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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第二章「父」少女編 西暦18年 3歳
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第二章「父」第六話

『ローマの生きる英雄』

『ゲルマニアを征服せし者』


お父様を称える言葉は、ローマ市民の数だけあると言っても過言ではない。

だが、娯楽に飢えた市民とは裏腹に、たとえ軍人であろうとも敵にも味方にも憐れみを忘れないのが、ゲルマニクスお父様の最も尊敬すべき処。


「ピソの奴め!何が『我ら、ローマの為に!』だ。」

「貴方…。他に聞こえたらどうするのです?」

「別に構わん!わしはあやつの打算的な、物の言い方が気に食わないだけだ!」

「そうは言っても、ティベリウス皇帝陛下から直々に命が出されているのですよ。断るわけには…。」

「分かっておる!しかし、今の若いローマ兵にはシリアは荷が重すぎるのだ。それも撤退から目を反らす為への遠征などと…。」


お父様は争いの過酷さを知っているからこそ、臆さず争いに批判的になれる。そしてご自分の兵を大切にしたいからこそ無謀な争いを避け、己の命や守るべき家族の為に戦うよう若き兵隊へ檄を飛ばしていたという。幼いながら隠れて聞いたこの事は、私の一生を変える出来事。でもこの時は、父が再び戦場へ行かなければいけなくなった事実のほうがとってもショックだった。


「ユリア?」

「ドルススお兄様…。」

「お前、さっきからどうしたんだ?」

「いえ…。」

「落ち込んでるのか?」

「はい…。」

「またガイウスに虐められたのか?」

「え?あ、虐められましたけど…。」

「ガイウス!!!」

「はい!?ドルススお兄様?」

「お前!またユリアを虐めたな?!」

「え?ソレラを投げただけで、ユリアを虐めてないですよ。」

「お前!それがいじめっていうんだよ!」


ドルススお兄様は本当に優しいお方。

妹想いで、真っ直ぐで、決して疑わないお方。


「あ、でも、ドルススお兄様。私がショックだった事はそんな事ではないのです。」

「何?」

「お父様が…。」


私は堪らず泣いてしまった。

また戦場へ行かれ、長い間お帰りになれない。その寂しい想いが、あの頃の私の想いを締めつけていた。


「ドルスス!どうした?」

「ネロ兄さん…。」

「ドルスス兄さん、ユリアを虐めたんでしょ?」

「バカ!お前と一緒にするな。」

「どうした?ユリア。」


幼い頃の私の涙はまだまだ無垢なもので、寛容的な優しさに触れるとまるで洪水のように溢れてしまう性分。優しさに弱い性格だった。ネロ兄さんは私を抱え上げてあやしてくれるけど、私はますます大声で泣いてしまったのだ。


「貴方…ユリアの泣き声が。」

「うん?珍しいな。どれどれ。」


親にとって泣き止まぬ子供とは、てんかんの疑いを持たなければいけないこと。特にお父様もお母様も、ガイウスお兄様を無事出産されるまでに、二人の未熟児を死産させてしまっているからなおさらだった。幼い子供の泣き声はついつい神経過敏になってしまうもの。


「どうした?子供達よ。」

「お父様、ユリアが全く泣き止まぬのです。」

「ドルススありがとう。」

「お父様、ひょっとしたら…。」

「ネロ、むやみやたらに口走るでない。」

「はい…。」

「僕は虐めてないですよ!」

「あっはっはっは。ガイウス、お前はそんな子じゃない。安心しろ。」


本当は虐めたけど…。


「どれどれ、ネロ、ユリアをこちらに。」


お父様の大きくて太い両腕が、私を空高く舞い上がらせる。私は一瞬、鷹のように空を飛翔出来たような気がして、すっかり切ない想いは消えてしまった。そしてお父様はいつもの様に、私をヒョイっと肩に乗せた。


「ほうら!もう大丈夫だ。」

「本当だ…。」

「さすがお父様だ。」

「僕だって…いつかできるよ。」


お父様の事が大好きで大好きで仕方ないから、だからこそピソなどの話には従わず、生き延びて欲しかった。でも、幼い私が抵抗できる術は泣くくらいしかなかったのだ。


「ユリア!お前は本当に高い処が大好きだな?がっはっはっは。」

「だって、見下ろすのが大好きなんですもの。」

「そっか!うんうん、いい事だ。」


私はいつもの様に、お父様のほっぺにキッスを三回した。


「ユリア…。この世で最も無用な物はなんだと思う?」

「何でしょうか?お父様。」

「無知と欲望の奴隷になった争いだ。」

「…。」

「これほど無用で醜い物はない。奴隷を雇う事は、己が欲望の奴隷になっている証拠なのだ。争いを求めるという事は、己が怖くて弱く、自分の考えが正しいと思い込んでいるからだ。」

「はい。」

「だから父さんはお前達には、争いや身分や奴隷など必要のない、本当の平和を謳歌できる未来に生きて欲しい。空を見てみろ!あの広大さは誰にでも平等にあるのだ。」


でも私はふと一つの疑問が浮かんだ。


「曇りの時でも?」

「く、曇りの時か...。」

「うん。」

「あは、がっはっはっは!ああ!曇りの時でもみんなに平等に曇りだ!ユリア、お前は本当に頭がいい!」


お父様は、泣きわめいていた私に優しく接してくれたが、すでに心の中ではシリアへ遠征に行く事を、決めてらしたのかもしれない。


続く

【ユリウス家】


<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>

主人公。後の暴君皇帝ネロの母。


<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>

アグリッピナの父


<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>

アグリッピナの母 


<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>

アグリッピナから見て、一番上の兄


<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>

アグリッピナから見て、二番目の兄


<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>

アグリッピナから見て、三番目の兄


<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>

アグリッピナから見て、一番目の妹


<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>

アグリッピナから見て、二番目の妹


【アントニウス家系 父方】


<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>

アグリッピナから見て、父方の祖母


<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔母


<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔父


【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】


<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの飼い犬


【クラウディウス氏族】


<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻


<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男


<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男


【ティベリウス皇帝 関係】


<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官


<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。


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