第四章「大母后と祖母」第四十二話
「うん?どうしましたか?アグリッピナ様。」
「なんでもないのです、サリウス。」
知らぬ間に、あたしは震えていたみたい。足がガクガク。
「クッルス、今日はそろそろ引き揚げよう。」
「え?どうしてだ、サリウス。」
「俺達の仕事はアグリッピナ様の安全をお守りし、心の平穏のままにアントニア様のドムスへお連れする事。そうだろう?」
クッルスもさすがにあたしの怖がった様子を見て、異変を感じたらしい。私をゆっくり降ろして、険しい表情で辺りの様子を疑い出した。
「サリウス、几帳面なお前がそう言うからには、何かがあるんだろう?」
「まぁ、その事はいずれ後で話そう。」
「分かったサリウス。アグリッピナ様、ではあっしの前をお歩きください。」
「はい、クッルス。」
辺り一面を一気に二人の緊張感が包み込むと、さすがに周りの人達も気軽にクッルス達へ声を掛けにくくなっている。私は胸にリウィア様から頂いた"アウグスタの桃"を必死に抱きしめながら、二人の警護に頼りっきりになってると、インスラの角からひょっこり、あの妹位の小さな女の子が桃を美味しそうにかじっていた。
「?!」
私はすかさず袋の中を見ると、既にあったはずの桃が無くなっていた。やっぱり!私は本当に恐くなって怯え出した。その女の子が桃を食べ終わると今度は誰かに何かをねだっている。
「おにーたん、おにーたん。クルクル馬車やって。」
「ああイイよ、アクィリア。」
ポルティコでニヤニヤしていたさっきの青年が、今はとても優しそうな眼差しで自分の細い右腕にあの女の子をぶら下げてクルクル回して遊んでいる。その横には、ネロお兄様と同じ年位の男の子もいた。みんな見窄らしい格好だったけど、でも目はくっきり輝いて楽しそうだった。
「アクィリア!楽しいか?」
「アハハ!うん!たのちー!」
女の子はとっても楽しそうだった。それを見ていた私は、なんだか急に家族が恋しくなり、私一人だけローマに残された中で一番寂しい思いになった。彼ら三人を見てたら少しだけジワリと涙目になり、それに気が付いたクッルスが優しく微笑みながら涙を拭いてくれた。
「ありがとう…。」
「さぁ、アグリッピナ様。今日は帰りましょう。」
「はい…。」
しかしサリウスはその間もジッと彼ら三人を見つめている。まるで何かに刻み込むこむように、冷静に、彼らの姿を記憶している。そこへクッルスもサリウスの見ている先を見ながら話しを始める。
「蛮族の路上生活孤児共か?」
「ああ、多分そうだろう。」
「クロアカ・マキシモの連中か?」
「ああ、シッラの話じゃインスラにある防災通路のポルティコを使って、空き室になっている上の階を寝床にしている者もいるらしい。」
「けど、あいつらは何処かの奴隷になる予定だったわけだろ?幾らここが管轄区域の中では、比較的緩い方だとしても、どうやってクロアカ・マキシモから入ってきたんだ?それにいずれ奴らを放っておく訳にはいかないだろう。」
「我らの街に彼らのような存在がある以上、今までの様にはいかない事は確かだ。この事は上に報告する前に、我らの手で何とかしなければ。」
クッルスとセリウスもようやく、大母后リウィア様から貰った桃やアントニア様の井戸から水を盗んだ盗っ人が、あの青年である事をわかっていたようだった。
続く
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>
アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。
【後のアグリッピナに関わる人物】
<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>
ウェスタの巫女の長
<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>
アグリッピナの盟友
<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>
アグリッピナの悪友
<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>
後のアグリッピナ刺殺犯