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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第四章「大母后と祖母」少女編 西暦18年 3歳
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第四章「大母后と祖母」第五十六話

"おねーたん!桃は?"

"はい、あるよ。"

"今日もいっぱいらね?"

"一緒に食べよっか?"

"うん!"


食いしん坊のアクィリアだったけど、でもいつも可愛かった。木登りが得意な私が、時折インスラのポルティコの上に登ったりすると、目を輝かせて私と同じ真似をしようとする。


"アングッピナ様、凄い!"

"へへん!すごいだろー!"

"あたしもやる!"

"アクィリアはまだ子供だから無理だよ。"

"やだ!やりたい!"

"危ないからダメだよ。"

"やだやだやだ!"

"ダメったらダメだよ。もう~。フェリックス、パッラスなんとかしてやんなさい。"


できないとアクィリアはギャーギャー泣いて叫ぶ。どっちが奴隷で主人だか分からないほど。でも、とても可愛かった。セルテスは馬車の手綱を持ちながら、俯いたパッラスに話掛けている。


「アントニア様は、ちゃんとギリシャ式で葬ってやりなさいって事だ、パッラス。」

「ええ…そうですね。」

「どうだろう?遺灰は私に任せてくれないか?」

「?」

「これでも、私の先祖様はシラクサでセリヌンティウスの名前で石工をやっていたんだ。そこまで上手くできるか分からないが、アクィリアちゃんの可愛い大理石の像を作ってあげるよ。」

「はい、ありがとう…ございます。」


馬車はゆっくりとローマ市内を抜けて、郊外のある三叉路抜けたところに出ると、セルテスはゆっくりと馬車を停めた。


「ここです。ここに、知り合いのユダヤ人がいます。」


サリウスは黙ってアクィリアを抱えている。私はリッラの手に引かれながら馬車を降りると、パッラスは私の顔をジッと見ていた。私もパッラスの顔をジッと見ていた。


"アングッピナ様、今日もおはようごじゃいます。"

"アクィリア、よくできたねー!"

"今日も、だいぼこう様のとこですか?"

"ううん、今日はクラウディウス叔父様のインスラまで、お使いに行く事になったの。ああ!アクィリアは、この前のブドウが欲しいんでしょ~?!"

"ううん…。"

"どうしたの?"

"いつ帰ってきますか?"

"え?"


枯れた涙は既にパッラスから去っていた。けれど、どうしようも無い虚無感が彼の身体から元気を奪っていたのは確か。


「アグリッピナ様…。」

「パッラス…。」


くたびれた目元から、再び涙が流れそうだったので、私は首を横に振って堪えるよう命じる。小さくため息漏らしたパッラスは、二三度頷いて、再びサリウスのそばにいた。


「やぁセリヌンティウス。」

「イーサク。元気だったか?」

「いきなりきてどうしたった?」

「緊急でな、子供を一人弔いたい。」

「なら、昼間まで待ってくれった。」

「いや、それがギリシャ人の奴隷の子供で、火葬にして欲しいと。」

「火葬?!それは無理たった。ギリシャ人の奴隷は…。」

「アントニア様が、死後に解放されたんだ。」


イーサクという人物は、伸ばしたヒゲを摩りながら、色々考えて答える。


「そいつは~ずいぶん急だなった。」

「殺されたんだ。」

「分かったった。それならうちのカカアに泣き女やらせるから。ギリシャ式だと少し値が張るが、それでもいいたったか?」

「パッラス!」


アントニア様から渡された葬儀費用を全額イーサクに渡すと、イーサクは硬貨を数え出して、多すぎると幾らか突き返した。


"ねぇー、アングッピナ様はすぐ帰ってくる?"

"うーん、どうだろうね。"

"…。"

"アクィリア…。"

"早く…帰ってきて下さい、アングッピナ様。"

"うん、分かった。そうだ、アクィリア。寂しくなったら、これを鳴らしなさい。"

"何ですか?"

"ドルススお兄様が作って下さった、鳴子。こうやって回すとポンポンって鳴るの。"

"うわぁ~!面白い。"

"お利口さんに待ってたら、これをアクィリアにあげるから。"

"本当に?"

"ええ、本当に。"


リッラは寂しそうにサリウスの抱きかかえるアクィリアを見つめている。リッラの手からその悲しみが伝わってくると、私は手をギュッと握り返し彼女を元気付ける。


「アクィリアちゃんは、アグリッピナ様達がお出かけになった後も、ずっとアトリウムで鳴子を鳴らしながら、ペロをとても可愛がってくれて。」

「リッラ。もう、感傷はお止しなさい。死者はいくら偲んでも、生き返ったりしないのです。」

「アグリッピナ様…。」


サリウスは、気丈に振舞おうとしている私の言葉に目を細めていた。すると、床に一つの玉がアクィリアの遺体から転がってきた。拾い上げるリッラ。


「なんでしょうか?これ。」

「鳴子の…。」


私はいてもたってもいられなくなって、泣き出してしまった。今まで大理石のように気丈に振舞おうと務めていたがもう、無理だった。アクィリアはずっと今でも、私の帰りを待っていてくれたのだから。


続く


【ユリウス家】


<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>

主人公。後の暴君皇帝ネロの母。


<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>

アグリッピナの父


<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>

アグリッピナの母 


<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>

アグリッピナから見て、一番上の兄


<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>

アグリッピナから見て、二番目の兄


<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>

アグリッピナから見て、三番目の兄


<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>

アグリッピナから見て、一番目の妹


<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>

アグリッピナから見て、二番目の妹


【アントニウス家系 父方】


<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>

アグリッピナから見て、父方の祖母


<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔母


<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔父


【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】


<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの飼い犬


【クラウディウス氏族】


<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻


<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男


<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男


<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>

アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女


【ティベリウス皇帝 関係】


<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官


<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。


【後のアグリッピナに関わる人物】


<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>

ウェスタの巫女の長


<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>

アグリッピナの盟友


<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>

アグリッピナの悪友


<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>

後のアグリッピナ刺殺犯

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