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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第二章「父」少女編 西暦18年 3歳
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第二章「父」第九話

「ユリア、お母さんのところに。」

「はい、お父様…。」


私は床に降ろされると、ピソはネズミを丸呑みしようとするヘビのように、冷たい目線を私に向けてきた。


「ほほう?これがお前の長女か。なかなかいい眼をしているな。何と言う名前だ?」

「ユリア・アグリッピナさ。」

「なんだ、お前の奥さんの名前そのまんまじゃないか。」

「何か問題でも?」

「いや…。」


顎をイヤらしくさするピソは、品定めでもするように視線で汚そうとする。私は堪らずお母様の足元へ駆け寄って隠れると、今度はカリグラお兄様が私を守るように目の前へ立ちはだかり、ピソへ膝まづいてご挨拶をした。


「ピソ様、本日はわざわざのご訪問、このガイウスにとって有り余る光栄でございます。」

「おお、そなたが人気のガイウス"カリグラ"様か。何とも可愛いらしいロリカを身につけて。」

「可愛らしいなど。ローマの為に戦場へ向かうこの私、ガイウス・ユリウス・カエサルにとっては、少々生温いお言葉かと心得ますが?」


なんと!ガイウスお兄様はゲルマニクスお父様よりもずいぶん目上のピソに対して、堂々とした態度で自分へ畏敬の念をいだかせるよう強要したのだ。


「これはこれは!ガイウス様、申し訳ない事をした。かりにもそなたはこのローマにおいて、絶大なる人気を誇るゲルマニクスのご子息の一人。これから戦場へ出向く者に対し『可愛らしい』などと、口が裂けても言うべきではござりませぬな。失敬…。」


びっくりした。

カリグラ兄さんは本当に、軍服姿になると例え相手が目上であっても構わず対等に扱うよう求める。これが、あの毎日オネショをしてるくせして、偉そうに私を虐める同じ兄とは思えなかった。あ、偉そうなのは変わらないかも…。


「ガイウス、ユリアをネロのところへ連れて行きなさい。」

「はい、お母様。」


カリグラお兄様はピソに何も言わず背を向けて、お母様の後ろに隠れていた私の手を取った。


「ユリア、おいで。」

「はい…。」


でもピソは、決してカリグラお兄様から目を離さなかった。むしろ恨みの壁画にお兄様を刻み込む様に、ジッと微動だにせず見つめている。すかさずその姿に気が付いたお父様は、カリグラお兄様を守るようにピソの視線を遮る。


「っで、何の用だ?」


ピソは愛想笑いをして、お父様を見下しながら諂い出してくきた。


「いや、何…ゲルマニクス。今回の遠征では、ティベリウス皇帝陛下のご子息である、ドルスッス様をレスヴォス島まで連れて行くそうではないか。」

「それが…何か?」

「いや、ドルスッス様は次期皇帝後継者。また、昨年からはスエビ族とケルスキ族対立の調停のためにイリリクムへ派遣されてらしゃる。いくらローマにおいてお前の人気が強固な物であろうとも、いささか勝手過ぎはしないか?」

「ならば今回のシリア属州に向けた遠征も、幾分急速で勝手過ぎはしないか?」


ピソは顔を動かさず、しかしゲルマニクスに鋭い視線を向ける。


「この遠征の案は、ティベリウス皇帝陛下直々に提案された物である事を、まさか忘れているわけではあるまいな?ゲルマニクス。」

「もちろん。エルベ川からライン川までの撤退に対し、このゲルマニクスが隠れ蓑にされている事も、重々理解しているつもりだ。」

「貴様、ティベリウス皇帝陛下を侮辱するつもりか?」

「とんでもない…。今回の案が、願わくば、去年、シリア属州の総督に任命されたお方による、独断の案でない事を確証したいだけ。」

「若造が…。」


だが、お父様は何も答えず、ただ、ピソの面前に瞬きせずに近付いていく。とてつもない迫力だ。しかし、シリア属州の総督である老人ピソも、決して瞬きをせずに対抗している。二人は一触即発の状態。


「若造のゲルマニクスが単なるローマの人気取りではない事は、この僕がしっかりと証明するぞピソ総督!」


そこへ颯爽と救いの主が我が家へ訪問。

朝日をしっかりと浴びた陽気な笑顔を携えながら、あのドルスッス様が凛々しく立ってらした。


「ドルスッス!!」

「ゲルマニクス!」


お父様はいつものように目を黒く輝かせ、陽気な笑顔のままのドルスッス様へ近付いた。ドルスッス様も砕けんばかりの笑顔を見せながら、お父様と共に互いの肩を確かめ合うように何度も叩き合った。


「がっはっはっは!久しぶりだな!?お前とは、いつ以来だ?」

「確か…ユリアちゃんが生まれた年だったかな?」


ドルスッス様の性格はとっても優しい。昔から私達の名前に『くん』や『ちゃん』をつけて呼んでくれるとってもお茶目な紳士。


「おお!お前が、ノルバヌスとともに執政官に就任した時か?!」

「あっはっはっは!そうだそうだ!共に剣闘士試合を開催した、あの時以来だ!」


肩を叩き合う二人の若者に、シリア属州総督の初老は水を差すようにドルスッス様へご挨拶をした。


「お久しぶりでございますな?ドルスッス様…。」

「久しぶりだな、ピソ師匠。」


ピソはドルスッス様にとっては戦術のいろはを教えてくれた師範でもあった。一瞬、お父様とピソ間に凍りつくひと時を感じた。だが、それを察したドルスッス叔父様はすぐさま、持ち前の陽気な性格で互いの懸け橋となって拗れた関係を修復してくれたのだ。


「ピソ…。このローマで大人気の若造ゲルマニクスの無礼を、どうか、こに僕に免じて許してはくれぬか?」

「…。」

「なんせ、お前に無礼なゲルマニクスは、この、皇帝継承者であるワシの妻、リウィッラの兄貴なんだから!」


さすがお茶目な紳士のドルスッス様。

お父様を遜せる事でピソに畏敬の念をいだかせるように取り計らった。ピソは少しだけ歯ぎしりをしながらも、深々とドルスッス様へ頭を下げて心得を表した。


「承知しておりまする…。」

「安心しろ、ピソ師匠。今回のレスヴォス島までの同行は、父上から既に了解を得ている。ゲルマニクスのカミさんが元気な赤ちゃんを産んだら、とっととイリリクムへ帰るよ。」


ドルスッス様はとっても格好良かった。

青空に流れる雲のように清々しい性格で、そよ風のように人の間に入って仲直りさせる心得を、生まれ持った時から知ってらっしゃる方だった。


続く


【ユリウス家】


<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>

主人公。後の暴君皇帝ネロの母。


<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>

アグリッピナの父


<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>

アグリッピナの母 


<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>

アグリッピナから見て、一番上の兄


<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>

アグリッピナから見て、二番目の兄


<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>

アグリッピナから見て、三番目の兄


<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>

アグリッピナから見て、一番目の妹


<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>

アグリッピナから見て、二番目の妹


【アントニウス家系 父方】


<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>

アグリッピナから見て、父方の祖母


<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔母


<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔父


【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】


<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの飼い犬


【クラウディウス氏族】


<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻


<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男


<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男


【ティベリウス皇帝 関係】


<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官


<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。


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