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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第七章「狂母」乙女編 西暦20~21年 5~6歳
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第七章「狂母」第九十七話

「アントニア様がお帰りになられました!」 


セリウスのハキハキした声は、私達に元気を与えてくれた。元気になられたアントニア様を囲む為、クラウディウス叔父様、ドルスッス様、長女で高慢ちきのリヴィアもやってきたのだ。 


「アントニアお義母さん、お帰りなさいませ。」 

「ウィプサニア…。この度は本当に本当にごめんなさいね。息子の葬儀に出られなかったなんて、母親失格です…。」 

「いいえ、お気になさらないでください。」 

「私は貴女の爪の垢でも煎じて飲むべきね。私も若くして旦那を亡くしたから、貴女の気持ちは世界中の誰よりも痛いほど分かっているはずなのに、やはり身内での死を向かえると…。」 

「…。」 

「ましてや、実の子の早過ぎる死と思ってしまうと…堪らなくなってしまってね。年長者としても失格。」 


お母様は目に涙をためながら、首を横に振って、アントニア様の両手をしっかり握る。 


「お義母さん、そんな事はありませんです。あの人はお義母さんに育てられた事を、常に誇りにして生きておりました。その人道主義の心意気は、我が子供達にも着実に受け継がれておりますよ。」 

「本当に?」 

「ええ!もう一度、その回復されたお姿から、我が子達をしっかりご覧になっていただけませんか?」 

「うん、そうするわ。」 

「ネロ、ドルスス、ガイウス…。」 


お兄様達は誇らしげに、アントニア様へお姿を見せている。 


「本当に…みんな、あの子の面影があって立派だわ。」 


アントニア様は、一人一人に優しく声を掛けている。次は私達姉妹の番。お母様が私をジッと見つめている。そのまなざしに、なぜか背筋をピンと反り上げるような緊張感を虐げられた。 


「それに…ドルシッラ、リウィッラ達三姉妹。」 


え? 


「みんな、お義母さんの意思を受け継いだ子供達ですよ。」 


お母様? 

どうして私の名前を呼んで下さらないの?さっきちゃんと目が合ったのに…。 


「おやおや、ドルシッラも大きくなって。リウィッラもやっとヨチヨチ歩きが出来るのかしら?」 


お母様は私をまるで通り越しての紹介。私はとってもショックで、笑顔を失い俯くしかない。 


「…。」 

「そして、アグリッピナ…。」 

「はい?」 

「アントニアお婆ちゃんのところへおいで…。」 


嬉しかった。 

アントニア様は私の事をちゃんとわかってらしたんだ。私は半べそかきながらアントニア様に抱きついた。 


「もう、アントニア様!"アントニアお姉ちゃん"で、なかったのでは?」 

「あははは、そうね。そうだったわ。」 


アントニア様は私をギュッと抱き締めてくれた。きっとずっとお父様と一番離れていた私を、不憫に思ってくれたからだと思う。 


「ウィプサニア…。アグリッピナは貴女がゲルマニクスといられる為に、たった一人でローマに残ってくれたのですよ。例え自分の我が子といえども、感謝の気持ちを忘れてはダメね。」 

「本当ですね、お義母さんの言う通りです。ありがとう、ユリア。」 

「いいえ、お母様…。」 


でも、私の心には、お母様の感謝の気持ちが全く伝わってこない。私は誰にも悟られないように、なるべくアントニア様に明るく振舞ってると、突然後ろから、お父様の喪が明けぬうちに双子を出産されたリウィッラ叔母も迎えにいらした。 


「母さん?!」 

「リウィッラ?!」 


お二人は抱き合って喜んでる。 

リウィッラ叔母さまも凄くアントニア様の病状を心配されていたが、出産で酷くてそれどころではなかったらしい。 


「こっちが長男のティベリ・ゲメッルスで、こっちが次男のゲルマ・ゲメッルス。」 

「まぁ、本当に可愛いわね!リウィッラに似た女の子じゃなくて本当に良かったわ。」 

「あのね…。回復早々、母さんは余計な一言多いんだっつーの。もうこんだけ孫達に囲まれて充分ババアなんだから心配させないでよ!」 

「ババアって?!余計な一言って何よ?あんた、まさかこの間のクラウディウス氏族の祝宴でワイン薄めず飲み過ぎたの、もう忘れたわけじゃないでしょうね?!」 

「ダーー~!まだあの日の事を根に持ってるわけ?いい加減にしてよ。」 


リウィッラ叔母さまがセイヤヌスとキスされた日だ!

しっかし…。リウィッラ叔母様が毒付くと、さっき迄のしおらしいアントニア様のお姿は、まるで嘘のように普段の元気の良さを取り戻す。ひょっとして、口喧嘩って元気になる源なの? 


「あんたが口悪いからでしょ?!病み上がりの母親掴まえて、イキナリ孫の前でババア呼ばわりはないでしょう?」 

「かぁーーー!そんなに元気あるんだったら、何で兄さんの国葬に出なかったのよ?!あんたがぶっ倒れたおかげで、ローマは大変な事になってたんだから。」 

「え?」 

「あんたが病に伏してるっていうから、ティベリウス皇帝陛下も大母后リウィア様も、兄さんの国葬に出られなかったんじゃない!」 


え?! 

リウィッラ叔母さまの発言に、一同はビックリした。 


「何で…そうなるわけ?」 

「それはそうでしょう?『国家の母親』を自称する大母后リウィア様としては、病に倒れた母さんも自分の子供なんだから。放っておくわけにはいかないじゃない。」 


しかしドルスッス叔父様は、リウィッラ叔母様に巷で噂されてる事を質問する。 


「でも、リウィッラ。巷では、人気を誇るゲルマニクスの当てつけだとか噂があるけど…。」 

「はぁ?あなた何言ってるの?!普通に考えたら、あんな聡明でバランスを考える人が、兄さんへの悪感情だけで出ないなんてあり得ないでしょ?」 

「…。」 

「あれほど抜け目無く、後の何に役立つのか常に考える人が欠席したのよ。うちの母さんが本当に心配で、出れなかったに決まってるじゃない。」 


お母様が私達に語った見解とまるっきり逆だった。 


「確かに…。リウィア様は、いつも以上に私を心配してくれて、いつも以上に優しく毎日私の看護をしてくれていたわ。」 

「ほらね?そんだけ献身的にしてくれてるんだったら、兄さんの葬儀に出られるわけないじゃない。全く、あたし達の母親なんだからしっかりしてよね!」 


初めて大母后リウィア様から水泳を教わった時、水を怖がる私にイデアのお話をしてくださった言葉を思い出した。 


"アグリッピナ…。今行っている事が、次の何に役立つのか?考えながらやってご覧なさい。そうすれば、苦しさなんてどうでも良くなるし、イデアを感じる事が出来るはずよ。" 


外界に惑わされず、内面のイデアを感じる事…。きっとリウィア様は、アントニア様の病状を心から心配して、外界に惑わされず、ご自分の内面のイデアに従ったんだと思った。後先の事など考えられないほどに。 


「ったく、五十も過ぎてる年齢なのに、孫の前で子供みたいに物投げてわめき叫ぶんじゃないっつーの。」 

「え?!あんた!どこでそれを?!」 

「エッへへ~。実は昨日リウィア様とお話しした時に聞いてきた。えっと、『お義母さんの嘘つきーー!』だっけ?」 

「かぁ~~~~~!!あの、お喋り女狐め!!!」 


一同は、赤面しながらも元気を取り戻したアントニア様のご様子に安堵しているが、お母様は何も喋らず静観したままだった。 


続く


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