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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第五章「パラティヌス生活」少女編 西暦19年 4歳
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第五章「パラティヌス生活」第七十話

『引き締め』


この言葉は、当時ティベリウス皇帝の統治下を表す言葉。ローマ市民においては、パンの代わりとして口にするぐらい、誰もが一種の流行り言葉にして冷やかすようになっていた。


しかし、今日は違った。

まるでそれらを吹き飛ばすような共和制最高の名門たるクラウディウス家の正餐が開かれたのである。ティベリウス統治下で、これほど豪華絢爛で盛大にパラティヌス丘で開かれた正餐は皆無だったかもしれない。事実、この正餐の記録は、後の「セイヤヌスの狂乱」の起因ということで「記憶の抹消」であるダムナティオ・メモリアエにされてしまうことになるのだが...。


「あっはははは!イヤー、やはりティベリウス皇帝陛下も人の子でしたな。ドルスッス様は本当に素晴らしいご活躍をなされた。」

「これはひょっとしたらゲルマニクス様の人気を追い抜け追い越せかもしれませんぞ。」

「いやいやそうなるとまずいのは、あんたの所ではないかい?」

「それはおぬしもそうだろう…。」


元老院のご老人方も、今日は満足そうな笑顔を浮かべてる。ひょっとしたら、皇帝が大母后リウィア様とご一緒に参加されてる正餐は、これが最初で最後だったのかもしれない。ティベリウス皇帝にとって、ご自慢の子息であるドルスッス叔父様が、元老院からイリリクムでの和平対立調停の成果を認められ、略式凱旋式の決議を得たからだった。


「ピソ様がローマへご帰還されて、ゲルマニクスの連中が呼ばれてないのは、クラウディウス氏族の皮肉か?」

「その発言は葡萄酒を水と薄めて飲み込んだ方が良いぞ。あそこにおられるのは、ゲルマニクス将軍の母君であるアントニア様とその孫達なのだからな。」

「これはこれは…。」


また、ピソのローマへの帰還は、一部の関係者には多いに喜ばれていた。私とネロお兄様とドルススお兄様も、仕方なくアントニア様の命で正餐に参加する事になった。勿論、あの高慢ちきのリヴィアも正装してやって来てた。


「ユリアちゃん、貴女のストラみすぼらしいわね。」

「これはリウィッラ叔母様から頂いたものですけど。」

「あら…。通りでアテネを彷彿させる質素さ。さすがお母様の選択。」

「どうも…。」


その後に堂々とティベリウス皇帝陛下がやって来た。今夜は盟友ピソの帰還とあって、舌も滑らかに大声で話されてる。


「ピソ、元気だったか?」

「ティベリウス皇帝陛下もお変わりないようで。」

「そういえば、今夜はドミティウスも来ているからな。久々に共に明け方まで呑み食いしようじゃないか。」

「陛下お好みの葡萄酒を用意させました。」

「ほう、これは素晴らしい。おい、ドミティウスは何処だ?!」


そういえば、あのトカゲとリウィッラ叔母さまから呼ばれていたセイヤヌスの姿が見えない。私は少し疲れてしまい、ドルススお兄様に断って外の空気を吸いに行った。しばらく誰もいない所を歩いていると、物陰から聞き覚えのある笑い声が聴こえる。リウィッラ叔母さまだ!


「あら、ごめんなさい。」

「大丈夫ですか?」

「あ、あなたは..?」

「一度、ドルスッス様との婚約式の時に、リウィッラ様にはお目にかかりましたセイヤヌスです。」


叔母様は大きなお腹抱えながら、だいぶ葡萄酒をお飲みになられてるのか、足元がおぼつかない感じだった。私は何故かつい聞き耳を立ててしまった。


「あっははは!トカゲのセイヤヌスさんではないですか!」

「トカゲ?」

「あらごめんなさい。エトルリアのウォルシニイ生まれのセイヤヌスさんでしたね?えっと…、『エトルリア人はイタリア古来の民族で、我々の祖は初期の王制ローマの王だった』でしたっけ?私、それを聞いて寒気がしちゃったわ。」

「それは失礼いたしました。リウィッラ様へのお目通しで、自分はさぞかし緊張していたのでしょう。」

「うっそ...。貴方はそんな人ではないわ。上のものにヒーコラするような、お・ひ・と!」

「さぁどうでしょうかね?エトルリア人は海の民でもあったんだすよ。それには誇りも持っていました。見方によっては、忠義を尽くす覚悟がいつでもあるってことです。」


するとセイヤヌスは自分の右腕の傷を見せる。リウィッラ叔母様は少し悪戯っぽくその傷を人差し指でたどりながら、ずっとからかっている。


「船を海の上で乗り回すのと、女性を乗り回すのではわけが違うわ。」

「船荷が一杯の方が勇敢になれるってものです。」

「二つも既に乗っているのに?勇敢になれるものならなってみなさいよ!あっははは!」


リウィッラ叔母様は葡萄酒を指先につけて、笑いながらセイヤヌスにピンピンと飛ばした。セイヤヌスは険しい表情のまま、その侮辱に耐えながら苦笑している。それでもその悪戯をやめない叔母様に剛を煮やしたのか、いきなり杯を取り上げ、自分の頭から葡萄酒を被り、口元にしたたる葡萄酒を舌先で舐めながら味わい、ゆっくりと叔母様と口づけを交わしてしまった!


「う、ううん…。」


リウィッラ叔母様?!

葡萄酒が回っているせいなのか、唸ってばっかりの叔母様はなかなか離れようとしなかった。むしろセイヤヌスの身体にしがみつくように、叔母様はますます息を荒くしているが、ようやく自分が何をしているか気がついて、セイヤヌスを突き飛ばした。


「な、何をするわけ!?」

「これは、貴女が悪いのではありません。私はただ、葡萄酒を被っただけなのですから。」

「汚らわしい!」

「では、改めて清めましょうか。」

「止めて頂戴...!人を呼びます。」

「いいですよ。でも、呼ばれたくないのは、本当はあなたの方なのだから。」


怪しく微笑むセイヤヌスに、リウィッラ叔母様は誘惑に負けるよう抱きついて、再び激しく口づけを交わし始める。私は、子供が見てはいけない、大人の暗部を見てしまった。


続く


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