第六章「亡父」第八十話
「そういえば、ユリアってお父様の倉庫見た事あるのかい?」
「倉庫って?ネロお兄様。」
「お前見た事ないのか?でっかい容れ物だよ。」
「あはは、でっかい容れ物か、ドルスス。」
「あれ?違うの?」
「ドルススお兄様、本当は知らないんじゃ…。」
ドルススお兄様はどうやら私に知ったかぶりしたらしい。
「よし、そんなユリアや、こんなドルススの為にも、今から見に行こうか?」
「ネロ兄さん、今から?!」
「今からですか?!」
「ああ。きっとユリアもドルススも、お前達ビックリするぞ。」
私達三人は、クッルスとサリウスの護衛のもと、お父様の倉庫へと向かった。まず、以前に大母后リウィア様に連れてってもらった、ウェスタの巫女達が暮らす住居のカーサ・デレ・ウェスタリへ向かう。
「えっへん。ネロお兄様、ドルススお兄様。左手に見えますのが、ウェスタの巫女達が暮らす住居のカーサ・デレ・ウェスタリでございまーす。」
「お?なんだ。ユリアがガイドしてくれるのか?」
「はい。ネロお兄様。」
「良かった~。ユリアが普通のガイドしてくれて。」
「え?ドルススお兄様どうしてですか?」
「だって、お前の事だから、フェリックスとのインチキ問題みたいに『左手に見えますのが、私、神々から祝福されたユリア・アグリッピナの左手でございまーす。』なんて言い出すんじゃないかと思って。」
「もう!ドルススお兄様の意地悪!」
「あはは。」
「私だって真面目な時はあるんですから!フン!」
「ごめんごめん、ユリア。」
「機嫌直してあげなよ、ユリア。ネロお兄ちゃん、お前のガイドもっと聞きたくなったな~。」
「本当ですか?!」
「うん。」
「僕もだよ、ユリア。」
「ドルススお兄様ったら、しょうがないな~。」
お兄様方はお互いに顔を見合わせて、微笑んでいた。多分、二人はユリアの遊びに付き合ってあげようって程度だったのかも。
「では、気を取り直して…。ここは、火床をつかさどる女神ウェスタ様に仕える、巫女達が集まっている場所でーす。火は人々の心にあるものと一緒。心の在り方や扱い方を間違えてしまえば、大変な事が起きてしまうかもしれません。だからウェスタの巫女達は、ローマにとって決して絶やしてはならない聖なる炎を守るため、女神ウェスタ様に日々仕えているのでーす。」
「おおお!」
「おお、ユリアすげー!」
お兄様方は私の説明に感心して、驚いた魚の様な顔で拍手をしてくれた。もちろん、オキア様の説明をそのままパクっただけなんだけど…。
「因みに、私、ユリア・アグリッピナは、大母后リウィア様のご好意により、以前に聖職者団ウェスタの最高神祇官であるオキア神官長様にお会いした事があるのでーす。」
「ええ?!オキア様にか?」
「うおおマジか?!」
「マジっす。とっても上品で綺麗な方でしたでーす。」
私は顎を空高く上げて、胸を大きく広げて威張った。
「オキア様曰く、ウェスタの巫女達は、ローマ市内から選ばれた選りすぐりの処女なのでーす。学び手としての10年、勤め手としての10年、そして教え手としての10年という長い長い三つの時期を過ごすのでーす。」
「なるほど、ドルスス。合計30年なのでーす。」
「つまり、ユリアは計算が苦手だから、あえて合計を足さなかったのでーす。」
「もう!ドルススお兄様。私は合計はもう分かってましたでーす!」
二人は私の得意気に語る説明に感心しながらも、語尾を伸ばす私の言い方を面白がって、真似して伸ばし合いっこしていた。しばらく歩くと神君カエサル様の神殿が威風堂々とした面持ちで見えてくる。
「右手に見えますのが、かの神君カエサル様の神殿でーす。御遺体は名誉を受け、フォルムのレギア前で火葬に付され、私達のひいおじいちゃんのアントニウス様、当時のアウグストゥス様、そしてレピドゥス様が、火葬した場所に神君カエサル様へ捧げた神殿を造ることを決議され、8月18日、アウグストゥスによって奉献されたのでーす。」
「おおお!」
「昔は神殿の基壇に半円形のスペースがあって、よく見えるようにその中心に祭壇が配置されていたのですが、この祭壇に庇護であるアサイラムを求める人達が後を絶たなかったため、神君アウグストゥス様は、基壇で完全に囲ってしまったのでーす。」
「まさか…。ユリアは、大母后リウィア様に連れてってもらったのか?」
「もちろんでーす!中にも入りましたよ。」
「ええ?!入っちゃダメなんじゃないの?!」
「私は特別にいれてもらったのでーす。」
「ユリアお前、本当に意外にすごい体験してるんだな…。」
私達はカエサル神殿を曲がり、ウェスタ通りから、ティベリウス皇帝の宮殿壁を左手に見ながら歩くと、勝利の女神の下り坂道が私達を迎えてくれた。
「さぁもう少しだ!ユリア、ドルスス、用意はいいかい?」
「うん、大丈夫だよ。」
「ワクワク…。」
下ってしばらく進むと、ロマヌラ門の中にアグリッパ倉庫とゲルマニクスお父様の倉庫があるという。すると、下り坂の真ん中に、何やら道に迷った二人の男性がいた。
「誰だろう?」
「迷ってるのかな?」
「ユリア、お前ガイドしてやれよ。」
「ええー?!なんで私が?」
仕方なく迷子の二人にクッルスと近付くと、二人はどうも地方からやって来た青年だった。歳はパッラスやこの間出会った"おかしなセネカ"と同じ位…。
「どうしましたか?」
そのうちの一人は、後の盟友となる…と書くと、セネカと違ってプライドだけは軍人らしく高く、女となんか生涯通じて盟友になれるか!っと、本人は嫌がるかもしれないので、悪友にしておく。皇帝となる我が息子を、セネカとともに補佐する事になる、若い頃のセクストゥス・アフラニウス・ブッルスの姿であった。
続く