~うたた寝~
私は、夢の中で立っていた。
京の某寺で、天井に書かれている龍を見上げていた。
今にも動きだし、飛びかかってきそうな見事な絵であった。
あたりは暗く夜のようだった。
私の立っている部屋には行灯がともされ、鈴虫の声が外から聞こえてくる。
・・・これは、本当に夢の中なのだろうか?
ぼんやりと、あわく闇に光る行灯の前に、
一人の老人が座禅をしていた。
ーーーいつから、そこにいたんだろう?ーーー
私は不思議に思い首をかしげて、その黒ずみの着物に、黄色い袈裟をかけている老人へ、
すり足でそっと近づいた。
その顔をみると、老人の人生を物語っているような深々としたシワが刻まれている。
静寂のなかを、秋風が音もなく吹いていく。
いつの間にか月が雲に隠れ、差し込んでいた光が消え、辺りは真っ暗になった。
その暗闇の中、私は瞑想している僧に近づいた。
すると、僧はいきなり目を開けて、
「魔め!」
と、私に向かって大喝した。
その僧の顔は、瞑想していたときのものとは同じ人物とは思えないほど変わり果て、
阿修羅のような憤怒の形相を刻んでいた。
私は、はっとして後ずさった。
「魔」がいる?????
だが、ここには僧と自分以外だあれもいない。
私は不思議に思いながら、腕組みをした。僧が、私を睨みつけているからだ。
老人は、黒々したまなこの奥で私を捉えると、印をきって真言を唱えはじめた。
その時はじめて、魔と言われたのは、自分のことだと気が付いた。
ゆるせん!!!!!
老僧が坐禅の邪魔をされて煙たがられるなら分かるが、
闇に見たもの、居たものをすぐに「魔」と結びつける老人僧の浅はかな考えに私は
「ふふん」
と、鼻でわらってしまった。
「魔よ、調伏されとうなかったら、とく去れ!!!」
私は、考え違いしている僧を少しばかりからかってやろうと思った。
あのやかん頭を思い切り殴ってやる
そう思い、ふくみ笑いをしながら、そっと腰の脇差に手をかけると、
老人は殺気だった目で私を睨みつけながら、側にあった弓を引き寄せ
いきなり弦打ちして弓弦をビィンビィンと響かせはじめた。
暗闇にのまれた部屋はその音を吸い込み、食べていく。
老人の弦打ちの音が強ければ強いほど僧の顔が苦痛に歪み、
僧の後ろに伸びる影が薄くなってゆく。
そして、ついに影がなくなった。
僧の体が、蛇のぬけがらのように透けて見える。
その姿に、私は、
「魔は、お前であろうが!!」
と、大声で言いざま脇差の鯉口を切り、虚空をきった。
老僧のいた空虚を力いっぱい切り払った。
陽炎のようになった僧は、顔を歪ませ、苦しげな唸り声をあげた。刹那
そこには、僧侶の姿は跡形もない。
気が付くと私は、全身に汗をかいていた。
荒い呼吸をしながらまわりを見回すと、古寺の床の上に
大きな古弓が、捨てられてあった。