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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第五章「パラティヌス生活」少女編 西暦19年 4歳
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第五章「パラティヌス生活」第七十二話

次の朝、外はまるで私のもやもやした気持ちを表すような雨模様。冷たい青色がパラティヌスの神殿たちを凍えさせるのを見ていると、色々な荷物を抱えたセルテスがこちらへやってくる。


「アグリッピナ様。」

「セルテス。どうしたの?」

「実は、このほどアントニア様から許可を頂いて、わたくし結婚する事にしたんです。」

「結婚?!」

「ええ、セリアという素敵な女性に一目惚れしまして。そして偶然にもセリアのお父様は、アクィリアの骨壷の石像を見てくれてたんです。意外に色々な人から評判を得まして。本格的に職人にならないか?とシラクーサへ誘われました。」

「本当に?凄いじゃない!」

「自分は石工なんて、もう、とっくに諦めてたんですがね。アクィリアのお陰でもう一度頑張れるようになれたのは、不思議な感じです。」

「ついでにお嫁さんまで見つけて?」

「あはは、そうですね。でも、僕は彼女も大切にしたいんです。とっても純粋で、凄く素直で。それに…パラティヌスには、私よりも優秀な門番がいますしね。」


私は少しなんだか淋しくなってしまった。セルテスのいつも笑顔の挨拶が大好きだったから。でも、解放奴隷の彼にとっては、今がとっても大切な時期なんだと思ったから、笑顔で見送る事にした。


「セルテス!頑張って。いつか私の石像も作ってくれる?」

「勿論です、アグリッピナ様!お約束しますよ。」

「ありがとう。」


セルテスはわざわざしゃがんで、ギュッと抱きしめてくれた。そしてセリアという女性に、しっかりと愛されているという自覚を持った素敵な笑顔で何度も挨拶をして去っていく。すれ違いにこちらへやってくるドルススお兄様と出くわし、多分、色々な挨拶やら説明をして、セルテスは二三度担いだ荷物を背負い直して、自分の道を進んで去って行った。


「セルテス、結婚して石工になるんだってな。彼が門番じゃないと、何かしっくりこないよ。」

「でも、セルテスは本当に才能のある職人になれると思いますよ。」

「あのアクィリアの石像を作ったんだもんな。本当に命が宿っているようで、初めて見た時はビックリしたよ。」

「うん…。」


雨はさらに強くなって、風と共に横に流れる様に降っている。私はそれを見ながら、まぶたに焼き付いた、リウィッラ叔母様とセイヤヌスの逢引がどうしても浮かんでしまう。


「どうしたユリア?そんなにセルテスがいなくなるのが淋しいのか?」

「ううん…。」

「どうした?」

「お兄様…。何と言うか、結婚や信頼って何なんでしょうか…?」

「はぁ?お前、突然何を言い出してるんだよ?」

「なんとなく…。」

「なんとなくって、誰か好きな奴でも出来たのか?」

「ううん。」

「それじゃ、またセネカの真似事か?」

「ううん。ちょっとした乙女心って言うか…。」

「乙女心って?お前、まだまだ五歳だろ?好きな奴もいないのに、なんで乙女心だったり、いきなりすっ飛んで結婚の事で悩んでるんだよ?!」

「ちょっと。」

「お前…ひょっとしたら、熱でもあるのか?」


そう言うと、ドルススお兄様は私のおでこに手を当てながら真剣に心配してくれる。私はあまりにも真剣なお兄様のお顔を拝見していたら、笑いがこみ上げて仕方なかった。


「お兄様ったら…。熱なんかありませんよ~。」

「じゃ、どうしたんだ?何かあったのか?」


また再び、リウィッラ叔母様とセイヤヌスの情事が目に浮かぶ。


「前に…アントニア様から『紐でお互いに繋ぎとめておかなくとも、家族や兄弟姉妹を理解する事ができる』って教えてもらったんです。でも、ずっと一緒にいるわけじゃないから、誰が何をしているかなんてわからないですよね?」

「うん…。」

「でも、結婚して、家族を持つ事は、お互いに信頼し合って、始めて成り立つんですよね?」

「うん、父さんや母さんのようにな。」

「でも、それって運命の巡り合わせですよね?もし少しでも相手の事が信頼できなかったら?もし相手が少しでも自分の事を信頼してくれなかったら?」

「ユリア…。」


しがみつくようにセイヤヌスへ抱きつかれたリウィッラ叔母様。私は昨夜の事が、対岸のトロイアで起きた火事とは到底感じられなかった。


「その時は、晴れになるまで待てばイイさ。」

「ネロ兄さん?」

「ネロお兄様?!」


私達の話を後ろからこっそり聞かれてたみたいで、腰に手を置いて微笑みながら優しく答えてくれた。


「少しでも相手の事が信頼できなかったら、自分から相手を信じればイイさ。少しでも相手が自分の事を信頼してくれなかったら、信頼してくれるように頑張ればイイのさ。ようは諦めないって事だよ。いずれ天気が晴れになって、青空に大きな虹が架かるんだからさ!」


ネロお兄様の外を見つめるお姿は、本当に眩しくて凛々しくて美しかった。自分が信じて疑わないという事を実践されているんだって…。


「うわ!」

「雨がこっちにやって来た!」

「やーん、ビショビショになっちゃった~。」


私達三人は、矢のように飛んでくる雨から逃げる。


「ネロ兄さん。」

「だ、大丈夫…。そのうち晴れるって!」

「本当に?」

「あ、ドルスス?お前疑ってるんだろ?」

「だってネロ兄さんの例えがさ…。もっと晴れそうなときに言ってくれればカッコウついたのに。ユリアなんてビショビショだよ。」

「トゥニカまでビッショリ…。」

「ユリア、早く着替えないと風邪引くから。」

「はい、ドルススお兄様。」

「え、お前達帰っちゃうの?」

「あったり前でしょ?ネロ兄さんの言う事聞いてたら、ユリアも僕も風邪引いちゃうよ。」


すると、突然雨は止み出して、雲が川を流れるように向こうへ行ってしまうと、太陽の光がパラティヌスのあちらこちらに降り注いでくれた。


「うわー。」

「凄いー。」

「ほら!晴れただろ?」

「うん!ネロお兄様凄い!」

「あ!ネロ兄さん!ユリア!あれ見てみなよ!」


そこには七色に輝く虹の橋が、水滴で輝いたローマ神殿の空にかかっていた。まるで桃源郷のように、うっとりするほど綺麗な虹の橋。


「ネロお兄様の言う通りだったな?ユリア。」

「うん!」

「ユリア…。どんな時でも、この虹の橋を忘れないようにしような。」

「はい!」


私達三人はお互いに手を繋いで、ずっとずっと虹の橋を眺めていた。それが、三人で手を繋いだ最後の記憶。そして、私が今まで生きて追い求めた光景こそが、この時に見た、ローマに架かる信頼という名の虹の橋かもしれない。


続く


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