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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第六章「亡父」少女編 西暦19年 4歳
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第六章「亡父」第八十六話

私は天気に恵まれた事がない。


身内に不幸が起きる度に、オリュンポスの神々は、まるで私の気持ちを逆撫でするように、ケタケタと笑いながら晴れにしてくる。ジメっとした暗く沈んでる気持ちを、小粒の雨でさえもいいから流してはくれない。アクィリアの時もそうだった。そして、私の大好きなお父様が亡くなった時も、冬だったというのに心地よい陽射しを持ってきて、私の沈んだ心を逃さないぞっと言わんばかりに照らし続ける。


「港町タッラキナまで、叔父さんがしっかり守るからな?みんな、気をしっかり持つんだぞ。」

「はい。」

「うん、いい返事だ。」


ドルスッス叔父様は、この時以来から御自分の陽気な性格は削り落とされてしまった。いつもとは違う誠意と信義に溢れる顔で、私達三人を勇気付させてくれる。叔父様の奥様リウィッラ叔母様は、御自分のお兄様であるゲルマニクスお父様の遺灰を心から迎えに行きたがってた。けれども陣痛がかなり酷くなってきたので、ご自宅のドムスで高慢ちきのリヴィアとお留守番。ところがである。足に障害を持つクラウディウス叔父様は、心の病で治療中のアントニア祖母様の代わりを立派に勤め上げるため、私達とご一緒してくれたのだ。


それまで、クラウディウス叔父様を心の中で小馬鹿にしていたローマの官僚達や、同じ騎士階級達でさえも、御自分の障害を物ともせず、さらに道中、私達の沈んだ心をユーモアのある話で慰めてくれた姿に、多くの人々が評価を改めるようになったのである。


「ネロ、ドルスス、アグリッピナ。今日はとっても天気だな。」

「はい。」

「叔父様、まるで雲一つ無い青空ですわ。」

「うむ、これでは天にいらっしゃるオリュンポスの神々も、喪服に着替える事ができないだろ。」

「どうしてですか?」

「うむ。雲一つ無ければ、着替える場所が無いからな。」

「あははは。」


叔父様のお話は捻りがあって、とても知的。それが細やかな救い。ひょいと石を軽く投げるような雰囲気で、私達を楽しませてくれた。


「みんなはシチリア島にある、シラクーサを知ってるかい?」

「知ってます。ギリシャ哲学者のアルキメデスやエンペドクレスの出身ですね!」

「そうだよ、ネロ。」

「うん?クラウディウス叔父様。なんでシチリア島出身なのに、アルキメデス達はギリシャ哲学者と呼ばれるんですか?」

「良いところに気が付いたドルスス。実はな、今から800年前位に、ギリシャ人による植民地化が開始されたのだ。ギリシャ語ではシケリアと呼ぶんだ。」

「へぇー。」

「もちろん彼ら二人はギリシャでも活躍した哲学者であるが、実はギリシャ人の血筋を受けた者が多いのも、シチリア島の特色なのだよ。今でもローマ属州になってはいるが、彼らの話す常用語はギリシャ語だ。」

「ええ?!私達の言葉は分からないのですか?!」

「ああ。イタリア半島の南も、殆どの会話はギリシャ語なのさ。」


次に話してくれたのは、紀元前から伝わるシラクーサに今でも遺る、勇者メロティスの伝説。暴君ディオニュシオス2世に死刑を宣告されたメロティスには、たった一人の大切な妹がいた。せめて自分が処刑される前に結婚式を挙げさせてくれと国王に願う。だが、疑心暗鬼に駆られた暴君ディオニュシオス2世はメロティスを信用しなかった。メロティスの竹馬の友である石工職人のセリヌンティウスは、敢えてその身を身代わりとして差し出し、メロティスの言葉を三日三晩信じて待つ約束をした。メロティスが戻らなければ、セリヌンティウスが代わりに処刑される。メロティスは苦難を乗り越え、三日三晩を掛けて、セリヌンティウスとの約束を守るために戻ってきた。二人の友情に感動したディオニュシオス2世は、メロティスの処刑宣告も取りやめ、こうしてシラクーサに国王ともども信頼が回復されたというお話。


「"それにしても、我が竹馬の友メロティスよ。その少女が差し出した紅い布を受け取った方が良いのではないか?"」

「"何故だ?セリヌンティウス?"」

「"お前のトゥニカはこの三日三晩で既にボロボロになり、少女はお前の素っ裸を皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。"」

「こうして、勇者メロティスは自分が全裸であった事にやっと気が付き、赤面してその紅い布で自分の身体を包んだとさ…。」


私達は叔父様のお話に、徐々に微笑みを取り戻してもらった。信じて待つ事の大切さ、信じてもらう為に懸命に努力する尊さを教えてもらいながらも、まさか、勇者メロティスが裸であったなんて…。


「これはいい!このアッピア街道はデコボコで、私のように脚の悪い者が歩くと、普通の人のように見えるな!」


時には、御自分の足が悪い事と、アッピア街道の石畳みが余りにもガタガタ揺れるのに引っ掛けて、普通の人より私の方が楽に歩けるぞ!などと戯けを演じてくださった。叔父様は、いつだって弱き者の味方なんだって、いつしか心が和やかになっていく。


「うん?何だ?あれは…。」

「空が、曇ってる。」

「雨雲?」

「違う…。煙だ。何かを燃やしている黒煙だ!」


ようやく、私達はお母様達がいる港町タッラキナに到着した。


続く



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