第四章「大母后と祖母」第三十八話
確かにシッラやリッラやセルテスが語るように、インスラは四階建の立派な集合住宅。住んでる人々や、その周りで働く人達には活気が溢れていた。けれど…街中から漂ってくる異臭と、不衛生な環境と埃っぽい空気。あらゆる角には、無造作に捨てられた生野菜のゴミや食べカスの廃棄物。正直、自分が想像してた街並みとだいぶ違っててガックリした。
「クッルス…。す、すごい所ですね。」
「はい、ここはインスラの並ぶ中でも、一番活気に溢れてて、大衆食堂のタヴェルナも、彼処が一番美味いんっでさ。」
「そ、そう…。」
クッルスの瞳は活きいきしてる。サリウスも満更じゃない様子。みんなこれが当たり前なんだ。
「あれ?!アグリッピナ様?」
すると聴き覚えのある声が聞こえた。
「アッハハハ!シッラ、本当だ。アグリッピナ様だわ。」
え?!!シッラにリッラ!?
しかし、私達に近付こうとした二人を制止したのはクッルスだった。
「お前達、何者だ?!」
「あ…私らは、小アントニア様の…」
「シッラ、リッラ!」
「え?」
「クッルス、大丈夫です。彼女達は小アントニア様の解放奴隷料理人です。」
しかし、クッルスはギョロした視線で二人を疑っている。するとサリウスはどうやら二人を知ってるみたいで、クッルスに話して彼の信頼を勝ち得た。
「あー、こんなみすぼらしい街に、わざわざいらしてどうしたんですか?」
「そう~ですよ、アグリッピナ様。アッハハハ!」
「ええ、少し見てみたかったので、サリウスとクッルスに無理言って連れてってもらったの。」
「あれま、それは偶然だ事、アッハハハ!」
「え?」
シッラとリッラは何やらニコニコして笑ってる。
「ここは貴女様のお父様が、たまにいらしてた所なんですよ。」
「ええ?!」
ゲルマニクスお父様が?
するとクッルスはビックリしたように目をクルクル大きく見開いて、私の顔を覗き込んだ。
「何?!するってーと、アグリッピナ様とは、あの…ゲルマニクス様の…」
「そうよ、兵隊さん。ゲルマニクスはアグリッピナ様のお父様なのですよ。」
「ええ?!本当なのですか?!」
サリウスもビックリして私の顔を覗き込んだ。すると二人は突然跪いて頭を下げ、喜びを露わにする。クッルスはいても立っていられなくなったようで、突然私を肩に乗せて大声で周りにいる街中の人達へ叫び出した。
「おーーい!みんな聞いてくれ!ここにおられるお方は、あのゲルマニクス・ユリウス・カエサル様の長女であられるユリア・アグリッピナ様だぞーーー!」
「おい!クッルス!少しやりすぎだぞ!」
「ガッハッハッハ!いいじゃないか?サリウス!」
ビックリした。
クッルスの笑い方がお父様そっくりだったから。まさか、クッルスはお父様とは仲が良かったの?気が付くと辺りからいっぱい人がやってきて、私の姿を見るなり歓喜の声を一斉に掛けてくれた。
「アグリッピナ様。ここら辺に住む奴らはみんなみんな、貴女様のお父様の大きな愛によって助けられた人達なのでっさ。」
「お父様の大きな愛?」
「ええ。あの方は戦場が終わると、ご自分の兵士達を連れて、ここら辺一体のインスラに遊びに来るんでっさ。」
サリウスも少し嬉しそうにその後を教えてくれた。
「そしてみんなで夜通し遊びほうけて、お話をしたり。それはそれはみんな楽しい時間なのですよ。」
「あっしとゲルマニクス様の腕相撲は、今のところ…13勝13敗1引き分けでっさ~!」
本当にお父様の話になると、みんなが揃って笑顔になっていく。ある老婆はお父様の熱烈のファンで、私と握手を求めてきては泣きじゃくり、これでプルートー様のおられる冥府でも御加護になると喜んでいた。シッラもリッラも、辺りの騒然とした活気溢れる街に驚いた様子で呆然と見てるだけだった。
「さぁ!みんな集まれ。大衆食堂のタヴェルナでアグリッピナ様にご馳走を用意しよう!」
想像したより…あれ…だったけど。意外に…良い所かもしんない。
続く
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>
アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。
【後のアグリッピナに関わる人物】
<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>
ウェスタの巫女の長
<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>
アグリッピナの盟友
<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>
アグリッピナの悪友
<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>
後のアグリッピナ刺殺犯