第五章「パラティヌス生活」第六十三話
「へぇー。」
「つまり、この計算式を使うとさらに、ここからこっちになって、こうなるわけ。」
「おお、なるほど!」
ドルススお兄様とパッラスはとっても気が合うらしく、ドルススお兄様がアレキサンドリア図書館で覚えてきた演算や計算式をパッラスに教えていた。
「っとなると、こっちはこのままの数で置いてていいわけですね?」
「その通り!さすがギリシャ人だけあるよ、パッラス。お前頭の回転が速いよ。それに比べて…ユリア。」
「はい…お兄様。」
「何でこんな簡単な計算もできないんだよ?お前、これ途中式が迷路みたいだし、全然何て書いてあるか読めないし。」
昔っから、私は人を迷わすのは好きだっだけれど、何かを解くのは面倒で苦手だった。ギリシャ人が何でこんなものを発見したのか、サッパリ。
「お兄様、だってよくわからないんですもん。これとこれが一緒になると増えるの?減ってもいいじゃない。」
「そりゃあ、そういうルールになってるからだよ。」
「そんなルール誰が決めたんですか?」
「昔の…偉い人だよ。」
「もう、死んじゃった人なんでしょ?」
「そうだよ。」
「だったら、今日くらい減ったって、その人が生き返って怒りにきませんよね?」
パッラスは横で苦笑してたけど、ドルススお兄様は多分呆れていたと思う。そのうち相手にされなくなって、パッラスの弟フェリックスと遊んでろって言われるようになった。
「フェリックス…計算とか分かる?」
「じぇんじぇん。サッパリ。」
「だよね?大体、何で減ったもの同士合わせると、増えちゃうわけ?」
「うーん、あれじゃないっすか?敵国が、ローマに負けて兵士の人数が減ったもの同士、ローマの支配下になれば、奴隷達が増えるって事では?」
「なるほど!そういう事ね!スゴくよく分かった。」
全然分かってなかった。
多分、何でも良かったのかもしれない。分かったふりであれば満足だったから。でもフェリックスと私はそれから、色々な事を話すようになった。とにかく彼は発想が面白い。誰にも思いつかないような奇想天外で。
「ではアグリッピナ様、質問いきますよ~。」
「待ってました、フェリックス。」
「問題!ある所に毒に侵された旅人がいて、川に出くわしました。向こう岸まで日没まで渡らないと毒が身体中に回って死んでしまいます。近くには橋も無く、壊れ掛けの小舟が一台。その旅人は全く泳げません。しかし、なんと旅人はある方法で、毒が身体中に回ってしまう日没前に、見事、向こう岸に渡ってしまったのです。どうやってでしょうか?」
「うーん。小舟で途中まで行って、その後泳いだ。」
「ぶっぶ~!その人はアグリッピナ様みたいには泳げません。」
「そっか~。うーん、カエサル様に頼んで橋を作って貰った。」
「ぶっぶ~!それじゃとっくに死んじゃってるじゃん。」
「分かった!その川はイデアの川で、毒が回るのを待って、死んで見事に渡った。」
「ぶっぶ~!ていうか、死んじゃったら意味ないじゃん。アグリッピナ様の発想は物騒だよ~。」
「うーん。ルビコン川だった。」
「うーん。悪くないけど、惜しい!」
「えー!えー!本当に?!」
「答え!浅瀬だった。」
「そっかーー!それは思い付かなかった!」
「アグリッピナ様は頭を柔らかくしないと、ニッヒヒヒ~。」
今考えればバカバカしい問題ばっかりだったけど、そのバカバカしさが時には子供達の流行りになるのも事実で。フェリックスとばっかりやって遊んでいたら、ドルススお兄様とパッラスが混ざってお互い問題を出すようになってきた。
「そっか、後ろの荷馬車を引いてる人が、前の人にとって兄弟じゃなかったら、姉妹って事か~!さっすがだ、フェリックス。」
「ハイハイ!ドルススお兄様、私も考えました!」
「おお、本当か?ユリア。」
「本当に大丈夫ですか?この間もアグリッピナ様は自分の答えにわけ分からなくなっちゃって…。」
「今度は大丈夫!自信あるんだから、フェリックス。」
私は思い付いた問題を、胸を張ってみんなに出題する。
「三人の男の子がいます。目の前に二つのりんごがあります。一刺しでみんなで等分にするには、如何すればいいでしょうか?」
へへ~ん。
これなら計算が得意なドルススお兄様もパッラスも答えられまい。
「そんなの、それぞれのりんごを三等分して…。」
「駄目ですよ、ドルスス様。アグリッピナ様は『一刺しでみんなで等分に』って言ってるんですよ。」
「なに?!一回だけしか切れないのかよ~。」
「一刺しです。」
「そしたら、りんごを二つ並べて一気に…。」
「そうすると、四等分になっちゃいますよ、ドルスス様。」
みんなは一生懸命考えに考えたが、結局誰も答えられなかった。パッラスも目が回るほど考え抜いて、ドルススお兄様は大の字になって疲れてる。
「もう、降参。ユリア答え教えてくれ!」
「やった~!」
「一体何なんだろ?答えって。」
「答えは簡単よ、フェリックス。三人で二つのりんごを、一刺しでみんなで等分にするには…。」
ドルススお兄様、パッラス、フェリックス。みんなが興味深く私の顔を覗いてきた。答えを知りたいらしい。
「一刺しで…誰か1人殺せばいいの。」
「…。」
「…。」
「…。」
ゴン!
痛ったい~!ドルススお兄様から強烈なゲンコツを喰らった。
「だってぇ~!1人殺せば、残りの2人みんなで仲良く等分に…。」
ゴン!
「ユリア~!バカぁ!」
痛~い!またゲンコツ喰らった。
せっかく良いアイディアだと思ったのにな…。
続く