第六章「亡父」第八十九話
「お姉ちゃん?」
「ドルシッラ?」
お母様の寝室には、横でハイハイしているリウィッラとドルシッラがいた。私はすぐに、涙を流しながらドルシッラを抱き寄せる。
「ユリアお姉ちゃん…。元気だった?」
「ドルシッラ…。あんたこそ元気だったの?」
「うん、あたしはいつでも平気だって。ガイウスお兄様が、いつもお側にいてくれたから。」
「そう…。それにしても、あんた大きくなったね。」
「ユリアお姉ちゃんこそ。なんだかちょっぴりごっつくなってるんじゃない?」
「そう?」
「このままじゃ、アマゾネスの女王ペンテシレイア様みたいになるんじゃない?」
「フフフ、言うわね。」
ドルシッラはとっても綺麗な笑顔をしていた。まだまだ四歳だっていうのに、不思議なくらい吸い込まれそうで。隣のおチビちゃん、リウィッラは寝床でゴロゴロ。私は彼女を抱きかかえたが、二歳の彼女は突然泣き出してしまった。
「ハイハイ、お姉たんが抱っこしてあげるね。」
「ドルシッラ、あんた大丈夫なの?」
「大丈夫!毎日リウィッラがグズるといっつも抱っこしてあげるんだから。」
見事なものだった。
以前、私がお母様から教えてもらった方法よりも、とっても上手に魚をすくい上げる感じで、あっという間にリウィッラを抱きかかえて、背中をポンポンしてあげると泣き止んでしまった。
「リウィッラは、自分のお気に入りじゃないと駄目なんだ。」
「そうなんだ…。」
「あたし、今はいっぱい召使や奴隷達から色々な事教えてもらってるんだよ。今度、ユリアお姉ちゃんにも教えてあげるよ、ね?」
「うん、ありがとう。」
こんな時に、ドルシッラは明るくて素直で、そしてとても面倒見がいい。前はもっと、子供っぽかったのに。確かに、カリグラ兄さんの言う通り。いつまでも末っ子気分でお兄様達に甘えちゃいけないんだ。
「ユリア、ちょっとこっちこいよ。」
「ガイウスお兄様。」
カリグラ兄さんがキツイ目を見せ、寝室の外から人差し指をクイクイとさせ呼んでる。前よりも、何だか怖くなった感じがする。
「今、お母様がドルスッス叔父様やクラウディウス叔父様に話している事が何だか分かるか?」
「大人のお話でしょ?」
「バカだな、もっと頭使えよ。」
「え?」
「真実と復讐の話をしてるんだ。」
「はぁ?何ですか、それ。」
「いいか、いずれ分かるだろうけど。お兄様達には喋るなよ。お父様はな、ピソに殺されたんだよ。」
…?!
お、お父様が殺されたって…?!
私は息が出来なくなって頭がクラクラしてきた。
「そ、そんなの嘘でしょ?!」
「身内に嘘ついてどうする?実際にはピソの奥さんの入れ知恵みたいだけどな。」
「だって、お父様は病に倒れたって…。」
「僕はお父様のそばでずっといたんだ!お父様は軍人だぜ!?なのにまるで誰かに呪われたように、突然容体が豹変して衰弱していくなんておかしいだろう?お父様は、寝室で変な匂いがするって毎晩叫んでいた。お母様はお香をいっぱい焚いてたけど、とうとうその匂いがきつくなって、部屋中を調べてみたらドンピシャさ。ヒスパニアの怪しい呪い道具がゾロゾロ出てきたんだ。中にはネズミの死骸もあった。」
酷い話なのに、カリグラ兄さんはまるで狐を得意げに捕まえてニヤリと笑うように話してる。
「それにおかしいだろう?ピソの連中はお父様の容体がおかしくなる直前に突然ローマへ帰って行ったんだ。まるで逃げるようにな。」
「それはお父様が属州に編入させた報告じゃ…。」
「ばーか。そんなもん、シリア属州の総督に任命されたピソがわざわざ行くかよ?最も自分が嫌悪するお父様の功績を報告する為、あのジジイが年下のお父様の為に召使いの代わりなんて務めるわけないだろ?あいつらは、自分達が掛けた呪いにかからないように、一目散で逃げたのさ。」
「でも…そしたらそばにいたガイウスお兄様は何で呪われてないの?」
「え…?!」
「ずっとそばにいたんでしょ?」
「ああいたさ!」
「そばにいたのに、兄さんは何で呪い道具とかをし掛けてたの知らなかったの?」
「それは…。」
「何でピソを止めなかったの?」
「…。」
「ずっと眺めてるだけだったってことでしょう?」
「うるさい!お前、妹のくせに生意気なんだよ!もしくは、もっと前からお父様の食事だけに毒を盛っていたのかもしれないぜ。」
「毒を?!」
「だって、お父様の葬儀の時に、上半身に赤い斑点がいっぱいできてたからな!」
呪い、もしくは毒殺…。
私は抱えきれない重い事実を、また抱えてしまった。以前見た、リウィッラ叔母様とセイヤヌスの情事。そして、今回はピソによるお父様の暗殺。私はどうすればいいんだろう?
「ガイウス!勝手な事を言うな。」
そこには、ドルススお兄様が立っていた。
続く