第五章「パラティヌス生活」第六十七話
「お帰りなさいませ、ドルスッス様!」
「わざわざのお招き、ありがとうございます、アントニア様。」
「いえいえ。」
「ただいま、お母さん!」
「お帰り、リウィッラ!」
ドルスッス叔父様とリウィッラ叔母様はとても仲睦まじくアントニア様の所へやって来た。リヴィアが言ってた通り、リウィッラ叔母様のお腹は双子の赤ん坊を身篭ってるようで、とっても大きくなっていた。
「この度イリリクムでのご活躍、パラティヌスでも本当に話題になってましてね。対立調停ではスエビ族のマロボドゥスという輩を見事、ローマへの亡命に導かれたとかで。」
「いや~相手側のケルスキ族が頑固で骨折れましたが、意外にスエビ族の方は話が分かる奴が多かったんですよ。まだ色々と手続きをしないといけませんし、今回は元老院の方々から何やら呼ばれたのと、リウィッラが産気つきそうなので、一時的戻ってきたんです。」
「そうなのよ、お母さん。」
後に今回の対立調停の成果から、ドルスッス叔父様はこの年の夏に、元老院から略式凱旋式の決議を得たのだった。
「それでもドルスッス様がローマにお戻りになられたというだけでも、みんな大いに喜びますわ。ご活躍、大変に素晴らしく、かつ、人道的で本当にご立派でした。」
「ふー、お母さん?この人の話ばっかり。私だって頑張ってるわよ~。」
「ゴメン、ゴメン、リウィッラ。あなたも本当に大きくなって。」
「二人って意外に重たいのね。」
「何言ってるの。あんたなんか、なかなか出てこなかったから、二人分の重さでしたよ。」
「えーーー?!ウッソ?!」
「アハハハ、ウソよ!」
その時にちょうど、リヴィアは二階から走ってやってきた。
「お父様!お母様!お帰りなさいませ!」
「リヴィア!元気だった?!」
「はい!お父様!」
「やい、リヴィア!お前元気だったか?」
「あああ!お母様。私は、本当に本当に寂しかったのですよ。」
「寂しがり屋の鼻垂れ娘のくせに、格好つけて大母后様のところで勉強するなんて言い出すから、お前は。ちゃんと行儀良くしてたのか?」
「はい!」
ビックリした。
リウィッラ叔母様の話し方は、まるで男っぽくてぶっきらぼうな感じ。それでもリヴィアは母親に絶対的な安心感を持ってベタベタ甘えてた。
「ユリアちゃんには迷惑掛けてなかったか?」
「はい!ユリアちゃんと、とーっても仲良くしてました。」
「よっし!いいぞ。」
もう、リヴィアは嘘ばっか…。
でも、この時ばかりは、高慢チキでぶりっ子なリヴィアが羨ましかった。
リヴィアと私は、この後に起こるセイヤヌスの狂乱の一件から、彼女の晩年までずっと犬猿の仲だった。けれど、皇后メッサリナに彼女が処刑を命じられた時、私と彼女はお互いのしがらみを捨てて昔を懐かしむように色々な話をした。その時、彼女は幼い頃から実の母親に特別な愛を持っていた事を独白してくれている。彼女の不幸は、盲信するあまり、母親への期待に答えたいという行為そのものだったのかもしれない。私とは真逆の人生だったから、最後の最後で仲良くなれたのだけれど。因みにアルテミスゲームの必勝法には、本当に最後まで悔しがってたっけ。
「ネロくん!ドルススくん!元気だったかい?!」
「はい!ドルスッス叔父様。」
「お帰りなさいませ、ドルスッス叔父様。」
「お?ドルススくんは、もう鼻水が治ったのか?」
「なんだかエジプトのアレキサンドリアで随分鍛えられまして。」
「そうかそうか!」
いよいよ私の番!
「ユリアちゃ~ん!元気だった?」
「リウィッラ叔母様!お久しぶりです!ドルスッス叔父様、この度はとても素晴らしい偉業、心からお祝い申し上げます。」
「ユリアちゃん、随分大人っぽくなったな~。ゲルマニクスが帰ってきたら、さぞ喜ぶだろうに!」
「あ、お父様!」
するとリヴィアに邪魔と言わんばかりにドンと私は押されて、彼女はネロお兄様を無理矢理紹介し始めた。もう…。
「こちらゲルマニクス叔父様のご長男でいらっしゃるネロ様!とっても素敵なお方なんですよ。」
「あはは、リヴィア。もう何度も僕らは会ってるよ、なぁ?」
「はい。」
「本当ですか?!ネロ様!良かった~!本当にネロ様は仕草や手つきがとても端麗でお美しいのですよ~!」
「アハハハ、ネロくん、なんだかリヴィアがお世話になってるみたいで、ありがとうな!」
「いいえ、こちらこそいつもリヴィアさんにはお世話になっております。」
「もう、ネロ様ったら~。いつになったら私の事呼び捨てにしてくださるの?」
「アハハハ…。」
「あ、それでそれでねぇ、お母様。ネロ様って手先がとっても器用でしって…。」
呆れ返るほど…。
リヴィアのネロお兄様アピール大会は続いてた。
「ところで、アントニア様。ゲルマニクスの奴は最近どうなんです?」
「ゲルマニクスお兄さん、ネロくんやドルススくんの話じゃ、シリアからアレキサンドリアに勝手に行っちゃったみたいじゃない…。」
アントニア様は少し顔を曇らせて、ため息を吐いて答えにくそうにしていた。
「そうなのよ。大母后様からもウィプサニアには注意がいったはずなのにね。その事については、大母后様と私で互いに連携を取って、既に防衛策を考えているのよ。できるだけ元老院の方々にも理解してもらえるよう根回しをしてね 。」
それで、アントニア様がパラティヌスのドムスへお戻りになられたのかも分かった。それほどまで、ゲルマニクスお父様が無承諾でエジプトへ行かれたのは大きな事だったのだろう。
「兄さんって本当に頑固っていうか、マイペースっていうか。」
「かぁ~。ゲルマニクスにはあれ程『存在自体が目立つんだから、くれぐれも用心しろよ』って言ったのにな。」
「本当にゴメンなさいね、ドルスッス様。」
その事を知らなかったネロお兄様とドルススお兄様は、アレキサンドリア行きが、それほどまで問題視されていた事実に愕然としていた。
続く