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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第四章「大母后と祖母」少女編 西暦18年 3歳
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第四章「大母后と祖母」第五十四話

アクィリアの失踪から小一時間が経ち、暫くしてお戻りになったアントニア様も明らかに動揺されていた。だが、やはり同じように奥歯を噛み締め、目を細めて気丈に振る舞ってらした。今宵はアントニア様にとって大切なご友人を迎賓する会だっていうのに。


「アグリッピナ、直ぐに服をきてらっしゃい。」

「はい…。」


フェリックスはジッと私を見つめている。私は後ろ髪を引かれる想いだったが、自分の立場を考え、アントニア様のご友人を迎賓する会へ参加するしかなかった。今日はシッラが一緒に着こなしを手伝ってくれる。


「あー、アグリッピナ様、本当に綺麗です事。」

「あ、ありがとう、シッラ。」


私は精一杯の笑顔を見せた。

するとシッラは私の前で泣き崩れてしまい、どうする事もできない状況。


「ど、どうしたの?!シッラ。」

「あー、アグリッピナ様。どうしてそれ程まで気丈でおられるのか…?幼いながら、いかなる時にも笑顔を振り撒こうとされるアグリッピナ様の心中を察しますと、私は自然と涙が湧き上がってくるのです。」

「…シッラ。きっとアクィリアは無事に帰って来ますよ。いつもの様に、"おねーたん、桃は?"ってがめつくね。」

「あー、そうですね。…きっと帰って来ますよね?」


またもやシッラは泣き崩れてしまった。私だって本当は泣きたい。叫びたい。でも、今は無理。我慢しないといけない。


アントニア様のご友人の方々は、本当に多種多様で裕福な方々ばかり。リウィア様が以前に教えてくれた、"先入観を持たずに、自分の血脈を常に意識して接する"を実践すると、人の本質とは見かけだけではないことが本当に分かってくる。おべっかを使う者や、笑顔に妬みを隠す者、私を通してゲルマニクスお父様や、さらにはご先祖様である曾祖父のアウグストゥス様にまで挨拶してる者や、一方で本当の私を見ようとしてくれる者までいた。


「まぁー!大母后様自らの教育を?!」

「私も昔は厳しくしごかれたのですが、孫娘のアグリッピナは一つも泣き言を言わないんですよ~。」

「それはそれは、とても将来が楽しみです事。」


ガイウスお兄様がカリグラという名のマスコットにされている気分が、少しずつ分かって来たような気がする。成人になって気付いた事だが、大人同士の会話には共通の話題となる子供が時々必要になる。それ程まで大人とは自由のように振舞って見せて、実は窮屈で退屈な世界を生きているのだ。


「アグリッピナ様…。」


後ろの壁あたりから誰かの声がする。私は他の方々に気がつかれないよう、静かに注意深く近寄ってみることにした。


「フェリックス!?どうしたの?こんな時に呼び出して。」

「ごめんなさい、アグリッピナ様。僕…やっぱりアクィリアの事が気になっちゃって。」

「今はサリウスとパッラスが探しに出掛けてるでしょ?」

「でも、きっとアクィリアのやつ、今頃寂しくて泣いてると思うから探しに行ってくるよ…。」

「貴方はこれ以上、アントニア様を心配させるつもり?」


フェリックスは俯いてしまった。

でも、フェリックス以上にアクィリアを探しに行きたいのは私だって同じ。


「辛抱強く待ちましょう。」


自分へ言い聞かせる言葉だった。悲しい位、細い光にすがるような想い。この先に残酷な結末なんてものがきっと訪れないだろうという楽観的な感情の防御。フェリックスは頷いて、私の言う通り給仕の仕事へと戻った。ようやく会はそろそろお開きとなり、誰もがほろ酔い気分で家路へと帰りつつある。


「また今度いらして下さいな。」

「はい、アントニアちゃん。おっとと、そうします。何かお困りな時には、ぜひ相談に乗りますので。」

「いや~ワシらは今年こそ、アントニアちゃんには、今年こそ結婚してもらわないと!」

「フフ…考えておきましょう。」


最後のお客様をお見送りされたアントニア様は、ため息を尽きながらセルテスに門を締めるよう命じる。


「ふ~。あそこの夫妻は本当に夜まで話好きなのよ。」

「みたいですね。」

「たまに話し足りなくて、戻って来る事もあってね。」


さすがにお疲れのご様子で、アトリウムにある小さな椅子に腰掛けて、両手を顔で覆った。


「それで…サリウス達からは?」

「何も連絡はございません。」

「あたしも迂闊だったの。アクィリアをちゃんと連れていけば良かったのに。」

「いいえ、私が悪いんです。」

「アグリッピナ。いいえ、あのおチビちゃんを引き取ったのは私なのだから、貴方は自分を責める必要は無いのよ。」


ペロが門の方へ唸り出すと、ドンドンと大きな門を叩く音がした。私とアントニア様はお互いに顔を見合わせる。


「あら?また話し足りないあの夫妻かしら?」


アントニア様がセルテスに命じて門を開けると、そこには悔し涙で目を落としたパッラスと、物悲しく険しい顔をして、小さな布切れを抱きかかえたサリウスが立っていた。


続く


【ユリウス家】


<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>

主人公。後の暴君皇帝ネロの母。


<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>

アグリッピナの父


<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>

アグリッピナの母 


<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>

アグリッピナから見て、一番上の兄


<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>

アグリッピナから見て、二番目の兄


<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>

アグリッピナから見て、三番目の兄


<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>

アグリッピナから見て、一番目の妹


<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>

アグリッピナから見て、二番目の妹


【アントニウス家系 父方】


<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>

アグリッピナから見て、父方の祖母


<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔母


<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔父


【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】


<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの飼い犬


【クラウディウス氏族】


<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻


<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男


<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男


<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>

アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女


【ティベリウス皇帝 関係】


<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官


<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。


【後のアグリッピナに関わる人物】


<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>

ウェスタの巫女の長


<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>

アグリッピナの盟友


<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>

アグリッピナの悪友


<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>

後のアグリッピナ刺殺犯

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