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紺青のユリ  作者: Josh Surface
第四章「大母后と祖母」少女編 西暦18年 3歳
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第四章「大母后と祖母」第三十話

私と大母后様は、ウェスタの巫女達が暮らす住居のカーサ・デレ・ウェスタリを訪問する事になった。


「いらっしゃい、リウィア。」

「お久しぶりです、オキア神官長。」


私達を出迎えてくださったのは、聖職者団ウェスタの最高神祇官であるオキア神官長様。年齢はいくぶん大母后様よりも若く見えるけれど、話ぶりを聞いていると、大母后リウィア様がわざわざ敬称でお名前を読んでらっしゃるので、ひょっとしたら大母后リウィア様より上かもしれない。


「オキア様、こちらはゲルマニクスの長女ユリア・アグリッピナちゃん。」

「はじめまして、私はユリア・アグリッピナと申します…。」

「はじめまして、アグリッピナちゃん。私は聖職者団ウェスタの最高神祇官のオキアです。今日はわざわざカーサ・デレ・ウェスタリを訪問してくださって、本当にありがとうね。」

「こちらこそ、オキア様。ありがとうございます。」


ウェスタの巫女達の住居であるカーサ・デレ・ウェスタリは、パラティーノの丘のふもとを利用して建築された集団住居で、三階建てのとても清楚で気品溢れる構造になっている。入り口までの床には大きな石畳で仕切られ、一階は屋外に迫り出しており、その屋根が二階を行き来する道になっている。全ては白い大理石で建築されており、初めて見た印象は人が出入りできるアーチの窓がとっても多いことだった。


「さぁ、参りましょう。」

「ええ。」


大母后様は大理石の白い手すりのある階段を登りながら、その横にいるオキア様とニコニコして談笑なさっている。不思議だったのは、ここで務めるウェスタの巫女達と通り過ぎる度に、大母后様はわざわざ彼女達のために避けてお辞儀をしていた事。あの国家の母がである。


「それで…、あの頃のあの人の話になって、今日はアグリッピナちゃんにウェスタを紹介したかったの。」

「そうだったの…。昔からリウィアはここが好きでしたからね。」


アトリウムの二階の道まで上がると、まるで何かを見つけたような驚きの顔をして、大母后はくるりと私の方を向き、わざわざしゃがんで話し掛けてくれた。


「アグリッピナちゃん。私は寄る所があるので、この後はオキア様から説明してもらいなさい。分かった?」

「はい、大母后様。」


するとオキア様が二度ほど大母后様の肩を軽く叩いて、早く行くよう即してる。幼いながらも私は、あの大母后様がまるで子供のようにワクワクしている事が分かった。


「ここはね、火床を司る女神ウェスタ様に仕える巫女達が集まっている場所なのよ。」

「火床を司る…?」

「そう。火は扱い方を一歩間違えれば、大火災にだって繋がるかもしれないでしょ?」

「はい。」

「それは人々の心にあるものと一緒。心の在り方や扱い方を間違えてしまえば、大変な事が起きてしまうかもしれない。だから私達巫女は、ローマにとって決して絶やしてはならない聖なる炎を守るため、女神ウェスタ様に日々仕えているのです。」


よく周りを見ていると、私と同じくらいの背丈の巫女達もいた。オキア様は私の目線に気が付かれ、そっと私の肩に手を置いてくださった。


「あの子達はね、ローマ市内から選ばれた選りすぐりの巫女達なのよ。これから学び手としての10年、勤め手としての10年、そして教え手としての10年という長い長い三つの時期を過ごすの。」

「え?30年間もですか?!」

「そう30年間も…。国教に遵ずることを学び、また悪を正すことに奉仕するため、結婚や子育てといったものから一切解放されてるわ。でも、その間は禁欲を守ることを誓わなければいけないの。そうやって、私達ウェスタの巫女達はローマの『最後の良心』を守っているのです。」

「ローマの『最後の良心』?」

「ええ。いかなるローマ法であっても、皇帝であっても、女神ウェスタ様を穢し、侮辱する事は許されない事。その女神様に仕える身である私達は、人の過ちを正す重要な聖職者なのです。」

「大母后様は、死刑宣告されたアウグストゥス様を救う為に、ウェスタの巫女達へ懇願されたと伺いました。国家の母である大母后様の上をいく、オキア様は何になるのですか?」


オキア様は私の質問にすこし驚いた表情をしながら、でもすぐに、とっても慎ましく穏やかな笑顔を見せてくれて答えてくださった。


「そうね…。リウィアが国家の母ならば、私はローマの母になるのでしょう。けれども、それは女神ウェスタ様の代理であってどちらが上という事ではないのですよ。」

「…。」

「とても大変だけれども、でもローマ市民の女性にとっては憧れであり、大変名誉ある事なの。あのリウィアや、貴女のおばあちゃんであるアントニアも、二人とも幼い頃に自ら巫女に立候補したことあるのよ。」

「ええ?!大母后様や、アントニア様も?!」

「ええ、二人ともとっても小っちゃくて可愛かったわ。」


って事は、オキア様は大母后様よりもお年を召されているって事?!すごい…。きっと大母后様はあれほど喜ばれて、ここへ私を連れてきたのは、幼い頃に自分も巫女に成りたかったからだったのかも知れない。


「そうそう、アグリッピナちゃん。六月には、ウェスタリアというお祭りが開かれるの知ってる?」

「いいえ、存じ上げておりませんでした。」

「その時にフォルム・ロマヌムにあるウェスタ神殿の倉が七日から十五日の間、一般の為に開かれるの。」

「ウェスタ神殿の倉がですか?」

「そうです。そして六月の九日には、ウェスタの聖獣であるロバをみんなでスミレで飾るのよ。ローマの主婦達がウェスタ様に供物を捧げに来るから、お母様のウィプサニアにお願いして、妹さん達を連れていらっしゃいな。みんなで華やかに飾り付けをしましょう。」

「はい!」


すると丁度、大母后様がお戻りになられた。満面の笑みで軽やかな歩調だった。


「ただいま、オキア神官長。」

「おかえりリウィア。今年はどうでしたか?」

「みんなとっても立派でカワイイ巫女達だったわ。」


大母后様は、どうやら今年の巫女達に激励をされに行ったようだ。その後、私達は巫女達の住居を隈なく歩き、そしてこのカーサ・デレ・ウェスタリとウェスタ神殿がいかに神聖な場所であるかを教わった。


「アグリッピナちゃん。今後いかなる時にでも、ウェスタの巫女達を重宝するよう、そしていつでも彼女達を敬いなさい。彼女達は自分達の命を掛けて、聖なる炎を守っているのですから。」


この教えが後に訪れる波乱な人生において、どれほど助けになった事か。私の運命は常にウェスタの巫女達を重宝する事で、ローマの『最後の良心』に救われてきたのだ。


続く


【ユリウス家】


<ユリア・アグリッピナ(15年-59年)>

主人公。後の暴君皇帝ネロの母。


<ゲルマニクス(紀元前15年-19年)年の差+30歳年上>

アグリッピナの父


<ウィプサニア(紀元前14年-33年)年の差+29歳年上>

アグリッピナの母 


<長男ネロ(6年-31年)年の差+9歳年上>

アグリッピナから見て、一番上の兄


<次男ドルスス(7年-33年)年の差+8歳年上>

アグリッピナから見て、二番目の兄


<三男ガイウス=カリグラ(12年-41年)年の差+3歳年上>

アグリッピナから見て、三番目の兄


<次女ドルシッラ(16年-38年)年の差-1歳年下>

アグリッピナから見て、一番目の妹


<三女リウィッラ(18年-42年)年の差-3歳年下>

アグリッピナから見て、二番目の妹


【アントニウス家系 父方】


<アントニア(紀元前36年-37年)年の差+51歳年上>

アグリッピナから見て、父方の祖母


<リウィッラ・ユリア(紀元前13年-31年)年の差+28歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔母


<クラウディウス(紀元前10年-54年)年の差+25歳年上>

アグリッピナから見て、父方の叔父


【アントニウス家系の解放奴隷、使用人および奴隷】


<ナルキッスス(1年-54年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<パッラス(1年-63年)年の差+14歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<フェリックス(12年-62年)年の差+3歳年上>

父方の祖母アントニア及びクラウディウスの解放奴隷


<アクィリア(17年-19年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<シッラ(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<リッラ(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<クッルス(紀元前15年-59年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セリウス(紀元前15年-60年)年の差+30歳年上>

父ゲルマニクスの親友


<セルテス(紀元前12年-63年)年の差+27歳年上>

父方の祖母アントニアの解放奴隷


<ぺロ(17年-30年)年の差-2歳年下>

父方の祖母アントニアの飼い犬


【クラウディウス氏族】


<リウィア大母后(紀元前58年-29年)年の差+73歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の母親。初代皇帝アウグストゥスの後妻


<ティベリウス皇帝(紀元前42年-37年)年の差+57歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟。初代皇帝アウグストゥスの養子、リウィア大母后の長男


<ドルスッス(紀元前14年-23年)年の差+29歳年上>

アグリッピナから見て、父方祖父の兄弟の息子。二代目皇帝ティベリウスの長男


<リヴィア(5-43年)年の差+10歳年上>

アグリッピナから見て、父ゲルマニクスの妹の娘。ドルスッスの長女


【ティベリウス皇帝 関係】


<セイヤヌス(紀元前20年–31年)年の差+35歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの右腕。親衛隊長官


<ピソ(紀元前44年-20年)年の差+59歳年上>

二代目皇帝ティベリウスの親友。シリア属州の総督。


【後のアグリッピナに関わる人物】


<ウェスタ神官長オキア(紀元前68年-29年)年の差+83歳年上>

ウェスタの巫女の長


<セネカ(紀元前1年-65年)年の差+16歳年上>

アグリッピナの盟友


<ブッルス(1年 - 62年)年の差+15歳年上>

アグリッピナの悪友


<アニケトゥス(1年 - 69年)年の差+15歳年上>

後のアグリッピナ刺殺犯

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