第五章「パラティヌス生活」第六十五話
ネロお兄様とアントニア様に、私は今日会ったおかしなセネカの話をした。
「へぇー鳥たちと話せる人がいるんだ。」
「鳥占官でもない限り、そんな事できる人なんて…。」
「年齢はパッラスと同じくらい、だったかな?」
「私はそれ以上年上に見えました。けれどフンばっかりでばっちくて。」
「まぁー!」
アントニア様はおかしなセネカの風貌を言ったら、ビックリして転げ落ちそうになってた。
「しかし…ストア派の哲学者アッタロスから習っているなんて。最近はそんなにストア派が面白いのかしら?」
「どうやらそうみたいですよ、アントニア様。僕とドルススがアレキサンドリア図書館で勉強していた時も、ストア派の哲学者の方々がいっぱいいました。現皇帝ティベリウス様の政策は、非常に健全で理にかなっていると。」
「まぁ、確かに世に秩序と平和を均等にもたらしているのだから、健全といえば健全ですけどね。」
私はお兄様達の難しい話が良く分からなかった。つまり、おかしなセネカは何者なのか?それを知りたかったのに。ご飯を食べ終わっても、ネロお兄様、ドルススお兄様、アントニア様は同じような話ばっかり続けてた。私はつまらなかったので、一人でペロと遊んでた。
「どうしたんです?」
「あ、パッラス。お兄様達、難しい話ばっかりでつまらないの。哲役者の話ばっかりで。」
「それは…哲学者の事では?」
「あ、そうそう哲学者。で、哲学者って一体何なの?」
「そうですね、何というか…人生の案内人でしょうか。」
「人生の案内人?」
「ええ。例えば、ここローマ市内を初めて来た人は、どこに何があるのか、またどこが危険な地域なのか?分かりませんよね?案内人がいればローマ市内を楽しむ事が出来ます。」
「ええ、確かにそうね。」
「それと同じ様に、彼らは人生の生き方を案内してくれる為に、僕らが考えられないような事まで、じっくり常に色々な事を考えては案内してくれるんです。」
でも私は納得がいかなかった。
「そんなの、生きて行くのにそんなに必要なの?」
「うーん如何なんでしょうか…。」
「だってアレクサンドロス大王だって、『運命は自分の剣で切り拓くものだ』って仰ってたし。頭ばっかり使って身体使わなかったら意味ないじゃない。」
「確かにそうかもしれないですね。」
「それに小鳥と戯れてて、何かちょっと危なそうじゃない。きっと"おかしなセネカ"もそうだって。」
「あははは…"おかしなセネカ"。アグリッピナ様は、あまり哲学者がお好きで無いのでしょうか?」
「だってよく分からないもん。」
「だったら直接その疑問を投げかけてみては如何でしょうか?」
「誰に?」
「"おかしなセネカ"にですよ。」
パッラスはウィンクしてくれた。
確かに悪くないかも。でも、道案内って事は。
「お金…取られるのかな?」
「あっはっはっは!むしろ、喜んで答えてくれますよ。」
私達は次の朝、昨日セネカがいた場所へと向かった。すると今日は小鳥とはまるっきり話をしてなくて、階段の端を行ったり来たりして考え込んでいる。
「パッラス…。やっぱりおかしいよあの人。階段降りるのか登るのか迷ってるんだもん。」
「あははは…。」
さすがのパッラスも苦笑していた。
「セネカさん?」
「うん?やぁ!君達は昨日の。」
「アグリッピナです。」
「ゲルマニクス様のご長女でらっしゃる。本日は如何なされました?」
「貴方って哲学者なんでしょ?一体何なの?哲学って。」
あごをさすっていたセネカは驚いた顔をして、固まっている。
「ここのパッラスは人生の生き方を案内してくれる人だって教えてくれたけど…。そもそも先の事なんて誰にも分からないじゃない。何だか先の事ばっかり考えてたら、惨めにならない?」
するとセネカは目を閉じて考え込んでしまった。暫くしてから目を見開き手をポーンと叩いて、突然感謝の言葉を浴びせてきた。
「ありがとうございます!アグリッピナ様。実は僕もお師匠のアッタロス様から同じような事を投げかけられてたのですが、確かに『未来を気づかう心は悲惨なり』ですよ!」
うん?
何だか私の質問が誤魔化されてるみたい。
「で、それで…哲学って何?」
「フフフ、私にも分かりません。」
「えええ?!」
「偉大なるソクラテス様は、考え過ぎて奥様から冷や水を浴びせられたそうですしね。それにそれが分かったら、哲学者はもういらないでしょう。」
「はぁ?!!!」
「でも、アグリッピナ様。『何故』とか『何』と疑問持つ事は大変素晴らしい心構えだと思いますよ。」
「ほ、本当に?」
まんざらでもなかった。
「『まだ感じやすきうちに心を訓練するは容易なり』です。きっと貴女は立派で聡明な方になるでしょう。」
「あの、リウィア大母后様みたいに?!」
「ええ!貴女は人に何かを与える事のできる存在です。」
私は満足してパッラスと帰った。
パッラスは微笑んで良かったですねっと言ってくれた。
「パッラス、私は哲学が何だか分かった!」
「何です?」
「人を褒める仕事なのよ。」
「え…?」
全く分かってなかった。
しかも私は褒められたのをいい気になって、当分の間はずっと勘違いしてセネカの真似ばっかりしてた。
続く