第四章「大母后と祖母」第五十九話
「そう、そんな事があったの。」
「はい…。」
「そうね、奴隷との距離感は自分自身で決めるしかないでしょう。確かにギリシャの絶対的な奴隷制に比べたら、幾分寛容的な政策であるのは確かだけれども、でも、それは各個人の扱い方によって様々に変化しているのは確かね。」
私は大母后リウィア様に、アクィリアの一件の事を話した。
「今回の一件は、双方の奴隷に対する見方や考え方の違いが引き起こしたものだと言っても過言ではないでしょう。人間関係において共通認識である事でさえも、この前教えたように如何様にも自分の好きなように解釈をするのが人間です。」
「はい…。」
「アグリッピナ、貴女は人から与えられた物をどのように使いますか?」
「物ですか?例えば…どんな物でしょう?」
「そうね、何でも良いのよ。目に見える物でも、目に見え無い物でも。」
ちと難しい…。
「フフ…。まぁとにかく、人は与えられた物でさえも、様々な扱い方があるのは確かね。大切に扱う者もいれば、乱暴に扱う者もいる。几帳面に扱う者もいれば、大胆に扱う者もいる。たったこれだけでも四種類の考え方があるでしょ?」
「本当だ…。」
「その為にも、常に自分が何に属し、自分の発言が何を意味しているのかを考えないとね。」
私は一つ、リウィア様の言葉が妙に引っかかってしまい、恐る恐るリウィア様はどのようにお考えなのかを聞いてみた。
「リウィア様は、やはり奴隷達は…『物』という考え方なのでしょうか?」
しかしリウィア様は、静かに顔をあげて、どこか昔の頃を思い出しているような表情を見せた。
「ローマの法を厳守する国家の母としてなら、その通りと答えるしかないけれど…それ以外ならば、その通りとは断じて言えないわね。」
「リウィア様…。」
「私も幼い頃、今のアグリッピナのような体験を何度も味わった事があるの。その度に何度も自分に言い聞かせてきたけれど、人の扱い方は本当に様々。自分の愛犬は可愛がるのに、奴隷を次から次へと"壊す"者もいたのよ。少なくとも、私には耐えられなかった。」
多くの奴隷達が、きっとリウィア様を通り過ぎたのだと思った。
「だからね、大切な事は胸の中にしまっておきましょう。その事を探してくれたアグリッピナと、今日の私が出会えたように、貴女もきっとそれを探してくれる誰かと出逢えるでしょう。」
大母后様が書かれた回想録にも、奴隷達に対しては、一貫して国家の母としての姿勢を崩されなかった。でも、この事は、私とリウィア様だけの秘密。
「そうそう、来週からアントニアがパラティヌスへ戻ってくるのでしょう?」
「はい!」
「良かった。実は孫のドルスッス達の長女リヴィア・ユリアも貴女と一緒に此処で勉強する事になったから。」
「リヴィア…さん?」
「あら?会ったこと無いのかしら?アントニアから見れば、アグリッピナと同じ孫なのよ。」
そう、このリヴィアが、後のネロお兄様のお嫁さんになる人。そばかすが鼻筋にあり、高飛車で高慢ちきでいじめっ子。なんでも自分が一番で、何でも知っていないと気が済まない女の子だった。
続く
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>
アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。
【後のアグリッピナに関わる人物】
<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>
ウェスタの巫女の長
<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>
アグリッピナの盟友
<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>
アグリッピナの悪友
<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>
後のアグリッピナ刺殺犯