第五章「パラティヌス生活」第六十一話
「もう!リヴィアって本当にムカつく!」
「どうしたんですか?アグリッピナ様。」
「年上なのにすっごく意地悪いの、パッラス。」
あたしは何かと愚痴をいつもパッラスに聞いてもらってた。その度に、パッラスからは相手と同じ立場で怒っても意味が無いです、と笑われたけど。
「そんなの分かってるって。でも、やり方が卑怯すぎると思わない?透き通った桃なんて!」
「アッハハハ!自分もそうすれば、アグリッピナ様から桃をすんなり貰えたのかもしれませんね?」
「パッラス!!あなたまでひどいじゃない!」
「アッハハハ、すみませんでした。では、代わりにいい案をお教えしましょう。これなら、必ず相手の桃をゴッソリいただけますよ。」
「え?!本当に?!」
「ええ、もちろん盗みなんかじゃありません。」
アルテミスゲーム。
アルテミスとは、ギリシャ神話に出てくる狩猟・純潔、そして月の女神。小アジアにある商業都市エペソスにはアルテミス神殿がある。ここの神殿に祀られてある女神の神像胸部には、多数の乳房に見える卵形の装飾を付けた外衣がまとってあり、それを見たギリシャ人がこのゲームを考案したらしい。
「ゲームのルールはこんな感じです。円形の中に、互いに同じ数だけの石を一つずつ交互に埋めていき、先に石を埋めた方が勝ち。円形の面積からはみ出して置いたり、重ねて置いたりしてはダメ。相手の石を如何に残させるかが勝負。」
「自分の石が残ったらダメなのね?」
「そうです。最後に相手を負かす時には、大きな声でアルテミスと言ってください。」
「うわ~本当だ。パッラスが勝った。」
「いいですか?必ずある事をすれば、先手であろうが、無かろうが相手は必ず負けます。」
「ええ?!本当に?!」
「まず、全ての石を対角線上に置いて…。」
パッラスは何とエペソス人からこの必勝法を教えてもらったらしい。これなら桃を全部賭けたって負けやしない。きっとリヴィアの事だから、自分が負けるわけ無いって思うはず!私は意気揚々とリヴィアに果たし状を手渡した。
「何ですって?!」
「だから、桃の全てを賭けて闘いましょう。私が負けたら大母后様から頂いた桃は全部差し上げます。でも、リヴィアさんが負けたらその桃は全部貰います。」
「いいわよ。」
「もちろん、透けてるとか透明とか、お腹の中に入った桃とか、そういう屁理屈は無し。今リヴィアさんがその手にしてる誰にも食べられていない新鮮な桃を全部貰います。」
「もう!しつこいな~。あたしが負けた場合じゃなくって、あんただって負けたらその桃は全部頂くからね!」
「ええもちろん!アルテミスゲーム、始めましょう。」
まんまとリヴィアは引っかかった。けれど私はパッラスから教えてもらった方法で、先に面積の中心に石を置き、後はリヴィアの石の対角線上に同じ石を置いてった。すると見事にリヴィアはどこにも置けなくなる。
「アルテミス!」
「えええ?!何で?!どこにも置けないじゃない!」
「あたしの勝ち~!」
「ま、まぐれよ。もう一回!!」
「イイわよ、何度でも。」
とっても気持ちが良かった。
何度やっても、結果は同じ。今日は全部リヴィアの桃を貰った。リヴィアは相当悔しかったらしく、次の日、大母后様に言いつけてきた。
「へぇーアルテミスゲームねぇ?面白そうじゃない。アグリッピナ、私とやってみましょう?」
「はい。」
大母后様にルールを説明して、三回勝負になったが、一回目の途中で大母后様は必勝法に気が付き、二回目以降は私が惨敗だった。
「アルテミス!アッハハハ、また私の勝ちね?アグリッピナ。」
「はい、私の負けです。」
「えええ?!大母后様?どうやって勝ったんですか?」
「フフフ…。秘密よね?アグリッピナ。リヴィア、その位自分で考えなさい。貴女は年上でしょ?」
でも、リヴィアはさっぱり分からなかったみたい。ネロお兄様と結婚した後でも私に負け続け、ようやく気が付いたのは彼女の晩年だった。
続く