まったことだという。緑の大地を焦土に変え、歴史ある建物を廃墟に変え、多くの人々が戦闘員・非戦闘員関わらず殺された大戦の傷痕はいまだ深い。マグル・アルケッセは戦後すっかり荒廃した世界でなしくずしに自治都市となった街だった。

「今度の発明は何?」

 エコーディアの両親、シャストンにとっては娘夫婦にあたる二人はすでに亡い。若い頃に稼いだ金で現在個人発明家として活動するシャストンと違い、両親はマグル・アルケッセの大企業に勤める開発者であった。開発中の事故に巻き込まれて十年前二人は亡くなった。それ以来エコーディアはこの家で、祖父と二人暮らしだ。

 自称天才発明家の祖父が作る機械は、その大半がエコーディアにとって使途不明のガラクタであった。真っ白な髪と髭、いつも白衣の老人は、今日もスパナ片手に謎の箱に手を入れている。

「素晴らしい発明じゃ」

「この前もそう言って、十桁の計算ができる電子式卓上計算機、これぞ希代の大発明! とか言ってたよね?」

 つまりただの電卓だ。しかも十桁までしか計算できない。ついでに言えば、その前は二足歩行する蜥蜴のロボットだった。わからない。何がわからないって蜥蜴を二足歩行させる意味が。

 週に二回登校する義務のある学校のスクール鞄を居間のソファに放り投げて、エコーディアは祖父の研究室に足を踏み入れた。相変わらずどれが重要でどれが無駄かもわからない機械製品の山が積み上がり、足元を埋め尽くしている。元は殺風景な灰色のコンクリート床とくすんだ色の壁紙の部屋だが、積み上がったがらくたのせいで今はある意味カラフルだ。

 演算能力に優れあらゆるプログラムを記述、あるいは解析することが得意なエコーディアに対し、シャストンは自ら鉄を削り、コードを繋ぎ、電気を流して動く「機械」そのものを作ることに心血を注いでいた。日常のあらゆることが都市のいたるところに組み込まれたプログラムによって制御されている現在、シャストンのような発明家は少数派だ。

「おじいちゃんみたいに目的を見失った無駄に高度な発明ばかりしていたら、いつか大戦の科学者たちみたいに発明悪用されちゃったりするよ」

「そんなことは間違ってもないぞ! エコーや、わしらはかのアルケイド・エンスレイの子孫なんじゃ。そんなことするはずがなかろう!」

 足元に転がった旧式の緑色の基盤を弄るエコーディアに、シャストンは力説した。

 アルケイド・エンスレイは、エコーディアとシャストンの先祖だ。二百年前の世界規模の戦争で、所属していた国家から大量殺戮兵器の開発を要請されたが、協力を拒否した罪で処刑されている。エレス歴五八七六年七月三十一日、享年二十八歳だったという。写真で見る彼は、いくら血縁とはいえ驚くくらいエコーディアに似ていた。双子のようにそっくりではないが、兄弟と言えば通じるほど。

 アルケイドと関係のあった娼婦の一人が後に生んだ子をアルケイドの息子だと言ったことから、今のエンスレイ家は在る。彼女とアルケイドの関係は、対外的には娼婦とその客であって結婚もしていなかったので、彼女が投獄されることはなかった。

 代々技術者、発明家のエンスレイ家にとって、科学技術を決して悪用することのなかったアルケイド・エンスレイは憧れと尊敬を持って奉る先祖である。

「それに今回の発明は前回とは違うぞ! 本当に本当の大発明じゃ!」

「はいはい」

 今年七十にもなろうというのに子どものようにはしゃぐ祖父にエコーディアはいつものおざなりな返事をする。これまたいつも通りにムッとしたシャストンが、孫娘に自分の発明を見せつけるべく、部屋の奥で一際場所をとる大きさの機械に被せていた布をとった。

「じゃじゃーん! 見よ、これぞ世紀の大発明! 時空跳躍装置じゃ!」

「……タイムマシン?」

 そこにはこれまたなんとも怪しげな機械が置かれていた。シンプルな黒い画面に蛍光緑の文字が浮かぶモニタを中央に嵌めた四角い縦長の箱。キーボードと謎のダイヤル、上部には大小二本のアンテナがつき、足元から伸びたコードが部屋の中央に置かれた大きな薄い板に繋がっている。板は大人二人が座ってもまだ余裕のある大きさだ。

「えーと、確か相対性理論によって、光速で運動するロケットの搭乗者が感じる時間は外部より遅くなるという」

「違うぞ、エコー。この時空跳躍装置は、物理現象を利用した片道時間旅行などではない。現代から過去や未来へ、それこそ自由に行き来できる幻の装置なのだ!」

「検証は?」

「これからじゃ。つい先程この装置は完成したばかりなのだ」

 エコーディアは引きつった笑顔を浮かべた。完全に動作すると確認していない機械に、完成も何もない。どうせまともに動かないとかそういうオチだろう。

「おじいちゃんてば……またそんなくだらないものを」

「どこがくだらないのじゃ! 素晴らしいだろう! 人類の夢じゃぞ!」

「はいはい。それがまともに動けばね。タイムマシンの否定に関して、今現在この時空に、未来から過去への旅行者なんてまったくいないじゃない、っていう意見もあるけど?」

「そんなもん、理由はいろいろあるじゃろ、ほれ。過去の世界に影響を与えて歴史を変えないため、と未来の国家連合が協定を決めているから、とかな」

「変な小説の読み過ぎだよ……。ところで今日の晩御飯はサバの味噌煮でいい?」

「ワカメのみそ汁もつけとくれ」

「わかった。じゃ、夕飯の買い出し行くから」

「って待て待てエコー! せめてこの発明の出来を見てから出かけてもいいじゃろうが!」

「えー」

 早くスーパーに行かないと安くていい食材が売り切れてしまう。あらゆる技術が発達した現在、しかし最も経済的な組み合わせで日用品を購入する主婦のスキルに機械は追い付いていなかった。ネットスーパーよりも自分の足で店を訪れ、現物を見て食材を購入する人物はいまだに多い。

「わしらが未来のレストランに行けば未知の料理を食せるのやも知れぬし」

「さて、分量はいつも通り二人分で十分、と」

「じいちゃんの話を聞いとくれよ。ま、いい。とにかくスイッチを入れるぞ!」

 自分も大概人の話を聞かない祖父は、孫の冷たさにもめげずにタイムマシンの入力スイッチを押した。これまた旧式のスイッチだ。

 仕方なくエコーディアも、夕食の買い物が遅れることを諦めて祖父の成果を見守ってやることにした。どうせ失敗するに決まっているのだ。床に置かれた薄い板の上にシャストンと共に座る。

 ぷしゅーッ、と気の抜ける音と共に、装置から煙が漏れ出てきた。

「お、おじいちゃん! なんか出てるよ!」

「おお! こりゃいかん」

 案の定シャストンの機械は失敗のようだ。

「これって、爆発とか……しないよね?」

「したらこの都市そのものが吹き飛ぶわい。何せタイムマシンに必要なエネルギー量を確保するためにいろいろ無茶をしたからのう」

「ちょっ、おじいちゃん何をやってんの?!」

 危険なことを言いだした祖父に、孫は青ざめて頭を抱えた。都市そのものが吹き飛ぶ威力の爆発などどこにも逃げようがない。

 そのうちに装置の周りが怪しく光り出し、四角い箱の上部で雷にも似た放電が巻き起こった。轟音が耳をつんざく。

「わー! おじいちゃん!」

「エコー!」

 祖父と孫はお互いの頭を腕で抱えあって床にしゃがみこんだ。雷鳴が部屋の中で轟く。

「う……」

 放電現象が終わったのか、静かになった部屋の中で聞こえたのは、呻き声だった。それはエコーディアの黄色い声でも、シャストンのしゃがれ声でもない。

 二人は恐る恐る、自分たちの背後を見た。

 床に蹲るようにして俯いていた、若い男。彼は顔を上げて言った。

「こ……ここは?」

「そ、それよりあなたは?」

 きょろきょろと不審そうにあたりを見回す男に、エコーディアは状況も把握できないまま反射的に尋ねていた。しかし男の答は、彼女を更なる混乱に叩き落とすのに十分だった。

「私はアルケイド。アルケイド・エンスレイ」

 は?

 エコーディアはシャストンと顔を見合わせた。お互いに呆然としている。

 知らぬ名ではない。むしろその名は、二人にとって物凄く馴染み深い名前だった。そういえば茶髪の癖っ毛に緑の瞳といったこの容姿も、どこかで見た事があるような。

 エンスレイ家の先祖、二百年前に戦争協力を断って処刑された英雄。

「ここは一体……私はどうしてこんなところにいるんだ?」

 アルケイドは不思議そうに首を傾げた。

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