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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第六章「亡父」少女編 西暦19年 4歳
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第六章「亡父」第九十二話

ローマで私達に待っていたもの、それはティベリウス皇帝陛下及びリウィア大母后様による、父ゲルマニクスの国葬不参加表明だった。


「え?どうして?」

「何で…?」

「皇帝陛下並びに大母后リウィア様の意向は、産みの親であるアントニア様の病状が芳しくないため、実母を差し置いてお二人が国葬へは参加できないというものだ、以上!」


ローマ市民達は、明らかに不信感を抱いた。兼ねてからお母様がお父様の遺灰と共に携えてきたピソによる暗殺という疑惑と共に、噂は雪だるま式に大きくなっていく。


「一体どういう事だ?!お父様も大母后様も国葬に出られないなんて?!」

「ドルスッス様。ですから皇帝陛下は、ゲルマニクスの母君であるアントニア様の病を考慮した上での決断なのです。皇帝陛下が出ないとなれば、必然的に大母后様も国葬に出るわけにはいきません。」

「何故だ?!故人を偲ぶ気持ちはないという事か?!」

「違います!皇帝陛下のみ不在の国葬になどできないという事です。」

「今更、神威を重んじるというのか?!」


ドルスッス叔父様は、心から憤慨している。私達だってびっくりした。更に当時、市民から最も嫌悪されたピソと、皇帝陛下の右腕であるセイヤヌスまでもが相次いで不参加を表明。世論は誰もが皇族による父ゲルマニクス暗殺を疑いはしなかった。


「ドルスッス様、もういいです。」

「しかし!ウィプサニア…。」

「人の真意とは、言葉に固められた大義や守るべき神威の中にあるのではなく、その者の行動した結果によって現れるもの。私は十分にあの方々の考えが分かりましたから。」


お母様の鋭い眼光は、瞬き一つせず、何かを見切ったような冷たさに溢れていた。しかし、ドルスッス様は何とか両者の架け橋になるよう、せめて大母后様だけでも参加するよう、死力を尽くすと言って後にされた。


「子供達よ、良く聞きなさい。これがクラウディウス氏族の根底なのです。彼らは体裁だけを取り繕い、その傲慢さで物事を自ら有利な方へと進めていく。言葉の上に取り繕われた虚像に臆して、鵜呑みにしてはいけません。」


けれども、ドルススお兄様は勇気を持ってお母様へある事を伝える。


「お母様…。アントニア様が病に倒れた事は本当だと思います。僕も、ネロ兄さんも、そしてユリアもその場にいました。アントニア様は本当にショックのあまり、毒を飲んで自ら命を断とうとしていたのです。」

「毒を…ですって?」

「リウィア大母后様とティベリウス皇帝陛下が来てなかったら、今頃はきっと大変な事に…。」


しかし、お母様は自分の息子に落胆しているような溜息をついた。


「ドルスス…。では、貴方はお母さんの意見には賛成できず、彼らが言ってることは正しいと、そう言いたいわけですか?」

「いえ、そうではありませんが…。ただ、アントニア様が病に倒れた事は本当で、大母后様は責任を持って看護すると仰ってました。」

「ああ可哀想なドルスス。騙されてはいけません。もう少し頭を使って考えなさい。大母后様はお医者様ですか?病を治すことができる専門家ですか?」

「いいえ。」

「では、専門の医者がアントニア様の病を治す為に国葬へ参加できないというのであれば、お母さんもちゃんと納得できます。では、大母后様は何の専門ですか?」

「…。」


私達子供は口を閉ざすしか無かった。


「アウグスタの称号を持つ『国家の母』が、何故、国家の為に尽くしたお父様という『英雄』の国葬に出ないのでしょうか?ドルスス、貴方があの女狐の代わりに答えられるのなら答えてみなさい!」

「…分かりま…せん。」

「『国家の母』を自認するならこそ、いかなる事があっても、国家の為に尽くしたお父様の魂を弔う為に、参加するのは当然でしょう?!」


私は何だかこの時、とても嫌な気分になってきた。幼いこの頃には分からなかった事だが、大人になった今、思い返せば、お母様が何か違う目的の為に、お父様の死を利用しているとも考えられるからである。黒煙を眺めた違和感と同じように、この頃からずっとお母様には違和感を感じるようになっていった。


「でも、大丈夫よ。これでお母さんは確信したのですから。私は貴方達のお父様の遺灰がしっかりとアウグストゥス廟へ納められるのを見届けた後、裁きを受けなければならぬ卑怯者には、神々の意思と共に制裁をもって償ってもらいます!」


翌朝から行われた父ゲルマニクスの国葬には、多くの元老院からの出席者と、多くの軍人と、多くのお父様を愛する者達が集まった。結局、不参加表明通りにクラウディウス氏族の皇族からの代表者はドルスッス叔父様のみ。叔父様は辛い立場でありながらも、ゲルマニクスお父様を謳った素晴らしい言葉を捧げてくれた。


「時には友として、時には兄弟として、そして時には競い合う軍人として、共に憧れたアレキサンダー大王の背中を追いかけるかのように、僕らは共に同じ時代を生きてきた。それら黄金のような時の流れが、頬を伝う涙と共に昨日の事のように思い出す。ゲルマニクスよ、お前は何て幸せ者なのだ。これほど多くの人に愛され、多くの人に弔われた。唯一の心残りは、お前が志し半ばで遺した、お前の愛すべき家族であろう。だが、今日は友としてお前に誓うぞ。安心しろ、僕が我が子以上に必ず守る。だから、そっちの空がここと同じように蒼く澄み切っているのなら、オリュンポスの神々と共に、僕らをいつまでも見守ってくれ…。」


ドルスッス叔父様は天高くお父様の遺灰を掲げ、ゆっくりとアウグストゥス廟へと納められる。これで、私達家族がお父様とは、二度と再開する事がなくなってしまった。私は右隣にいるドルススお兄様の手をギュッと握りしめながら、左隣にいるドルシッラの手を握り、これからは姉として生きていく事を、亡きお父様の優しい笑顔に誓った。


「少女」編 完

「乙女」編へ続く

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