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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第六章「亡父」少女編 西暦19年 4歳
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第六章「亡父」第七十五話

《オッピドゥム・ウビオルム  初冬》


「分かった。目に見える形で行おう。貴様達の除隊の手続きも明日からここで行う。」

「本当ですね?あっしら年寄りを騙そうなんてしたら、許しませんよ。せめて死ぬ前には孫の顔ぐらいは拝みたいんですから。」

「ワシの言葉に二言は無い。」


ゲルマニクスがティベリウス承認の文書と叫んだものは、実は彼自身が自作したものだった。忠義を自分に示してくれるローマ兵士にも、そして忠義を示さなければいけないローマにも、自分を犠牲にし、自分が両者の架け橋となることで、今回の反乱をゲルマニクスらしいやり方で鎮圧しようとしていた。これは彼の母親であるアントニアが、ウェスタの神官長オキアから学んだ教えでもあった。老兵は深く頭を下げ、静かにその場を離れていく。


「あなた…。」

「どうだろう。納得してもらったかな?」

「大丈夫なのですか?」

「寝室までやって来るなんて、彼らの我慢も限界なのだろう。とにかく明日には自分の財産から全ての遺贈金を支払い、除隊を願うものに手続きを取る。そうすれば、事は万全に終わるはずだ。」

「そうだと良いのですけど…。こんな事が毎日続くようでは、安心して子供達と寝る事さえ出来ないです。」

「分かっている、ウィプサニア。もうしばらくの辛抱だ。」

「はい、分かりました…。」


だが、この反乱鎮圧はゲルマニクスの予想に反する結果となってしまう。翌日、大勢の老兵や古参兵士達が、激しい冷たい激しい雨に晒されながら、除隊の手続きを希望するためにここオッピドゥム・ウビオルムで辛抱強く列を作り並んでいた。だが、憔悴し切った彼らを逆撫でするように、そこへ招かれざる客人達が訪れてきたのである。


「おい!押すな!おめぇ、横入りする気じゃあるめぇ?」

「ち、違うよ爺さん!後ろから急に押されたんだ!」

「何だと?!」


列を乱す彼らは、元老院からゲルマニクスの元へ派遣された使節団であった。


「おいおい!何なんだ!?ふざけるじゃねぇぞ!何でブクブク太った豚どもがこんなところまでやって来てるんだ?!」

「何かの連絡か何かじゃぁないのか?」

「馬鹿野郎!そんなのんきな事を奴らがすると思うか?!わざわざあんなロクでもねぇカッコウで着飾りやがって!ゲルマニクス様が見せた文書を破棄するためにやってきたに違いねぇ!!」

「ええ?!」

「まさか?いくらなんでも!?」

「いいや、そうだ!みんな!考えてもみろ!大体、何で今日まで除隊の手続きを引き伸ばしやがったんだ?!昨日でも一昨日でもよかったはずじゃねぇか?!」


動揺していた兵士達の間にも、まるで病が移りゆくように、誤解は偏見を生み出し、妬みや恨みは怒りを暴き始める。


「確かに、そうだ!」

「信じろだの、落ち着いてくれだの綺麗事ばっかり並べやがって!ローマ第一軍団ゲルマニカを馬鹿にしてんじゃねぇか?!」

「結局!ティベリウスの馬鹿野郎に忠義を示せって事は、ゲルマニクス様も!結局お高く止まった、あのブクブク太った豚どもに飼い犬にされてるに違いない!」

「いいや違う!ゲルマニクス様はきっと金持ち連中どもに騙されているんだ!我々を守ろうとしているのにも関わらず、元老院から派遣された使節団に騙されているんだ!」

「そうかもしれねぇ!若い連中の言う通りだ!」

「もういい加減騙されるな!」

「みんな!武器を持て!」

「俺たちは懸命に今まで忠義を示してきたんだ!金持ち連中にこれ以上騙されてたまるか!」


特に第一軍団の老兵を中心に、疑心暗鬼に駆られたローマ兵士達はそこらじゅうを暴力で訴え、使節団の目的が自分達の望みを破棄する為にやってきたのだと思い込んでいた。三度、彼らの面前に立ったゲルマニクスの発言や説明さえも、彼らは無礼な言葉で遮る始末だった。


「とにかくだ、兄弟!約束通り、除隊の手続きはこのまま行う!そして、この文書で約束された事はワシの命に代えても守る!だからこれ以上暴力で訴える事だけはやめてくれ!以上だ!」

「答えになってないぞ!ゲルマニクス様!我々はあなた様と共に、今こそティベリウスを打つ時と信じているのです!!」

「おい!ゲルマニクス!年食ったわしらの目は誤魔化されないぞ!今すぐに金を払え!でなければ、そこの豚どもの命は無いと思え!」


ただ、ゲルマニクスの大権を通知に来た招かれざる客人達は、ローマ兵士達が叫ぶ物騒な内容に驚愕している。


「ゲルマニクス殿、貴方は一体何の約束をされたのでしょうか?」

「あなた方には関係の無い事だ。ワシとあいつらの約束だ。」

「まさかティベリウス新皇帝への反乱や蜂起に加担されるおつもりではあるまいな?」

「そんな事は断じてあり得ない!」


我慢の限界が来て不平不満を並べているローマ軍団と同様に、ゲルマニクス自身の中にも、眠っていた猛虎が今まさに、目覚めようとしていたのであった。


続く


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