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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第六章「亡父」少女編 西暦19年 4歳
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第六章「亡父」第七十九話

《ウルピア 第五及び第二十二軍団 冬の陣営》


「これは…。一体どういうことなんだ?」

「きっと彼らもまた、彼らなりのやり方で、貴方様へ銀の皿をお返しになったのでしょう。」


オッピドゥム・ウビオールムの第一ゲルマニカ軍団と第二十軍団ローマ兵士達によって自発的に行われた『裁断』の噂は、ゲルマニクスの軍団で一番最初に反乱の声を上げたウルピア在中の第五及び第二十二軍団へも伝わり、彼らは自分達の『不服従という恥』を背負い切れず、ゲルマニクスがウルピア陣営へ到着する前の深夜、互いに同じ食事を食べあった者同士が刃を向け合い殺し合った。


「惨い…。何もここまでする事はなかろうに。」

「恥の上塗りをするくらいなら、貴方様の腰に携えた信義と同じように、自発的に国家ローマへの忠義を自らの手で取り戻そうとしたのでしょう。きっと、貴方様の存在とは、貴方様が考えるよりも、神君カエサルや神君アウグストゥスとはまた違った影響力が、少なくとも貴方様の率いるローマ軍団の中では、あるのかも知れません。」

「本当に、馬鹿な奴らだ…。」

「ゲルマニクス様…。」


ゲルマニクスは、ウルピアの血生臭い無残な現状に深く心を痛め、兵士達の前でも涙を流す事に躊躇せず、即座に死に行く者たちを火葬で弔う。また、その実直な姿が、ローマ兵士達の心を揺るがし魅了した。高貴な血だけで威張り腐り、自分達を道具の様に扱う輩ではなく、心の奥深くから、自分達の事を考えてくれているのだと。


「せめて、失われた彼らの魂が清められる事を願って、ワシはこいつらの為に立ち上がらなければならない!」


ローマ人によって与えられた屈辱は、ローマ人によって晴らされなければならない。彼らのローマ国家に対する信義を全身で感じたゲルマニクスは、彼らの罪深き血を敵であるゲルマン人の血で清める事を約束した。


「我が栄光の輝きと、最上の誇りを有するローマ兵の兄弟達よ!ワシは貴様達を勝利へ導く時が来た!貴様達の国家ローマに対する謀叛の記憶を、己の欲に駆られた恥を、そして昨日までの友をその手で亡き者とした罪を!ワシは貴様らを率いて、ゲルマン人の血で清める事を約束する!さぁ、武器を持て!貴様らの求める己の光栄が、我らが愛するローマの繁栄の為へと変える時が訪れたのだ!立ち上がれ!『我が国家ローマの為に』!」


ゲルマニクスは見事に勝利を獲得した。更にローマ兵士達の汚名や、自分の率いる軍団による反乱という不名誉の回復ばかりでなく、神君アウグストゥスが在命中であった時に、トイトブルク森の戦いでゲルマン人から二万人のローマ軍団を失ったローマ人の敗北感までも、ゲルマニクスはその大胆不敵な性格で回復させたのである。


こうして、一時的にガリア属州に避難していた母ウィプサニアと長兄ネロ、次兄ドルスス、そして三男のカリグラ達は、父ゲルマニクスの勝利の話を聞き、再びオッピドゥム・ウビオールムへ戻り、私はローマ軍の勝利の栄光と共に生まれた…。



再び10月10日。


「それにしても、ローマ兵士達が襲いかかってきた時は、本当に怖かったんだぜ、ユリア。僕とネロ兄さんはその場にいたんだからな。」

「ああ、本当に怖かったよ。それに、いきなりガイウスの奴が荷車から飛び降りて、傷付いたカッシウスを庇ったんだから。」

「ガイウスの事だから、ひょっとしたら自分の軍靴のカリガを落とされて、それを守る為だったんじゃないの?ネロ兄さん。」

「いや、ドルスス。僕はちゃんと聞いたよ。あいつの魂の叫びを。」


だが、私はカリグラ兄さんの事なんてどうでも良かった。もう!とにかくお父様が、そんな高貴な喋り方をした事があるだなんて!考えただけでも、胸がルンルンしてくる。やっぱりアントニウス様や、大母后リウィア様の血を受け継ぐ軍人。更に自分が生まれた時に、お父様がゲルマニアで勝利を収めたなんて!最高のプレゼントじゃない。


「うん?」

「どうした、ドルスス。」

「ネロ兄さん、ユリアの奴、泣いてるのかな。」

「無理も無いよ。自分がひょっとしたら、生まれなかったかもしれないという話は酷だったから。」


私を憐れむお兄様方の心をよそに、私はお兄様方の手を取り、満面の笑みを浮かべて顔を見上げた。


「違います、お兄様方!私は猛烈に、涙が溢れるほど感動しているのです!」

「ええ?!」

「どうして?!」

「だって格好いいじゃありませんか!お父様はティベリウス様の名を語って、自分の財産まで投げうって、ご自分の兵士達に譲歩なされたんでしょ?窮地に立たされていたのに、ゲルマン人との戦いで勝利して覆したんですよ!」

「うん、それは確かにそうだけど…。」

「でも、ユリア。本当に危なかったんだぜ。一歩間違えれば、僕達はローマ兵士達に殺されていたかもしれないんだ。」

「何を言ってるのドルススお兄様!今、こうして私達が生きてられるのは、お父様の勇敢な功績があったからではないですか!では聞きますが、お父様が、ただローマ兵士達へ譲歩しただけで終わらせたとしたら、私達家族はどうなっていたと思います?」


ネロお兄様、ドルススお兄様は私の質問にビックリしていた。二人は考えてみたが、答えられなかった。


「分からないな。」

「なんとかなってたんじゃないの?ネロ兄さん。」

「うーん。」

「もうお兄様方のお馬鹿さん!」

「何だって?!ユリア!」

「お馬鹿さんって…。」


私は偉そうに人差し指を突き出して、威張り腐って答えた。


「それこそ、ティベリウス皇帝はローマ軍が犯した国家反逆罪の責任と偽証罪で、お父様だけでなく私達家族みんな殺されていたかも知れませんって!」

「確かに…ユリアの言う通りだ、ドルスス。だってお父様は勝手に名前を偽って待遇改善の文書を偽造されたのだから。」

「そっか!ユリア、お前数字がてんでダメだけど、意外とそういう事には頭がいいな。」

「でしょう?!だから!私が生まれたオッピドゥム・ウビオールムでの、お父様の機転があればこそなんですよ!もう!お父様最高!!私が生まれたオッピドゥム・ウビオールム最高!!私は神々から祝福されて生まれたんですわ!蛮族のガリア属州なんかで生まれてなくて良かった~!」

「え?何でそうなるの?ユリア!」

「あ~あ。こんな事、お母様が聞いたら、きっと台所でユリアのおケツを十回叩くでは済まされないぞ。」

「ユリアの奴、全く聞いてないよ、ネロ兄さん…。」


私はお父様が亡くなっていたというのに、その事も知らないで、自分の出生の話しを聞かされ馬鹿みたいに浮かれていた。

もちろん、この話しがきっかけだけではないけれど…。いや、やっぱり、この話しがきっかけではあったかも…。後に私が、クラウディウス叔父様の皇妃になった時、叔父様に無理矢理頼んで、自分の『生地』でありユリウス家にとっても『聖地』であるオッピドゥム・ウビオールムを、ローマの植民地格上げと共に、コローニア・アグリッピナと名前を変更してもらった。もちろん、それに因んでちゃっかり、私の名前を入れたのは言うまでもないけど…。


「ネロ兄さん…。ユリアは頭が良いんだか悪いんだかよく分からないよ。」

「自分の妹の事を、そんな風に言いたくないけど…。でも、ある意味、今回はドルススの言う通りかもな。」

「あいつのオッチョコチョイな性格を見てると、なんだかカリグラと呼ばれて調子に乗ってる弟のガイウスと、段々と大差ないように思えてくるよ…。」


もちろん、当時のお兄様方は私の未来の事など想像もつかず、はしゃいでる私の姿に、ただただ、呆れて口をポカーンと開いたままだった。


続く


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