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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第四章「大母后と祖母」少女編 西暦18年 3歳
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第四章「大母后と祖母」第三十五話

「だ、大母后様!?」

「アントニア…。お義母さんでイイわよ。今日は忍んで貴女の所に来てるのですから。」

「はい、お義母さん…。」


さすがにアントニア様も緊急を要する大母后様のご様子から察し、直ぐにアトリウムの隣部屋へと案内された。


「ユリアちゃん、二階の台所でシッラとリッラに遊んでもらいなさい。」

「はい…。」


しかし実はこの二階の階段からは、下の話している様子が伺える場所があるのだ。以前に歌ばっかり唄って料理をしていたリッラが、アントニア様の呼ぶ声が聴こえず怒られた事があったので、密かにセルテスに頼んでリッラの聞こえやすいように改良してもらったらしい。


「それにしても、アグリッピナは本当に頑張ってる娘だこと。勝気で負けん気の強さは、私達が思っていた以上ね。」

「でしょう?お義母さん。幼い頃にこの手で抱いた時に、ウィプサニアの兄妹の中で、全く泣かずにケラケラ笑ってたんですから。」

「上の…三男坊のカリグラとか呼ばれてるガイウスでしたっけ?アグリッピナは喧嘩してはガイウスを泣かせてるそうじゃない。孫のドルスッスの話じゃ、彼女の男勝りで負けん気の強さは賞賛に値するって。」

「ええ…。」


え?!ドルスッス様がそんな風に褒めてくださったの?嬉しい。


「ウツボを飼って首飾りをしていた貴女とは大違いだわ。」

「もうお義母さんったら。その話はよしてください。随分と昔の話なのですから。」


ウツボに首飾り?!

さっすがアントニア様。発想がアバンギャルドで自由というか、大胆というか…。


「さて、本題に入りましょうか?」

「はい。」

「貴女の実子であるゲルマニクスとその家族が、エジプトへ入国した事は本当なの?」

「…。」

「アントニア、素直に答えて頂戴。」

「はい、本当の事です…。」


お父様とお母様達がエジプトに?

アレキサンドリア図書館ってエジプトにあったんだ。それを聞いた大母后リウィア様は大きくため息をつかれた。


「フー…。ウィプサニアには、エジプト入国する事を、あれほど皇帝の承認が必要である事を念を押したはずだったのに…。どうしてまた?」

「兵士の話では、やはりピソ様との確執が誰の目から見てもかなり悪化している様子です。うちの子ゲルマニクスを慕う兵士達の、ピソ様への反乱も避けられない状況を打破する為だとは思いますが、うちの子は一度言い出したら頑固な所がありまして…。」


誰もが知っている有名なローマ人による反乱の話。そして私の曾祖父の大胆な不倫の話。

あの神君カエサルの右腕であるアントニウス様が、エジプトの女王クレオパトラ様と共闘して属州エジプトの大穀倉地帯を盾にローマへ弓を向けるようになった。その戦いに勝ったのだ、もう一人の曾祖父アウグストゥス様。その後の戦いの教訓から、エジプト長官には解放奴隷のみが就任させるようになっていた。エジプトは当時でも首都ローマの食料供給を支えていたという重要性から、ローマ皇帝の名目上私領となっている。当然、権威をもつ貴族や元老院議員がエジプトを握った場合、帝位を簒奪する可能性があるからなのだが、それらを懸念した大母后リウィア様ご自身が、エジプトへ無断で入ることを禁じるよう、アウグストゥス様へ提案なされた政策でもあった。


「フー。きっとゲルマニクスの頑固さは貴女譲りね。」

「ええ?そうかしらお義母さん。」

「そうよ。まぁ、それもあったからうちの夫は早々とゲルマニクスを養子にさせたのだけれど…。」

「問題はウィプサニアの方…と、仰りたいのですよね?お義母さん。」

「ええ…。」


お母様のことだ。


「ウィプサニアは未だに、自分の母親をティベリウスに放置されたと恨みを持っているわけ?」

「残念ながら。」

「って事は、当然私への恨みもあるわけね?」

「ええ、そのようです。」

「いいわよ、仕方ない事ですから。しかし、ゲルマニクスもウィプサニアも、本当に二人共似たような性格なのに、全く長く続いているわね?」

「それには、私は奇跡としか言いようがありませんが、個人的にはウィプサニアのゲルマニクスを思う気持ちは、分からなくもありませんですけどね。」

「あなたは見持ちの堅い女ですもの。」


大母后リウィア様は右手小指の先を咥えながら、壁の一点を眺めながらじっと考え事をされている。きっと多角的な観点から推敲されており、しばらくの間はアントニア様との間に長い沈黙が流れている。そして何かの対策を思いついたらしく、ようやくアントニア様へ目を向けた。


「アントニア。」

「はい、お義母様。」

「暫くはお互いに静観した上で、貴女はウィプサニアとゲルマニクスの壁になり、私はティベリウスとピソの壁になり、互いの架け橋になれるように最善を尽くしましょう。」

「それは、ウェスタ神官長オキア様の考えられた"我が身を先に差し出して、人の壁となり橋となれ、されば光の道開かれん。"ですね?」

「ええ。決してユリウスとクラウディウスの両家が争うことを避けなければいけません。それはローマ国家にとっても、全世界にとっても得策ではないからです。その為にもオキア様にも十分注意するよう、私から伝えておきます。」


お二人にとって、本当にオキア様の存在は大きいのかもしれないと思った。


「いまや私腹を増やしたい貴族やおべっかばっかりの元老院が、我も我もと両家へ集まってきます。もしも両家の誰かが、彼らの口車に乗ってにルールが取り除かれてしまったとき、これはローマの陥落を招く遠因になりかねません。せっかくあの人が作った揺るぎないローマの平和を乱すことを、この両家から決して出すわけにいかないのです。」

「たしかに。もうこれ以上ローマでの内戦を繰り広げてはいけませんね。」

「とにかく大事に至らない事だけを考えましょう。私はまた、貴女の女狐になってあげるから。」

「女狐だなんて、お義母さん。」

「いいわよ~アントニア。今更隠さなくたって。あんたが幼い頃から、教室の陰であたしの事をそう悪口言ってたのは知っていたんだから~。」

「ええ~?!どうして知ってるんですか?!」

「ほら!やっぱり~。」

「あ!お義母さんったら引っ掛けでしたのね?悔しい!」


そういうと、二人は明るく笑い出して、女性特有の流行の話になっていった。宮殿の時とは別人のような二人の寛容精神に、私もお二人の様に素敵な女性へなりたいと心底憧れを抱いた。


続く

【ユリウス家】


<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>

主人公。後の暴君皇帝ネロの母。


<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>

アグリッピナの父


<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>

アグリッピナの母 


<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>

アグリッピナから見て、一番上の兄


<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>

アグリッピナから見て、二番目の兄


<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>

アグリッピナから見て、三番目の兄


<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>

アグリッピナから見て、一番目の妹


<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>

アグリッピナから見て、二番目の妹


【アントニウス家系 父方】


<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>

アグリッピナから見て、父方の祖母


<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔母


<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔父


【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】


<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの飼い犬


【クラウディウス氏族】


<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻


<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男


<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男


<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>

アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女


【ティベリウス皇帝 関係】


<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官


<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。


【後のアグリッピナに関わる人物】


<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>

ウェスタの巫女の長


<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>

アグリッピナの盟友


<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>

アグリッピナの悪友


<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>

後のアグリッピナ刺殺犯

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