第五章「パラティヌス生活」第六十九話
しばらくしても、ネロお兄様とドルススお兄様はギクシャクした関係が続いてた。アントニア様も見兼ねて、ドルススお兄様に仲良くするように躾けてる。建国の英雄ロムルス様とその弟レムス様の悲劇にならぬように、弟が兄を敬うのは当たり前だからと。
「イイさ、仕方ないよ。」
「ドルススお兄様。」
「アントニア様が心配されてるのも無理ないよな。レムス様は兄弟で決めた事を覆して挑発をして、それでポメリウムの一線を超えて殺されてしまったのだから。」
「でも、お兄様。ロムルス様とレムス様は新しい王国を建築する際、鳥達で決められたんですよね?」
「うん。」
「その時に、ロムルス様はパラティヌス丘に祭壇を、レムス様はアヴェンティヌス丘に祭壇を置かれ、でも実は先に鳥達が止まったのは、レムス様が選んだアヴェンティヌス丘だったんですよね?」
「あはは、ユリアは本当に大母后様の所でちゃんと勉強してるんだな。お兄ちゃんがちっちゃい頃は、どっちがどっちの丘なのか?こんがらがってたよ。」
「あはは…。」
「その通り、先に神の使いである鷲が6羽止まったのは、レムス様が選んだアヴェンティヌス丘の方だったんだ。けれど、その少し後に、ロムルス様が選んだパラティヌス丘へ6羽よりも2倍の鷲が止まったんだ。」
「それだったら、やっぱり弟のレムス様の方が選ばれたんじゃないの?」
「何に重きを置くか、だったんだろうな。結局、ロムルス様が勝ったのだから、みんなは『血』と『数』を選んだんだよ。だから、あの時止めたパッラスもアントニア様も、パラティヌス丘にいるのだから、兄を敬うのは当たり前と言ってるようなもんさ。」
私はその寂しそうなドルススお兄様の横顔が見ていられなかった。ご自分が後に生まれてしまっただけで、その運命が既に決まっているなんて。私はレムス様は、ご自分の運命と闘おうとしていたのでは?と思えてならなかった。
「お兄様、必ずしもみんなが言ってる事が正しいってわけじゃないと思いますよ。レムス様だってご自分の方が正しいと最期まで思ってらしたんでしょ?」
「ユリア…。」
「私はネロお兄様もドルススお兄様も同じくらい大好き。だからどっちが偉いとか、6羽よりも2倍の18羽止まったとか、関係ないです。」
ドルススお兄様は涙を浮かべて喜んでる。やっぱり嬉しかった。
「ありがとうな、ユリア…。お前は本当に優しいな。」
「そんな事ないですよ、お兄様。」
「でも…計算だけは、もうちょっと頑張ろうな。」
「え…?」
「6羽の2倍は12羽だ。」
たはは…。
相変わらずドルススお兄様は手厳しい…。でも、お兄様のわだかまりはどこか消えたようで、その後はすっかりネロお兄様と仲良くなった。むしろもっと仲良くなって、周りの人達を明るくさせてくれた。ドルススお兄様は、意外に人に気を遣う優しい人なんだと分かった。
「何だよドルスス、その計算式どこで見つけたんだよ。」
「パッラスが教えてくれたんですよ、ネロ兄さん。あいつ、すっごく勉強家で色々な計算式を覚えてるんです。」
何かお兄様達が羨ましく思った。思いっきり喧嘩できて、その後には思いっきり前以上に仲良くなれて。これが男の人なんだって何となく感じた。
「ふ~。あの二人が仲良くなっくれて本当に良かったわ。」
「アントニア様!」
アントニア様は腰に片手をついて、一安心のような表情を優しく浮かべてお兄様達を眺めてる。
「男の子ってね、いっつも何処かで争ってないと駄目なのよ。兄弟でも仲が良いだけでは成長しないのよ。」
「へぇー。」
「ゲルマニクスだって、弟のクラウディウスと取っ組み合いの喧嘩を始めた事があるの。その時に私が怒ったのは、クラウディウスの方だったのよ。」
「ええ?!どうしてですか?!」
「クラウディウスは『兄さんは五体満足に生まれた。僕はそうじゃない!』って泣きべそかいたからよ。私は『だから何?!親からもらったのは身体だけなのか!?』って叱ったわ。」
アントニア様って凄い…。
「それからクラウディウスは一生懸命勉強するようになったの。ゲルマニクスが容姿端麗で体力に自信があるなら、自分が自信の持てるものを探そうってね。そういう懸命な姿が、今では長男のゲルマニクスからも一目置かれるようになったってわけ。」
そんな理由があったんだ。
でもアントニア様は頭を抱えてる。
「しかし、そのおかげでリウィッラが男勝りになってしまったのよ…。」
リウィッラ叔母様は、確かにあの高慢ちきのリヴィアと話す時だけはとっても男っぽい。
「ゲルマニクスとはしょっ中取っ組み合いの喧嘩はするは、一度思い込むと全然周りが見えなくなって強情になるし、そのくせ騙されやすいから。昔なんか知らない人にずっとついてっちゃった事もあったのよ。」
「ひええええ!」
「今はあんなに女性らしさに目覚めてるけど、本当に私は産み方を失敗したんじゃないか?ってぐらいにリウィッラは本当に困ったちゃん。」
すると、そこへ突然険しい表情を浮かべていたサリウスとクッルスが走って向かってきた。
「アントニア様!先ほど、ピソ様がローマへご帰還されました!」
「何ですって?!」
ゲルマニクスお父様とは口論ばかりしているピソが、自分の仕事を放棄するかのように任地離脱してきたのだ。その衝撃は、これから訪れる数多くの悲劇の始まりでもあった。
続く