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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第四章「大母后と祖母」少女編 西暦18年 3歳
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第四章「大母后と祖母」第五十五話

「そ、それで…、アクィリアは…そのまま…グッス…馬車に引きずられて…。」


パッラスは溢れる悔し涙を抑えきれず、アクィリアの最期を話してくれた。


「街の者達の話では、ドミティウス様の二輪馬車が何度も回り込んで、まるで狩をするように…アクィリアを…」

「サリウス!もういいです。」


アントニア様はサリウスの話を止めた。余りにも無惨な亡骸になってしまったアクィリアが、私には今でも信じられずにいた。あの玄関の外に置かれた布切れを開けると本当にアクィリアが居るのだろうか?


「アントニア様…アクィリアは俺達の本当の妹なんかじゃなかったんだ…。こいつは生まれた時から、母親と父親を知らずに育ったんだ…。でも、精一杯生きてきたんだ。」


ふと見ると、フェリックスの様子がおかしい。目を大きく見開いて、ジッと私を見つめて硬直している。私はすぐさま大声で叫んだ。


「フェリックス?!」


するとフェリックスは突然倒れて身体を引き付けを起こしている。クッルスがとっさに抱きかかえた。


「クッルス!フェリックスの口を抑えろ!」

「わかってる、分かってるぜ!」


シッラとリッラはお互いの身体を震わせて見ている。時折、フェリックスの喉から水を吐き出すような音が、二度、三度聞こえてくると、サリウスは鋭い目付きでパッラスを睨む。


「てんかんだ…。パッラス、なぜ黙っていた?!」

「そんな嘘だ!」


ガイウス兄さんと同じ症状で、目はトロンと垂れ下がって、身体中が硬直し始めている。アントニア様は険しい顔でゆっくりと目を閉じている。


「今回初めてなんだよ!」

「嘘をつけ!明らかに今までだってあった症状だぞ!」

「し、知らないよ!」


目を見開いた険しい表情のアントニア様は、突然パッラスに近付き頬を叩いた。


「お前はまだ己の保身をするつもりなのか?!」


驚いたパッラスは口を開いたまま、頬を抑えてビックリしている。


「血の繋がらない娘を引き取り、弟のてんかんを騙し騙しこなし、やれる事といえば偉そうな態度と盗みと嘘!その結果がこの有様だとなぜ分からんのか?!なぜ自分一人でできると過信した?!」


膝からガクッと砕けたパッラスは、自分の無力さをまざまざと感じずにいられなかった。


「パッラス、覚悟しておき!私はお前を絶対に許さない!私が死ぬまで、お前とそこの弟は私の奴隷としてこき使ってやる!だから、夜明けになる前に早く!外のおチビちゃんを葬ってきなさい!」


そういうと、アントニア様は必死に堪えて二階の寝室へと駆け込んでしまった。一瞬、私はアントニア様を鬼の様に冷たい人だと感じたが、よく考えると、二度とこのような事が起きないように、全ての責任はアントニア様が持つと仰ってたのだ。


「サリウスさん、アントニア様のドムスにアクィリアを入れるわけにはいかない。早く弔ってあげないと。」

「だが、セルテス。ローマの街のなかで遺体を埋めたり焼いたりすることは禁じられている。」

「それなら郊外にユダヤ人の知人に頼みましょう。彼なら良い泣き女と、郊外の良い場所に土葬してくれるはずですので、私も行きますよ。」


しかしクッルスの事態は芳しくなかった。


「サリウス、悪いがフェリックスは俺達の街に一旦連れて行く。症状がよくなるまで知り合いに預けておくよ。」

「分かった。そうしてくれるとありがたい。」


パッラスは未だに床にうち塞がれたまま。


「ほら!パッラス!いい加減に立つんだ!」


茫然となったパッラスは、サリウスに腕を掴まれて、無理矢理身体を起こされようとしている。


「血が繋がらなくとも、お前の妹であった事は確かなんだ。しっかり兄貴として、責任を果たせ。」

「…。」


パッラスは全ての気力を失ったまま、ふらりふらりと立ち上がった。


「待ちなさい、パッラス。」


手に二つの袋を持ったアントニア様が、二階から戻ってパッラスを止める。


「少ないけれど葬儀費用。セルテスの友人に渡してあげて。これは小麦粉でできたお菓子。地獄の番犬をなだめるため、あのおチビちゃんの口に供えなさい。」

「はい…。」

「それと…剃刀。あんたの髪の毛を弔う時に剃るのです。」

「それは…?アントニア様。まさか?!」

「ギリシャでは自殺者、子供、そして奴隷階級の人間は土葬と定められてたそうだけど、あんな幼くて可愛い子が最期まで奴隷だなんて、不憫でしょう?火葬にしてやんなさい。」


アントニア様の心優しいお気遣いに、それらをひしっと掴み、パッラスは身体中を震わせて涙を激しく流し、感謝の言葉を何度も何度も伝えていた。


続く

【ユリウス家】


<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>

主人公。後の暴君皇帝ネロの母。


<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>

アグリッピナの父


<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>

アグリッピナの母 


<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>

アグリッピナから見て、一番上の兄


<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>

アグリッピナから見て、二番目の兄


<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>

アグリッピナから見て、三番目の兄


<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>

アグリッピナから見て、一番目の妹


<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>

アグリッピナから見て、二番目の妹


【アントニウス家系 父方】


<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>

アグリッピナから見て、父方の祖母


<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔母


<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔父


【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】


<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの飼い犬


【クラウディウス氏族】


<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻


<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男


<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男


<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>

アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女


【ティベリウス皇帝 関係】


<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官


<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。


【後のアグリッピナに関わる人物】


<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>

ウェスタの巫女の長


<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>

アグリッピナの盟友


<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>

アグリッピナの悪友


<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>

後のアグリッピナ刺殺犯

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