第四章「大母后と祖母」第三十四話
「まぁ?!アントニアの家に?!」
大母后様は目を大きくして驚いてる。昨日、私のそばで井戸から水を盗んだ蛮族の話をしたから。
「もっとしっかりとした基盤の元に、ローマ市内の治安維持法も改正しなければダメね。しっかしその蛮族もかなり度胸のある男だわ。アントニアの家に堂々と水を盗みに行くなんて。」
「あっという間でした。」
「ふ~。だからあの義娘、アントニアには再婚しなさいって何度もあの人と勧めたのよ。」
「アウグストゥス様とご一緒に?」
「ええ。けれどあの義娘は『私は夫を生涯愛しているので、再婚はいたしません』って。頑固なあの娘らしいはね。」
"女性は優しく在るべき。"と常に語るアントニア様。
実は再婚されなかったのには、もう一つの理由があった。それは、健全なローマ人の育成と真の平等と平和という壮大な夢。承知の通り、ローマ市民というのはあくまでも男性のみに与えられた権限であり、私達女性にはそういった権限が与えられていない。そのおかげで、アントニア様は宮殿の政治的なしがらみから離れ、客観性を持ってローマ人の本来在るべき理想の姿を形成する計画を立ててらっしゃった。
"女性は賢く在るべき。"と常に語る大母后リウィア様。
一方、長寿を全うされたリウィア大母后様も、アントニア様と同様にローマ市民の女性地位向上及び真の平等と平和を、いかに男性の威厳を損なわずに内助の功で達成させる壮大な夢があった。事実、後にティベリウス皇帝やセイヤヌスから私達を護ってくれたのは、晩年に私達を再教育してくれた他ならぬ大母后リウィア様。形や姿勢は違えど、お二人の根底にある人道的な情熱に、私は幼い頃多くの事を学んだと自負している。
「ところで、貴女のお母様ウィプサニアから何か届いたんですって?」
「はい。お母様からはストラとお兄様達からは、図書館で読んだ本から作ってくれたソックルとネックレスです。」
「まぁー図書館。へぇー何処の図書館?」
「確か…アレキサンドリア図書館と申してました。」
「アレキ…サンドリア図書館…?」
この頃の私は、本当にナイーブで何も分かって無かったのかもしれない。けれど、大母后様は図書館の名前を聞いただけで、直ぐにピーンと何かに気付いたらしくとっても険しい表情になっていた。
「アントニアの所に、兵士は来てましたか?」
「はい。」
「やはり…。」
「今日の教室はお開きにしましょう。これからアントニアの所へ貴女と一緒に行きます。」
大母后様はこの間のアントニア様が私に言ってくれたように、険しい表情のまま一つの誓いを守るよう言われた。
「でもいいですね?アグリッピナ。貴女は、今後如何なる事があろうとも、誰にもアレキサンドリア図書館の事を話してはなりません。いいですね?」
「分かりました、大母后様。」
「さぁ、アントニアのドムスへ行きましょう。」
私は一抹の不安を感じた。
確かにネロお兄様が書いて下さった手紙には、どうもシリア属州にはいらっしゃらないご様子。しかし、アレキサンドリア図書館が一体何処にあるのかも分からず、そして、お母様やお父様がそこへ行かれた事が、今後どういった意味を成すのか?この時までは、まるっきり分かって無かった。
続く
【ユリウス家】
<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>
主人公。後の暴君皇帝ネロの母。
<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>
アグリッピナの父
<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>
アグリッピナの母
<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>
アグリッピナから見て、一番上の兄
<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>
アグリッピナから見て、二番目の兄
<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>
アグリッピナから見て、三番目の兄
<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>
アグリッピナから見て、一番目の妹
<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>
アグリッピナから見て、二番目の妹
【アントニウス家系 父方】
<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>
アグリッピナから見て、父方の祖母
<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔母
<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>
アグリッピナから見て、父方の叔父
【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】
<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>
父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷
<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>
父ゲルマニクスの親友
<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>
父方の祖母アントニアの解放奴隷
<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>
父方の祖母アントニアの飼い犬
【クラウディウス氏族】
<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻
<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男
<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>
アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男
<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>
アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女
【ティベリウス皇帝 関係】
<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官
<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>
二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。
【後のアグリッピナに関わる人物】
<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>
ウェスタの巫女の長
<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>
アグリッピナの盟友
<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>
アグリッピナの悪友
<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>
後のアグリッピナ刺殺犯