第二章「父」第八話
「ガイウスお兄様…?!」
「へへーん!ユリア、羨ましいだろう?僕はこれから戦場に行くんだ!かっこイイだろう?」
いつもの苛めっ子のお兄様とは見違えるほど、威風堂々したまるで百人隊長の姿をされていた。しかし、根はやっぱり子供だ。真紅のマントを鳥の翼のように、翻しながら浮かれて走り回ってる。そこへネロお兄様とドルススお兄様が、クスクス笑いながら私のそばにやってきた。
「ガイウスはあんな事言ってるけど、なあ?ドルスス。」
「うん!僕らがいなかったら、あいつ、一人で胴鎧のロリカだって着れなかったんだぜ~。」
よく見ると、お兄様達はお顔が真っ黒い。
「そのお顔、どうされたんですか?ドルススお兄様。」
「ああ、昨日からネロ兄さんと一緒に、軍靴のカリガをあいつの為に作ってたんだ。」
「カリガ?」
「ああ、ドルススと二人で切り抜いた皮を紐で編み上げてたんだ。ガイウスのくるぶしに合わせるのと、靴裏に鉄鋲を打つのが結構大変だったけどね。」
「ほら、これだよユリア!」
そう言うとドルススお兄様は、カリガと綺麗に磨かれた鉄の脛当てを見せてくれた。
「これが、軍靴のカリガなのですね?まるでガイウスお兄様のあだ名みたい…。」
ドルススお兄様とネロお兄様はお互いに目を合わせて、またクスクスと笑って答えてくれた。
「あっはっはっは!ユリア、あいつ、ガイウスのあだ名カリグラは、このカリガからきてるんだよ。」
「ええ?!そうなんですか?」
「お父様の兵隊さん達があいつのマセた軍服姿をからかったんだよ。ところがだ、何故かガイウスがマセた軍服姿を連れて戦場に出ると、お父様の軍団は必ず勝つことができたらしい。だから今じゃあいつはお父様が率いるローマ軍から"カリグラ様"って祀り立てられってわけさ。」
「へぇ…。」
なんだか私は悔しかった。
ガイウスお兄様は持病があるにもかかわらず、ネロお兄様とドルススお兄様を差し置い戦場に出て、しかも何もしてないのに勝った気でいるなんて!ズルいと思った。
「おい!ユリア。そのカリガをこっちに持って来い!」
「何で?私が?!」
「男が戦場に出る時は、女が男の手伝いをするもんだろ?」
「はぁ?今でもオネショしている人に?」
「ああ!こいつ~!また、言ってはいけない事を言ったな!!」
「だって事実は事実でしょ?ベ~っだ!」
「待て!ユリア!」
私は素早くカリグラ兄さんから逃げ出し、カリグラ兄さんは部屋中至る所から追いかけようとしてくるけど、胴鎧のロリカが重たいらしくうまく追いかけて来れない。わたしは思いっきりほほを膨らませて馬鹿にした。
「ちくしょう!女のくせに男を侮辱しやがって!」
そこへブドウや果物をいっぱい運んできたお母様がやってくる。部屋中を散らかして追いかけっこをしている私とガイウスお兄様を見るなり、お母様は雷を大地へ落とすように怒鳴り始めた。
「これ!二人とも!何の騒ぎですか?!」
「あ、お母様!ユリアの奴、また僕のオネショの事をからかうんだよ~。」
「違うの!お母様。ガイウスお兄様が偉そうに手伝えって言うから…。」
「もう!今日は忙しいってのに。」
「そうだよガイウスお兄様!」
「違います!ユリア!今日は貴女がいけません。」
いつもは怒られないはずなのに…。今日は違ったみたい。ちょっとショック…。
「いいですか?ユリア。ガイウスは今日これからローマの為に戦うのです。その兄をいかなる理由があろうとも女性である貴女は、ローマ市民がガイウスへ畏敬の念を持たせる為に応援するのが務めです。絶対にからかってはいけません!」
「でも、ガイウスお兄様は本当には戦わないのですよね?私もロリカを着て、ユリウス家に恥ない戦いができますわ!」
「何を馬鹿な事を言ってるの!?貴女は女の子でしょう?!」
「お母様、戦には男も女も関係ありませんわ!」
「ユリア、お前はただ単にロリカを着たいだけなんだろ?!僕には分かるんだからな!オタンコナス!」
「何ですって?!オネショカリガ!」
「あああ!また言ったな~!もう、ゆるさんぞ!」
「ユリア、いい加減になさい!台所でお尻をはたきますよ!」
すると、私は突然宙に浮いた。
お父様がまたもや私をかばって抱っこしてくれたんだ!
「そっか、ユリア。お前もロリカを着て、お父さんと戦いたいか?」
「はい!」
「うん、いい返事だ。お前なら黄金のロリカが似合うだろう!」
「黄金ですか?!」
「ああ。全て黄金でできているんだ。背中には、真紅のマントの代わりに白い羽根で編んだ翼をつけてな。」
「うわー!お父様、とっても素敵です!」
「がっはっはっは!そうだろう!」
しかし、お母様は私に優しすぎるお父様を懸念されている。
「貴方…。ユリアを少し甘やかし過ぎませんか?」
「いいんだ。これから女性はローマ男子の陰になって支えるのではなく、勇ましく自己主張して行かなければな!少なくとも、打算的な男どもよりマシだ…。」
「貴方…。」
既にお父様の後ろには、切れ長の鋭い目つきをしたピソが立っていた。
「打算的な男とは…私の事ですかな?ゲルマニクス。」
「ピソか…。もう、来てたとはな。」
私は、ピソの蛇の牙のように輝くあの鋭い目つきが嫌いだった。
続く
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。