これからヨロシクね
模擬戦も終了し、慌しい一日の終わりが近付き、お日様も下がりかけのまだ薄暗い夕方の公園で棒を持ち構えを取っている青年が一人。
その青年の頭には凛々しくピンとしたものでありながら、存在感を全面的に可愛いに持ち出す狐の耳が生えており、彼が動くとそれに吊られるようにふさふさとした尻尾が彼を追いかけた。
そしてそれを見る少女が一人。
彼女はちょこんと膝をうちに曲げながら座り、その可愛らしいピンクの長い髪を狐青年の尻尾に吊られるかのようにゆらゆらと靡かせ彼の動きを……尻尾を追いかけていた。
「いいな…狐尻尾…リアルで見ると萌える…」
そんな彼女のつぶやきに何か感じたのか尻尾と耳をびくっとさせ動きを止めて彼女のほう向く。
「…んで? お前までなんでここにいんの?」
「いやぁー暇でね~。 それと、私と同じ君の力が気になってね」
そう言いながらも彼女、ルサルカの目線は尻尾と耳に釘付け。
「試合で見ただろうが」
「試合抜きにしてね、型とか見たかったんです」
「そんなものか?」
「そんなものです」
そう言ってルサルカは立ち上がりアルの前に立つ。 ルサルカの身長はあると同じぐらいなので目の前に立たれるとちょうどその顔が目の前にあり、アルは少し気恥ずかしくなるが、それでも耳に目線がいっているルサルカには気が付かない。
「それにしても、型とかそういうの見ようとおもって見てたけど型とかそんなに決まってなかったね、独学?」
「んーまぁそんなもんだろうな。 俺がこれを手に持ったばっかのときは振ることしか考えてなくて、それを見かねたじーちゃんが少し型を…というか使い方を教えてもらったんだ。それからは実践でぼちぼちと」
「へぇ…私と一緒だね!」
「ん」
「私もおじいちゃんに教えてもらったんですよ。 この剣術をですね。 私強かったんですよ? 道場では負けなしで…勝ってばっかりじゃ腕が落ちる! とか言われて時々おじいちゃんに天狗の鼻折られて…それでも自分の力を高めようとがんばってきたんです…」
そう言ってルサルカは目を閉じて手に持つ剣を少しばかり強く握る。 まるで昔を思い出すように忘れないよう…とそんな風に。
「しかし夢半ばで自分は今此処にいる。 戻る見込みは薄い、そしてなにより昔を忘れそうだ…。 ってところか」
「はぃ…」
「難儀なもんだな、薄れていく記憶ってものも。 俺はななぜかは分からんがこの姿になってから物覚えだけはいいんだ。 この姿の前だった記憶もなぜか覚えている。 鮮明に…前の俺よりも鮮やかにくっきりと…」
「だからあの発動速度も?」
「それもあるな」
なるほど、といった顔つきのルサルカはせこいですね~。 と微笑む。
「まーな。 有るもんはしかたねぇさ有効に使わせてもらうさ」
そこまで言って彼女がはっとしたように言う。
「あ、そうじゃないんですよ!」
「ん」
「少し話がそれましたが、私が言いたかったことはですね…あの……その…」
勢いあった言葉にだんだん覇気が無くなりしどろもどろになるルサルカ。
それを見て何かひらめくアル。
「慰めてほしいと?」
その言葉に顔が真っ赤になり反撃するルサルカ。
「ち、違います! 慰めてとかそう言うことではなく、記憶が薄れていかないように技術での戦闘訓練を一緒にやっていきたかったんです!」
「ほぅ」
「私は…あなたと違ってものを忘れていく…記憶を失っていく…、もうクラスメートの顔も忘れていき、近しい友人と家族の顔ぐらいしか思い出せません…」
「…」
その言葉の悲痛さにアルは言葉を出すことができなかった。 忘れるということはこんなにもつらいのだ。 大切な人を忘れるとは、そういうことなのだ。
彼女はもう近しい人物以外を忘れ、後に残り消えるのを待つのは近しい者の記憶だけ。
誰もがこの世界に着てからは通る道であり、越えなければいけない道。 自分たちが少し特殊であるがこそ、それ大きいものかもしれないが。
自分たちはすでにあちらとは違う次元のものなのだから
「おじいちゃんの声も! 道場のみんなの笑い声も! あばあちゃんのお茶の味も! 頭を撫でて貰った感触も!」
叫ぶルサルカの目じりには涙が浮かび今にも零れそうになり、その目が見据えるのは目の前にいるアルであり、彼女が助けを求めているのもアルである。
震える手は彼の胸元の服をつかみ小さく震えそのれが彼に伝わる。
彼女は恐れている。
その技術が記憶と共に消えるのではないのかと、薄れていくのではないかと、小さな頃から磨き上げてきた剣術が大切な記憶と共に消えるではないかと。
だから彼女は悩み続けていた。
どうすればいい? どうすればこの記憶を持ち続けられる? 考えても考えても思いつく案はなし、案は思い浮かばず消えていく記憶に怯える日々。 しかしそこに一筋の光が降りる、アルの存在だ。
彼は彼女と同じこの体の前…こちらで言われる前世の能力を濃ゆく受け継いだ人物だった。 その彼は彼女を打ち倒すこによってさらに彼女は決意を高める。
同じ状況を持つもの同士として………。
だが現実は甘くなく彼は記憶を技術を失わなかった。
そして今自分は何をしている? 彼にみっともなく醜態を晒しているだけではないだろうか?
そんな自分を恥、唇を強く噛み、目線を下げる。 もう見せたくはないと。
「はぁ…そんな顔すんじゃねえよ」
そう言って頭におかれる彼の手。 それは優しく柔らかく美しいピンクの髪を撫で、そっと頭を抱き抱き寄せ、自分の方に彼女の顔が埋まるようにする。
「まぁ、言えた義理じゃねえが…あんたの手伝いぐらいならしてやれる。 だから今は、今ぐれえは泣いてもいいんじゃないか? あんたはずっとがんばってきたんだろ? 自分に負けないように自分で自分と戦ってきたんだ。 だったらここで休めばいいじゃねえか」
そんなことを言われたら…、我慢できなくなっちゃう。 ずっとずっと自分が溜めてきたものが溢れ返りそうになる。 ずっと耐えてきた、怖かった。 朝起きるたびに自分が忘れているのではないかと、大切な家族や道場のみんなのことが消えているのではないかと。
消えている記憶があるたびに涙をこらえた。 みんな通る道だから。 私だけが特別なわけではないんだ。
だから耐えてた。
でも。
…もういいよね?
「っぁ…」
誰に問いかけるでもなく、彼女の中の枷が外れる。
握っていた服を離し彼の背に腕を回す。
強く強く抱きしめ、彼女は初めてこの世界に来て涙を流した。
――――――ありがとう。
どういたしまして。――――――
■■□■
「落ち着いたか?」
そう言って公園の外灯に映るブランコに座るルサルカに缶ポーションSを投げ渡す。
そして隣のブランコに腰を下ろす。
「ん、ありがとっとっと」
危ない手つきで受け取った彼女はその口を開け液体を飲む。
「くっー、これはブルーハワイサイダー味ですね。 かねがね思うのですが戦闘用のポーションを炭酸にすると戦闘時飲みにくいと思うのですがねぇ…」
「まぁジュース感覚で飲むときはいいかもしれんが戦闘時はごめんだな。 こっちの職人は暇人で好奇心と新しいものしか求めてないからなぁ…自分たちを追い出した日本には負けたくない!ってな」
「あははは…」
そう言って笑いながらちみちみと口をつけるルサルカ。
「気分はいい感じみたいだな? ルサルカ嬢」
そんな様子を見てアルがそう言う。
「ですね…。 溜まっていたものがごっそり消えた感じです。 気分もいいですし、本当にありがとうアル君」
「なら話してもらってもいいか?」
「…え? んと…………初恋の話ですか? ……恥ずかしいですね…」
そう言って顔を真っ赤にする少女にアルはびびる。
「いやいやいやいや。 誰もそんな話してねえよ」
ごほんと一つ咳をしてルサルカを見る。
彼女は目線が合うと顔を真っ赤にするがそこはさっきの事だろうと思いスルー。
「お前のじいちゃんの話や、道場のみんなのこと聞かせてくれねえか?」
「え…」
「俺がお前と一緒にいて記憶を忘れないようには極力してやるさ、だからこそお前の話を聞かせてくれねえか?」
「一緒に…」
「そこだけ切り取るなし…」
そういってため息をつくアルの手をそっと握る。
「ん?」
何かと思い彼女のほうを向くと目を閉じ言葉をつむぎ始める。
それは自分が小さかったころから始まり、小さな頃に見た父とじいちゃんの剣術に魅とれ、憧れた。 そして10歳を境に自分の技術を高めていきその実力は時期道場の当主と言われるまで来たという。
彼女の口からつむがれる言葉にはいろんな思いが込められていた。
修練がきつくて泣いた。 型が出来るようになってとても嬉しかった。 あばあちゃんの入れるお茶がおいしくて自分も入れ方を教わった。 おじいちゃんの肩もみが好きだった。 門下生の人とお話しするのが楽しかった。 母と父に剣術を認めてもらえるのがとてもとても…自分の誇りだった。
「…」
目を瞑り何分だろうか、もしかしたらもっと長かったかもしれない。
そんな時間にふと黙って聞いていたアルの手から温もりが消えルサルカのほうを見る。
「以上が私の思い、記憶。 大切な大切な私とあなただけが共有する記憶」
「あぁ…たしかに受け取ったよ。 君の思いも記憶も」
「だから最初で最後に…」
そう言って彼女はブランコから立ち上がりアルの目に前に立つ。
――――――これからよろしくねっ。
そう言って可愛らしく微笑む少女の顔に以前の溜め込んだ面影は無かった。
ただ、その笑顔に見ほれたのはアルの秘密だった。
□■□■
翌日。
「…あーねみぃ」
いつものごとく眠たそうに歩く狐青年が一人。
それを追いかける影も一つ。
「アーール!」
元気よく声をかけるルサルカその人だった。
「よールサルカ嬢。 ん? たしか女性寮って全然こっちじゃなくないか、なぜ此処にいるし」
「そりゃ記憶の共有のためですよ」
「共有て…」
「私と一緒にいてくれるんでしょ? ならいいじゃない私は私のためにあなたといるの。 ほら何も問題ないですね」
俺の都合はどこ行ったという意味を含めてため息をつくが当然ルサルカには理解されない。
なんだかんだであーだこーだいいながら学院に近付くと見覚えるのある顔が二つ。
「よー桜にロー」
アルの挨拶に隠れ桜とrooooが会話をやめ振り向き固まる。 隠れ桜だけが。
視線の先はアルの隣にいるルサルカ。
「何でその人…」
逸早く隠れ桜がいつもと違うところを指摘する。
「いやなぁ…いろいろとあってな…」
「いろいろって、説明はやく」
「んとね」
そこでルサルカが口を開き爆弾を落とす。
「私とアルは一蓮托生になったのです。 お互いずっと傍にいると約束しましたしね」
ね? っと同意を求めてくるが全力で拒否をするアル。
「しねてねえからなっ! その部分だけ抜く取って面白おかしく言ってんじゃねえよ!」
「意味が分からないし、呼び捨て…」
そんな状況をはたから見ているrooooは一人うなずき納得する。
「昨日の敵は今日の友…か」
「いや違げーから」
「え」
「え」
「え」
驚く3者。
「いやなんでルサルカ嬢まで驚いたんだよ…」
「というかローの馬鹿発言はいいから説明っ」
なんだこの泥沼。
「だから簡単な話です!」
そこで声を上げるルサルカ。
「私がアルを求めた結果がこれです。 彼は彼なりにやってくれた。 ならば私もそれに答えなくてはならない。 そう言うことです、だから隠れ桜さん、ローさん。 これからよろしくお願いしますね?」
そう言って微笑むルサルカにrooooは嬉しそうに、隠れ桜は不満そうに、
「ヨロシクだ!」
「説明になってないけどヨロシク……」
そう答えるのだった。
記憶の残滓を思いで集め、技術で結び、友愛で形を成す。 思いはまだまだ未完成でも想いは募るばかり、ならば前へ進もう、思いも集め想いも手に入れるために、少女は歩き出す、止まっていた歯車がかみ合い動き出すように。
_to be continued.