表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紺青のユリ  作者: Josh Surface
第十六章「婚前の夜明け」乙女編 西暦27年~28年 12~13歳
300/300

第十六章「婚前の夜明け」第三百話


「アグリッピナお姉ちゃんも?」

「うん、そうだよメッサリナ。あたしが、三才の頃かな?もう今から十年も前の話だから。あんまし覚えてないけどね」


メッサリナに嘘ついた。

決して忘れるわけがない。本当はあの頃の光景をしっかり覚えてる。アッピア街道の大きな夕陽に消えて行く、ゲルマニクスお父様の後姿を。でも、あのアクィリアと同じ声でメッサリナに聞かれると、どうしても今度こそはって思いがある。


「あたしも。あんまり覚えてない」

「そっか、それはメッサリナも寂しいよね?」

「ううん、寂しくないよ」

「どうして?」

「だって、いつもここにいるし」


自分の胸を抑えながら、メッサリナは屈託ない笑顔でまた抱きついてきた。あの頃のアクィリアが今も生きていれば、きっとこんな風に笑ってたのかも。


「大丈夫、お姉ちゃんはもう寂しくないよ」

「え?どうして?」

「だって、アグリッピナお姉ちゃん、あたしのお姉ちゃんになってくれるんだもんね?グナエウス叔父ちゃんが言ってた」


グナエウス!

そっか!あたしが嫌がってた結婚相手だ。レピダさんのお兄様が、あたしの結婚相手だったんだ。


「あら?ウィプサニアさん」

「え?レピダなの?」


ちょうど霊廟から出てきた母ウィプサニアは、レピダさんとの再会を喜んでいる。二人は主婦らしく取り留めも無い会話が大好きで、私達二人はその横で、クイズを出したり、アルテミスゲームをしたり遊んでいた。気が付くともう夕陽が差し掛かるくらいまで。


「いけない、ウィプサニアさん。あたしそろそろ帰らないと」

「あらやだ、気が付いたら、もう夕方。アグリッピナ帰りましょう」

「はい」

「ほら、メッサリナも帰るわよ」


するとメッサリナはジッと夕陽の方に目を向けている。そこには一人の馬を連れた男性が、金色と橙黄色に染まる夕陽に包まれ、ゆっくりこっちに歩いている。見間違い?え?まさか……。何度も目を凝らしても、私には見覚えのある姿だった。


「グナエウス叔父ちゃん!!」


すると、メッサリナは一目散にかけ走って、その男性の懐へと飛び込んでいく。メッサリナを抱きかかえるグナエウスの笑顔は、一瞬だけ父の優しさに似ていた。


「そう言えば、あんたはあの人が帰って来ると、誰よりも一番に駆け寄って、抱っこしてもらってたっけ」

「うん」

「あんな風に抱っこされてるあんたと、優しく微笑むあの人を見ながら、あたしはとっても幸せな気持ちでいっぱいだったのよ」

「お母様……」


何となく、母の言ってる事が理解できた。メッサリナと同じくらいの頃、父に会いたくて会いたくて何度も夕陽を眺めていたんだ。いつかあのローマを金色に輝かせる夕陽に包まれて、帰って来るんじゃないかと。でも、待てど暮らせど寂しいばかり。


今のメッサリナとグナエウスの姿を見ていると、二人は親戚同士だけど、まるで親子ぐらい離れている。ひょっとしたら、あたしはこれからもこの光景を見てるのかもしれない。グナエウスだったら、そんな寂しさを何も言わず、消し去ってくれるかもしれない。


「お母様。あたし、お母様の決めた通りにします」

「アグリッピナ。どうして?」

「だって、私、お母様の子なんですもの」


震える優しい母の細い手が、私の肩をキュッと抱きしめてくれる。寄り添う私と母。もうそこには、お互いの間に流れる溝は無く、険しい顔で見下ろす母や、ふてくされた私はいない。ただ、夕陽を浴びながら、優しく見つめてくれるあたしだけのママがいてくれた。


「アグリッピナ、ありがとう……」


抜けるような紫色の夕焼け空を見上げると、宵の明星ウェヌス様が光り輝いている。そして私はまた、きっと寂しくなるかもしれない。でも、お父様が何処かで私達を見守ってくれているはず。だって、私は…。


「お父様、私、結婚します……」


"乙女編" から"妻女編"へ


第一部『紺青のユリ』 完



そして、第二部『紺青のユリII』へ続く……。


『紺青のユリII』

http://ncode.syosetu.com/n9087bd/


読者の皆様へ


約一年と二ヶ月の月日を掛けて、古代ローマ第五代目皇帝ネロの母親である小アグリッピナの、三歳から十三歳までの十年間の人生を、丹念に描き続ける事ができました。これは偏に、皆さんからの温かいご支持があったからこそだと思います。本当にありがとうございます。


第二部は、アグリッピナの結婚、家族や兄妹との別離、そして彼女が母親になるまでの物語になると思います。それと同時に、第一部では未解決だった密教トゥクルカとの最終対決や、変わりつつあるローマ帝国の姿など、きっと目が離せない展開が待っていることでしょう。


彼女の壮絶な人生と壮大な物語は、まだまだ始まったばかりです。歴史の表舞台へと駆け上がるユリア・アグリッピナの魅力を、少しでも多くの方々へ伝えられるよう、これからも努力していきたいと願っております。


また、ここ一年間で出会った、古代ローマファンの皆様から、多くの事を学ぶ機会を与えてくれたことに、心から深く感謝しております。


どうか今後も温かい眼差しで、アグリッピナの姿を見守ってくださいね。


では、第二部『紺青のユリⅡ』で、皆様とお会いしましょう!!


追伸 多分、僕の事だから、すぐに始まります……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ